107 味噌煮とそばかす


 





 体格に似合わずメェメェ鳴くオーロッシとグェグェと鳴くストルッチェ。


 その二種類の動物が私の庭に着いたのはつい先日の事。

 ウェダが至急で手配してくれたからか私が探すよりも随分と早く、家畜用の動物が祖父の家まで届いたのだ。



 オーロッシはオス五頭にメス七頭。どちらもまだ若く繁殖可能な年齢。

 ストルッチェもオス六匹にメス十匹となかなかの量の仕入れだ。


 もちろんその分代金はかかったが、今後畜産を考え繁殖させるとするならば大した痛手はない。

 それにウェダの好意でスヴェンの売っている商品をギルドに卸すことを条件に、大幅にまけてもらった。卸す商品はジャーキーやベーコンといった肉製品を抜かしたもので、ドライフルーツやジャム、胡椒といった贅沢品ともいえるものだけである。すごく多いとはいえない程度の量の納品となったわけだが、早速ウェダは権限を活用しドライフルーツとジャムを購入、ギルド職員も生活に余裕があるものは購入している。

 店に卸す前には三分の一ほど量は減っていて、ここから更に激しい買取争いが始まるようだ。


「そんなに激しくなるんですかね? ただのドライフルーツなのに……」


 ボソリとおやつのフルーツを齧りながらそれらを見ていると、ギロリと目を釣り上げたウェダがすぐさま私の元へと近づく。

 そして両手を肩に下ろしたかと思ったらグラグラと揺らし"ただの"なんて!と声を荒げた。


「これは画期的な商品なのよ!? 果実なのに腐りにくく甘く、そしてちょっと体力回復! そんな品物何処にもない! それに普段は領主様と二つのダンジョンでしか買えない幻の商品! その貴重さがおわかりっ!?」


 必死な形相で私を揺さぶるウェダには申し訳ないが、それを作ってるのは私が張本人だしもはや有難くもなんともない。

 高く売れて嬉しくは思うが私にとってはそれがいたって普通の食べ物で、食卓に並ぶ材料でもある。

 製作者や製作方法が秘密とされている故に貴重とされてるが、私からすればいつでも作れるものでしかないのである。


 多分庭産の調味料を使っている分商業ギルドのお昼にも何かしらの効果は見られると思うが、誰かに知られるのは面倒なので今後も調べる気は無い。

 きっとみんな美味しいもの食べてるから元気!程度に思っているだろうし。




 やけに機嫌がいいギルド職員の後ろで、私を含めた五人は本日の昼食を準備中。


 今日のメニューはマクローの味噌煮定食。

 マクローとはサバのような青身魚で、私的には生で食べる事をオススメしない魚だ。

 お刺身を食べたいと思うこともあるが、魚を生食しないこの地域では多分受け入れられないだろう。

 故に作るのは生姜で生臭さを消した味噌煮にしたのだ。


 マクローの切り身を一度洗い水気を取り、皮に十字の切れ目を入れ熱湯をかける。そして鍋に味噌も醤油、みりんに砂糖、水をいれ火にかけ、沸騰したら生姜とネギ、マクローを投入。落し蓋をかぶせながら身にしみるように煮汁をかけて最後に追い味噌を入れたら七、八分煮込んで完成。


 付け合わせはコールの浅漬けとわかめとネギの味噌汁。あとはもちろんツヤツヤの白飯だ。



 未だ浮き足立っている職員と外で待機していた孤児を中に招き入れ、ギルド内で順番に昼食を配る。

 あのテアドロ孤児院の一件から孤児たちを外で食べさせるのは問題があるのでは?とウーゴが声をあげ、皆の同意のもと最近は室内で職員と同じように食事をとるようなった。

 椅子もテーブルも足りないので順番制にはなってはいるが、私がきちんと教育をしたため騒ぎもせずに大人しい子供達を嫌がる素振りはない。


 流石は出来たギルド職員だ。

 きっと上が有能だから下も有能なのだろう。

 某ギルドとは比べものにならない。


 調理場の隅っこでお手伝いの子らに本日の賃金と気持ち程度のお菓子を配り、私たちもそこで昼食をとる。

 配膳してしまえ後は片付けまで自由なので、ここの方がゆっくりと食べることができるのだ。


 みんなはフォークを使い食べているマクローをお箸で切り分け、味噌をたっぷりと纏わせて口へ。

 ふんわりと解ける身に味噌が絡みつき、その濃厚さでよだれがジワリと溢れた。

 口の中が味噌で染まっているうちに熱々のご飯をかっこめばただの白飯も絶品料理に早変わりだ。

 いや、白飯はそれだけでも十分に美味しいのだが、なお旨味が増す、とでも言おうか。



 最近白飯基準で定食を作るからか、味噌を使った料理の割合が多くなってきている。そのせいかウェダが入手先は聞かないから作り方でも知っていればと、私に腰を低くして聞いてきたことがあった。

 私はそのウェダの質問に大豆という名前だけを述べず、豆を発酵させて作るのだと作り方のメモを渡した。


 勿論私の庭には勝手に味噌が"生える"訳で作ってはいない。故に私の頭の中の知識でしかないが、多分ウェダならいつしか味噌に似た何かを作り出すだろう。

 人との繋がりが多い彼女だからこそ、この世界で新しい味噌を作ってくれるに違いない。

 出来た暁には私にも分けて欲しいものである。






 昼食が済めばあとは片付けのみ。

 ここまでくると四人いたお手伝いは幼い二人だけになり、全てに関して私が指示を出さなければならない。

 少し大きい子達は私の手伝いの他に仕事をしていることが多く、最後に残るのはまだ四、五歳のちびっ子だけ。

 彼らも使い物にはなるのだが、やはり指示のいらない慣れた人間が欲しいと願ってしまう。

 ギルドを通して誰かを雇ってもいいのだが、いかんせん何かがあったら困るのだ。

 孤児だからとこの子らを差別しないとも言い切れないし、調味料を盗まれたらたまったもんじゃない。ギルド職員に頼む事も考えたのだが何故かここのギルドマスター、ウェダが張り切りだすのでそれも却下。



 悶々とした気持ちを抱きながら仕事をテキパキと終わらせて先にちびっ子を送り出し、私は帰る前に一度受付に顔を出す。

 今日の仕事は終わりましたという挨拶と、滅多ないが休業のお知らせをするためだ。

 今日は終わりましたよと挨拶をするだけしてさて帰ろうと踵を返したところに、カランコロンと音を立ててギルドに入ってくる二人組と目があった。


 一人はセシル達に狩りを教えてくれるホアン。

 もう一人はそばかすに三つ編みの、私と同い年か少し年上であろう女の子。


 珍しい組み合わせだとじっと観察していると、ホアンはウーゴのもとへ向かい仕事が欲しいのだと切り出した。


「娘が、アウロラが出来そうな仕事を紹介して欲しいんだが、あるかぁ? 冒険者ギルドでは出来そうなのがなくてよぉ」

「娘って、病は治ったのか?!」

「んだ。 神様が治してくださったんだぁ。だからその感謝を届けるためにも怠けてらんねぇって」


 ホアンが少し心配そうな顔をしながらアウロラと呼ばれた少女にちらりと視線を向け、彼女も挙動不審になりながら深々と頭を下げる。


 そういえばセシル達がそんな事言ったような気もするし、あの少々田舎臭い子がホアンの娘なのだろう。


 ぱっと見病にかかっていたと思えないほど髪肌の艶はあるが、確かに体の線は細い。

 大勢に見つめられて顔を青白くしているあたり、人に見られるのに慣れていないようにも見える。

 もし仮に病が治っていたとして、病気だと知られていた彼女を雇うところがはたしてあるのだろうか。


 私の考えはウーゴの考えとも一致したようで、険しい顔をホアンに向けていた。やはり今まで働いたことのない子を、それもつい最近まで病とされていた子を紹介するのは難しい。


 長々と沈黙が続く中、ホアンは駄目かと目を伏せ、アウロラは悔しそうに下唇を噛んだ。


「あ、あたし、なんでもやる! ヘドロ掬いも地下道掃除でもなんでもやるべ! だから! 仕事をくれや! もう父ちゃんに迷惑かけたくないんだぁ!」


 泣きそうな声でアウロラは頭を下げてなんでもやるからと何度も何度も繰り返した。

 けれどそんなことを言ったって信頼が発生するのがギルドというものだ、やる気だけではなんとかならない。



 それならばと、私はこう考えた。


 アウロラは最近まで病で倒れ、常識が足りていない。

 一般常識も世間体も、もしかしたら世界共通の常識にも疎い。


 つまり言い方は悪いがアホな子な訳だ。

 人の善意も悪意も分からずいいように使われてしまうタイプの残念なタイプに違いない。


 それに父親は私の知り合いで、セシル達とも繋がりがあり彼自身が悪い奴ではないと私は知っている。


 なら、いっそ私が雇えばいいじゃない!

 多分上手く舵をとれば、孤児達と同様くらいに使い勝手のいい人材になりうるのではないか?



「はい! はいはい! ならアウロラさんを私が雇うのはどうでしょう? 食堂関連で人が欲しいと悩んでましたし、賃金は安いけど一食はタダ! ギルド内だからホアンさんも安心でしょう? ついでにホアンさんもアウロラさんの様子を見に来るついでに血抜き済みの肉を売ってくれるのならば収入も倍増! 悪い話じゃないと思うのですが?」


 アウロラを使って、という言い方はアレだが、娘を世話になっている場所へとホアンが自主的に血抜き肉をギルドに納めてくれればこちらとしてもありがたいし、二人も安心できるだろう。

 知らないところで働くよりも随分と気が楽になるはずだ。

 私としても安い賃金で雇えるなら万々歳なのだ。


「それはありがてぇ話だが、アウロラは料理なんて出来ねぇぞ? それにこういったちゃなんだが、できることの方が限られてる。 それでもいいんか?」

「えぇ! 全くもって問題ありません!」


 むしろ無知な方が私的教育ができるからありがたい!

 孤児に対して対等だとか絶対に売ってはいけないものとか、何も知らないからこそ疑問に持たないからこそ私流の調理方法も覚えてくれるだろう。

 下手にウェダのようにアレはなに?これは何?どういったものなの?と聞かれる方が迷惑なのだから。



 ニコニコと笑って如何ですかと二人に問えば互いに頷きあい、それを見たウーゴも私がそう決めたのならばと案外あっさりと許可を出した。


 念のためギルドを通して雇用契約をし、正式に働き始めるのは明日から。

 そしてホアンの方にも商業ギルドに一定数の血抜き肉を卸す用に手続きをしてもらい、今後の食肉事情の改善も完了。



 二人に向かって右手を差し出し宜しくと挨拶をすると、ホアンもアウロラも嬉しそうに私の手を握った。





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