106 お手紙
テアドロ孤児院の先生(若い方)と子供達とはあれから何度か衝突があったが、毎回偽善者、見殺し、卑しい、小汚い、クソ餓鬼、放置子等々の暴言を冷めた目で吐き続けていたらいつのまにか訪れなくなっていた。
面倒事が消えて嬉しい反面ギルド職員には若干引かれた態度をとられたし、一部の孤児達もそこまで言わなくてもと私を止めはじめる始末。挙げ句の果てに街の人にもちょこっとだけ避けて通られる事も何度かあった。
その行動に職員も街の人も私の言葉に何か感じる事があったのだろうと察するが、気にしてはいられない。
それに私に何かしてこないのならば、私はその人を批判する事だってないのだ。
今回のように私にひっついて甘い蜜を啜ろうなんて輩がいたら同様に罵倒するが、商業ギルドのように対価を払ってくれるのならば何も言わない。
私に利益をもたらしてくれるのならば、喜んで手を貸す。そのことだけ分かってもらえれば問題ないのである。
「さて、今日は何を作ろうか?」
一人リビングでお菓子を食べながら、今日の昼食を考える。
肉はあまり使いたくないし、ここはやはり魚だろうか。でも受けがいいのは肉料理だ。
パスタもいいが手間がかかるし、米の方が楽に炊ける。幸い米の収穫に困ることは未だにないし、ギルドで買取にしている分のお金も入る。
少々ウェダが出どころについて気にしてはいるようだが、今の状況でそこに突っかかってくるような馬鹿な女性ではないから問題ないだろう。
ウンウンと頭を悩ませていると、ガチャリと扉が開く音が聞こえた。
その音は目の前の扉の音ではなく、背後の、それも地下室の扉を開けたであろう音。
普通の家でこんな現象が起これば恐怖体験だが、ここは私の家で、そこを通ってくるのは見知った人物しかいない。
「お疲れ様、スヴェン。今回は時間かかったね!」
「まぁな、運んでるものが多い"らしい"からな。いつもより手間がかかった」
疲れたと腰を下ろすスヴェンに冷えたレモン水を出し、お疲れ様と再度労う。
運んでない荷物を運んでいる程で動いてもらったのだ、それなりの苦労はあったのだろう。
雇っているおっさん三人にも今回は色々面倒をかけた訳だし、近いうちにお詫びと感謝の品を送るのも良さそうだ。
「そういや、いいもん預かってきたぜ! リズにはとっておきのもんだ!」
ニヤリとイタズラな笑みを浮かべたスヴェンは胸元から一通の手紙を取り出し私へ手渡す。
それはロウで止めてあるきちんとした手紙だが、一度上から封を切ってあるようだ。
いったい誰からの手紙だと首を傾げて名前を確認してみると、そこには我が愛しの弟、アルノーの名前が書いてあるではないか!
「こここここれって!」
「そうだ、アルノーからだ! 多分リズエッタが何処に住んでるかまでは知らなくておやっさんのとこによこしたんだろう。 ……早く読んでみな」
わなわなと震える指さきで手紙を取り出し開いてみると、見慣れたアルノーの文字が綴ってあり、そこにはこんな内容が書き込まれていた。
《おじいちゃん、リズエッタ、元気ですか?
俺はそこそこ元気にしてます。
毎日のご飯は美味しくなくて辛いけど、学校の生活は楽しいし色々学べるのでそこは我慢することにしました。
所謂お貴族様とも何度か口喧嘩をしたけれど、最近はソワソワとするだけで特にこれといった出来事はない、と思う。
そうそう、俺にも友達と呼べる人が出来たんだ!
名前はダリウス・ローガン。
俺より年上だけど結構いいやつ。
それにダリウスは氷魔法を使える奴だったんだ!
だからこの機を逃さずちゃんと精霊さんにお願いしてみたら、俺にも使えるようになったよ!今度見せるね!多分リズも驚くと思う!
それとね、ダリウスにリズからもらったら非常食がばれちゃったんだ。
リズから贈り物があるたびに売ってくれって言われて少し困ってるけど、リズのご飯が美味しいって言われてるみたいで嬉しくもあるよ。
もし平気だったらダリウスの分も多めに送ってもらってもいいかな?無理だったら、諦めてもらうよ。俺の分は減らしたくないしね!
学院から出られなくて二人に会えないのは寂しいけど、次に会うときは成長した俺を見せるよ!
だから楽しみにしててね!
そしてご馳走よろしく!
アルノー》
手紙を読み終えた後、私の目にはうっすらと涙が溜まっていた。
アルノーがいるリッターオルデンには何度か足を運び、非常食という名の食料を送っていたが対話することも、こうやって手紙を渡すこともできなかった。
一方的に私からは送ったことはあったが、面倒をかけないように返信はいらないとも言付けていた。だからだろうか、久々に愛しの弟を間近に感じて涙腺が緩んでしまったのである。
「アルノー、良がったねぇ!おどもだちでぎだんだねぇ!」
ズビズビと鼻をすすり涙をぬぐい手紙を抱きしめ安心していると、スヴェンは私の肩を叩き溢れ出る涙をぬぐいとる。ついでに鼻に布切れを押し付けられて拭われ、呆れたように笑われた。
「アルノーはお前に似てないからな、人付き合いも上手いんだろうよ。 まぁ、良かったな」
「ーーうんっ」
貴族が多い学校でいじめられてたらどうしようと、迫害されていたらどうしようと悩んだ事は何度もあった。その度にアルノーは強い子だから大丈夫と自分に暗示をかけていたが、こうして手紙をもらうまで心配していた。
姉として、家族として当たり前に心配だった。
「泣いてなんかいられないね! アルノーからの要望だ! お友達の分まで早速非常食を運んであげなくてはっ!」
アルノーが頑張っているのならば、姉の私はもっと頑張らなければなるまい。
まず初めにとりかかるのはアルノーのお友達、ダリウス君とやらの非常食の手配。
いつも弟と仲良くしてくれているのだ、学院にいる間はタダで提供してあげよう。
さっきまでの涙など忘れて家中を駆け回り、庭産の保存食を大量に籠へと詰めていく。
ジャーキーやドライフルーツ、調味料はもちろん、米やヌガー、ベーコン、新しく試みた魚の干物。蜂蜜やメイプルシロップもこれでもかという程に詰め込んだ。
この籠をギルドやダンジョンに篭る奴らに売ったら相当の値段になるだろうが、今の私は気にしない。
アルノーが必要としているのだ、お金なんて要らないのである?
赤く腫れた目を一度擦り、キラキラとした瞳でスヴェンを見上げると面倒臭そうにスヴェンはため息をついて荷物を持ち上げる。
そしてしょうがねぇなと笑った。
「リズエッタじゃ運びきれないだろう? 運んでやるよ。だがタダじゃねぇ! アレが食いたいんだ、なんだっけなぁ、じゃか? ジャガ肉?」
「肉じゃがだね! よしわかった! ギルドのご飯も肉じゃが定食にするから、スヴェンも食べていけばいいよ!」
そうすれば二度手間がかかる事はないし、私もスヴェンも満足できる。
問題ないと二人で頷き、リッターオルデンへと急いだ。
途中孤児たちの元へよりギルドで米を炊いておくように言付け、リッターオルデンに着いたのはそれから一時間も経たない頃。
大きな門の前で門番をしている人に笑って声をかけ荷物を手渡す。
「いつも弟がお世話になっております! 今回もアルノーへ渡してもらってもいいですか?」
「あいよ! にてしも今回は多いな」
「はい! なんでもお友達が出来たとか! もう私嬉しくって嬉しくって! もしアルノーのお友達に会いましたらよろしくお伝えください!」
私も門番も互いに仕事があるので長居はしない。籠の中には短文ながら手紙も入れておいたし、アルノーに私の気持ちは伝わるはずだ。
一度深々と頭を下げて礼儀を尽くし、今度はギルドへと向かう。
お昼の材料の殆どは調理場にあるもので出来るし、一度家に帰る必要はないだろう。
和かに鼻歌交じりにスキップをして進んでいると、スヴェンがふと気づいたように、真顔で呟いた。
「ーーリズには友達、いないのか?」
「え、いないけど?」
即座にそう返すとスヴェンは眉間に皺を寄せ、それでいいのかと私の頭を軽く叩く。
スヴェン曰く、子供らしく友達くらい作った方がいいだろうと。
そうは言われても私は友達という存在をたいして求めていないし、いてもいなくてもいいものだと、すでに割り切っている。
「私には甘やかしてくれるおじいちゃんや、甘えてくれるアルノーがいる。それに支えてくれて頼れるスヴェンもいるし、私を頼ってくれるレドもいる。友達なんて作らなくても、私の世界は十分な人間関係が出来ているよ? それに何より今更同年代の友人なんて面倒くさいんだよ。どうせ合わないだろうし」
下手に正義感の強いやつと知り合えば私の行動は制限されて、寄りかかるやつに出会って仕舞えば私の足を引っ張られる。
みんな仲良しこよしなんてどうせ出来やしないのだから、最初から作らない方が無難だ。
万が一誰かと関わりを作るのならば互いに割り切れる関係が望ましい。
「いてもいいかもしれないけど、別にいなくても問題ないのが友達でしょ?」
「────────ほんと、子供らしくないなお前は」
呆れて息を吐き出すスヴェンにニヤリと笑いかけ、私はただ歩く。
子供らしくないのは今更だ。
それこそが私なのだから。
余談であるがその後二人でギルドに向かった際、泣き腫らした私の顔を見たウェダやウーゴ、ギルド職員がスヴェンを取り囲んだのは実に愉快だった。
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