地震と命


不登校のまま

スピリチュアル的な追求をし

自分なりの鍛練をし


家族と行き来し

自分なりの日常を過ごしていた。


悲しいことがあっても

楽しい夢が視れたら気分転換にもなったが


その他に

どうしても人間への不信と

裏切りや満たされていない部分が

邪魔をし嘘をつくことになれてしまい

嘘を繰り返し

後悔していた


この嘘をつかなくてもよいようになりたい

もとの関係に戻りたいと。


当時は色々な嘘を家族についていて


嘘をついている自分と

その罪悪感との葛藤、疑問、投げ掛けを

夢の中で繰り返していた


その際に祈りや救い、

人間や人生、愛と孤独等

自問自答の繰り返しだった


ある日

母が体調の関係で病院に検査にいった


母はくらい顔をしつつも

気丈に振る舞い

わざと明るく見せておどけたしぐさをしながら自分がガンであることを


一人娘である私に告げた

検査を繰り返し結果的に

余命3ヶ月と宣告された


それでも母はわざと笑ってみせることを

忘れなかった


一人残すのは不安だし心配だし

親族の間で挟まれて

母と同じような立場に挟まれてしまうのではないか。

そういった想いなどもあり

母はいった




一緒に死ぬか

それとも1人生きるかを


私はここでも選択をした

生きると。


自殺は出来なかった


でも後に何度も思った

あの日一緒死んでいたら後の

苦しみは全部体験しなくてすんだのか?と。


母が余命を宣告された時期に

大きな地震があった

電気も水道も食料も当たり前に感じていた

全てがなくなった


あの時から引きこもりを

やめた。


地震と母の余命と向き合い

命とは人生とは

生きるとは、この世界とは。


当たり前とは。

当たり前の中にある幸せとはと

また自問自答することとなった。


地震が安定した後も

母は頑張って生きた

三年頑張ってくれた。


私は介護をした。

介護中は治ること、

助かること。


少しでも長く。

そればかりだった。


そしてやはり夢で感じることが

救いだった。


22歳の冬に母は永眠した。

この時私の人生が

白紙に戻り運命の歯車は廻った





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