第二話「善い人」
「あの……もう、閉室時間、です」
桃色のセルフレーム。角の丸いスクエア。そんな
いつの間にか太陽は極東を去って、アメリカ大陸のお友達を
「ああ、すぐに出ていくよ」
俺は落ち着いた調子で返事をした。本当は切りの
俺の元から離れた図書委員の少女は一度カウンターに引っ込んだが、やがて本で三分の二ほど埋まったコンテナを
この高校のセーラー服は
少女はコンテナを棚の前に下ろすと、中から本を取り出し一冊一冊丁寧に背表紙のラベルを確認する。そして、並ぶ蔵書を右から左へ
その時、
「手伝うよ」
俺の手はもうコンテナに伸びていた。少女は少し驚いた様子で俺を見て「え……いや、それだと
「そんなことは気にしないでくれ、番号通りに棚に戻せば良いんだよな?」
「そうだけど……」
そう
それから俺と少女は黙々と図書を片付けた。沈黙が
結局、全てを片付けるのに十分もかからなかった。少女は空のコンテナを拾い上げ、カウンターへ運ぶ。出入口はカウンターの隣りにあるので、俺は
「手伝わせてしまって、
少女が突然口を開く。少女は進行方向に顔を向けたまま謝ったので、俺には少女の横顔しか見えなかった。
「いや、良いんだ。気にしないでくれ」
俺は少女と目線を並行にして、前言を
カウンターにコンテナを置き、消灯して一緒に退室した時、季節が冬であったことを思い出す。廊下が部屋より少し
少女は手提げから
「
俺は少女の言葉に肯定も否定もできなかった。自分が本当に善い人なのか、その時の俺にはまだ判断できなかったからだ。ただ、そう評価されたことは単純に
翌日、三学期初めての物理の授業があった。物理は教室を移動し、物理講義室で勉強をする。
問題の解説に
「先生〜、滑車の問題で、定滑車と天井の間に働く抗力がなんで2Tなのか分かりません」
ここで、Tは張力である。
「滑車にかかっている力はその抗力以外に何があると思う」
先生が級友の質問に質問で返答した。級友は自信なさげに「張力? ですか?」と答えた。
「そうだな。そうすると滑車に関する運動方程式は、ma = S - 2Tとなる」
ここでは、求める抗力をSとし、
「
先生は黒板の余白、もとい
「
俺は恐らく講義室中の視線を浴びた。もし視線が質量をもつ針のような物質だったとしたら、俺は
「何だ、野田」
先生の言葉は冷ややかに聞こえた。その声に俺は発言したことを後悔しそうになったが、もう後には引けない。俺は立ち向かうことを決心して起立した。
「張力がかかっているのは
先生は黙って俺を凝視している。俺は緊張しつつも教壇に上がって話を続けた。
「この抗力を求めるには、まず、滑車に触れている部分の紐をn個に分けて、そのk番目の運動方程式を立てます」
俺は白のチョークを持って黒板に滑車と紐の図を
「一番端のFが張力と等しいことに注意して、1からnまで両辺を足すと、抗力は2Tだと分かります。滑車にかかるのはこの反作用なので、滑車の加速度が0より、求める抗力はS = 2Tとなります」
答えを
「ちなみに、回転していなければ、滑車の質量に関係なくこれは成り立ちます。質量0は、慣性モーメントが0になり回転による運動エネルギーは無視できるという意味もあるので、高校物理ではどちらにしろ必要な条件です。先生の説明は分かりやすいですが、厳密には正しくありません。嘘を教えるのはいかがなものかと思います」
ここまで言い切って俺は席に着いた。講義室内は
授業はそのまま終わってしまった。
放課後、俺は予定通り最上階の図書室を目指した。階段を登る途中、俺は先程の授業のことを思う。それは、人の間違いにどう反応するのか
揚げ足取りのような非難は道徳的ではない。人は誰でも間違いを
しかし、他人に迷惑をかけうる間違いに寛容であってはいけない。その場で正して、これ以上の被害者を出さないようにすべきだ。よって、この問題は
しかし、何をもって間違いの大小を判別するのか
そう考えると、最後の方は少し言い過ぎだったか。俺は物理の人間だから、あの間違いを過大評価していたのかも知れない。
「物理の何が知りたいんだ?」
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