第3話 水守様と巫女

 池の水面がさざめきながら小さな光が集まると神々しい光の衣をまとった水守様が現れ、やがてしずくも導かれるように池の水面に立った。緊張しているしずくの顔を見つめ優しいまなざしを向けゆっくりと語りかける。


 「お前は私が恐ろしくないのか、私は贄なぞ望んではおらん。自分の意に反して私のもとに奉げられたのなら帰ってもよいのだぞ。」

 「いいえ水守様、私は望んでここに来たのです。村の役に立ちたいのです。このまま帰ってしまったら存在意義のない生きる屍となるでしょう。私の身はあなた様に奉げると決めて参ったのです。帰ることなど頭の片隅にも浮かびません。どうか、私を贄として受け入れてください。お願いします」

 水守様はしばらく考え込んだあと仕方がないというような声色で言った。

 「私は人間を痛めつけることはしないしそのようなことを望みはしない。でも、人間そのものや暮らしぶりなどには興味がある。そこでだ、しずくお前の心の一部分をここに置き留めることにしよう」


 しずくは水守様の言葉に従い自分の心の一部分だけを残して村に戻った。それからというもの毎朝まだ日が昇る前に池に来ては祈りを奉げ池に左手を差し出す。するともう一人の自分が現れ手を重ね記憶を分かち合った。


 池から離れることのできない水守様にとってその記憶は毎日の楽しみとなっていった。そして、村人たちが自分たちでは成すすべのない苦境に立たされていると知ると加護を与えた。ある時は水を豊かにしある時は水の流れを変え、また流行り病に侵されたときには池の奥底から湧き出たばかりの水に力を加えそれを与えた。


 しずくは水守様の巫女として村人たちから信頼され幸せな生活を送ることができた。しずくの寿命が尽きるとき水守様は池の中のしずくに本来の魂の中へ戻ることを進めた。だが池の中のしずくはその時の水守様の寂しそうな声の響きにずっと一緒にいよう、未来永劫お仕えしようと決めたのだった。

 

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