105 テアドロ孤児院


 





 翌る日の昼、私がお昼の準備に勤しんでいる頃其奴らは現れた。


 灰色の修道着を纏う老婆とそれより若い女、その二人の後ろに隠れるように先日の餓鬼を含めた子供が五人。

 餓鬼はじっと私を睨みつけ、大人二人は一度頭を下げやしたがその瞳からは配慮はうかがえない。

 人が仕事をしているというのにズケズケと室内へと入ってくるあたりろくな教育を受けていないのだろう。


 作業の手を止めずに何の用かと問えば老婆は一歩前に出て、お慈悲を頂きたいのですと意味のわからない言葉を吐いた。


「昨日この子が貴方のところへ伺ったところ、何故か食事を与えられなかったとお聞きしまた。この子も孤児なのです。どうかお慈悲を」


 老婆が頭を下げると側に立つ女も一緒に頭を下げて、勝ち誇ったように餓鬼どもは笑う。

 その行動に私が何かを感じることはなく、だからなんだと目をそらした。

 彼女の戯言にわざわざ答える気なんてない私はそれから数分以上黙って作業を進め、あたかもそいつらが此処に存在しないもののように全力でスルー。


 目の前にいるのは手伝いの孤児だけだと自分に言い聞かせ調理の指示を飛ばす。

 ちなみに今日のお昼ご飯はターシェンプのトーチェクリームパスタ。

 ニンニクの風味を効かせながらもクリーミーな生パスタだ。


「ヘレナ、パスタが茹で終わったら水をよく切ってオイルをかけて。それから器によそってね? ソースは私がかけるから」

「う、うん」


 チラチラと邪魔者を気にするヘレナに次の指示を出し、私は一向に此処から出ていかない奴らに小さく舌打ちをする。

 するとそれに気づいた餓鬼の一人がいい加減にしろと喚き始めたのである。


「先生がお願いしてんだよ! さっさと俺らにも飯をくれよ! 何様のつもりだっ!」


 それ程大きくない調理場で声を荒げれば外にも聞こえるわけで、ギルドの職員たちも此方を気にして顔を出す。

 私はそれを確認してからゆっくりとその喚き散らす餓鬼と視線を合わせ、眉に皺を寄せた。


「先生がなんだって? 許可なく勝手に他人の職場に入ってきたのはお前らだろ? 不法侵入だろ? むしろ清潔を保たなきゃいけない調理場に勝手に入ってくるとか馬鹿なんじゃないの? そんな事もわからないの? ってか先生って呼ばれてる割にこの人らも常識ないんじゃない? 流石お前の先生だな!」

「っなんだって!」

「ビービー喚くなクソ餓鬼がっ! あんたらもさっさと出て行ってくんない? 慈悲だかなんだか知らないけど、礼儀も常識もない奴の話聞く理由は私にはないんだけど? 普通一言あってから入ってくるよね? 非常識にもほどがある!」


 餓鬼に負けないほどの大声で反論し、職員たちに私は悪くないのだと全力でアピールをする。すると騒ぎを聞きつけてきたウーゴとウェダが調理場へ足を踏み入れ、そして何故か私をじぃっと見つめる二人の女をギルドの奥へと連れ去った。

 ついでに餓鬼たちも連れて行ってくれればいいものをどうしてこの場に残していくんだと苛立つも、すぐに奴らはほかの職員に外へ投げ出されその場に残るのは私と手伝いの孤児だけ。

 ようやく仕事に戻れるとフライパンを握り締めたのだが、リズエッタちゃんとウェダが私を呼びつけた。


「悪いけどひと段落したらこっちにきてもらっていいかしら?」

「ーーーー調理が終わり次第行きます」


 本当は行きたくないけれど、なんてため息を吐いて残った作業を続けていく。

 ある程度ソースを作り終えたらヘレナに配布を頼んで、渋々ギルド内へと足を向けたのである。



「いったい何の御用で?」


 面倒臭い、うざい、気分悪い。

 それらを全部合わせた顔で私は先生と呼ばれた女達の前に立った。

 私は立っているというのに二人は椅子に深々と腰掛け、先ほどのようにご慈悲をというだけ。

 これはどういう事なのだとウェダに視線を向けると、彼女も呆れたように息を吐き今の状況について説明してくれた。




 目の前にいる二人はテアドロ孤児院で孤児に教育をしている人間で、孤児からは先生と呼ばれ親しまれている人間のようだ。

 そこの孤児院は商業ギルド、冒険者ギルドとも認めている正式な孤児院で、最初にいくらかの金を払えば子供にある程度の教育をしてくれる場所であり、国や領地から何らかの支援を受けている養護施設でもある。


 私の知っている孤児達が平民達が生活に困って捨てた子や両親を亡くした子、死んでも良いと捨てられた子供だとすれば、そいつらは何らかの原因で育てられなかった子供、生きていて欲しいと望まれた子供。

 捨てられた子供ではなく、預けられた子供というわけだ。



「んまぁ、そんな孤児院のことはどうでもいいんですよ。何で私がそいつらに慈悲をやらなきゃならないのって話で!」


 孤児院云々よりも問題はここなのだ。

 両ギルド公認で、尚且つ支援を受けているのならばそっちで慈悲とやらを与えればいい。

 なのにわざわざ何故私のところに来て、当たり前のように慈悲を求めるのはいかがなものだろうか。

 イラつきながら片足を鳴らすと、若い女の方が生意気にも私を睨みつけて口を開いた。


「貴方は孤児を手助けしているのでしょう? ならば平等にあの子らにも手を差し伸べるべきです! 同じ孤児ではありませんか!」


 自慢げに言ってやったぞと胸を張るその女の言葉に、私は苛々が積もっていく。

 あたかも私が正しい! お前は間違っている!と私を見下すそぶりをするその女をきっと睨み、そして隣で沈黙している老婆に向かってどういった教育をしているのかと聞く。

 女は私に無視されたのが気に入らないのか歯を食いしばり大きな音を立ててテーブルを叩いて立ち上がり、今にも飛びかかってきそうな勢いだ。老婆はそんな女を視線だけで制止させ、深々と私へ向かって頭を下げた。


「大変失礼な態度を取ってしまい申し訳ありません。ですが彼女の言っている通りあの子らにも手を差し伸べて欲しいのです。あの子達も親がおらず仕事を探すのにも食べ物を買うのも苦労しているのです。貴方ならその意味もお分かりでしょう? 孤児を救うために貴方にも協力していただかないとーー」


 わがままな子供を諭すように老婆は私に微笑みかけ、互いに子供を救いましょうなんて戯言をほざいた。

 その言葉はあまりにも都合よく、この老婆も自分の都合のいい面だけ見ているのだと私は悟る。

 あらかた幼くみえる私に善の心でも問えばいい、私達が正しい道へ歩ませてやると思っているその行動に、私がまだ考えの至らない子供なのだと彼女達は思っているに違いない。

 ならばその幻想なんて打ち砕き、二人の綺麗事だけの善意とやらを踏みにじってやろうか。


「お言葉を返すようですが、あんたらが言う手助けってなんですか? 私はあいつらを助けた覚えはこれっぽっちもない!」

「ーー仕事を与える事も食事を用意する事も助けではないと?」

「与えるって、その認識が違うんです。 私は仕事を与えてるわけではなく振り分けているだけ、あいつらが働きたいと行動を起こしたから仲介料をもらって紹介してるだけ! 要は冒険者ギルドと似たことをしてるだけなんですが。あんたらが言ってる慈悲の食事とやらもきちんと料金を取ってるし、払えないやつらは後払いになってる。タダ飯を食わせているわけじゃない! なのに!そっちの孤児院のやつらの飯だけをタダで用意しろってのがおかしいでしょ? 言ってる意味わかります?」


 少し馬鹿にしたように見下して喋ってみると老婆は目を細め、女の方はイラついた表情で私を睨みつけて口を開いた。


「ならば孤児院の子にも仕事を振り分けてください!食事を売ってあげてください! そのくらいできるでしょう?」

「嫌だね! 一方的な思い込みで口の悪い餓鬼が私の仕事場を荒らすなんてとんでもない! せっかく街の人に認められてきてるのに常識もクソもない人間なんて紹介できるか! それにお前らが面倒見てんなら自分たちでやれ!」

「ッアナタには善意の心はないのですか!?」

「善意の心なんてあんたらも持っちゃいねぇだろうがっ!」


 売り言葉に買い言葉で、今度は私がテーブルを叩きつける。

 頭一つ分は違うが下から女を睨みつけ、そして軽蔑したように笑ってやる。

 善意の心なんて言ってる偽善者にもなれない半端もんが、割り切って生きてる私に善を解くんもんじゃない。


「あんたらの善意の心って貧しい子供を助けることなんでしょ? 食事を与えて寝床を与えて、仕事まで見繕って」

「そうです! だから貴方も改心もしてっーー」

「でもそれって結局は孤児院の子供だけしょ?他の奴らは見殺しにしてたわけでしょ? そうじゃなきゃ私の側にいる孤児達はもっとまともに生きてたはずだもんねぇ! 飢え死にする子供なんて、病で死ぬ子供なんていなかったはずだもんねぇ!」


 結局この二人が言いたいのは自分たちにも甘い蜜を吸わせろと言うことだ。

 今まで孤児院だけの子供の面倒は見て、外の小汚い子供は死んで当たり前だと無意識に思っていたくせに、その孤児の方が今や自分達よりもまともな職につき食事を提供されてると知るや、それを与えてもらって当たり前だと勘違いしているクソ共だ。


「あんたらはお金を払ってもらったからその子らを見てるだけで、金が払えない子供なんて知っちゃこっちゃないんでしょ? 金をもらえないなら生かす価値なんてないんでしょ? 本当に善意の心なんてもんがあったら私がこんな事する前に孤児達にその"善意の心"とやらで手を差し伸べてたんじゃないの? 自分達だけ誰かに支えてもらって綺麗な服を着て対価のないご飯を食ってきたくせに、こっちがうまく生きてるから便乗しようなんて随分小汚い善意ですこと! 反論があんなら言ってみろよこのカス!」


 もう一度大きな音を立ててテーブルを叩きつけ、腰の引けた女の目を逸らさず見つめる。十秒もしないうちに彼女の目には涙がたまり、ストンと大人しく席に着いた。


「あらぁ? 反論ないんですかぁ? 貴方の善意の心はどこにいったんですかぁ? それとも漸く自分に善意がないって気づいたんですかぁ? だって"本当の善意"で孤児を助けたことなんてあんたはないんだもんね? 行動すらできてないもんねぇ」


 親や国から援助が出てればそれはもう善意の行動なんかではなく、保育の仕事だ。

 それなのに自分は偉い、正しいなんて思い込んでしまったから私のような人間に突っかかってくる。

 私のように正しい行いをしなさいと、優しい心を持ちなさいと。若いゆえに、勘違いする。


 静かにすすり泣く女からは視線を目をそらし、今度は老婆へと視線を向ける。

 彼女は悟ったように目を閉じ、口も開くことはない。きっと年を重ねているゆえに自分が善人だとは思っていなかったのだろう。

 一分二分と無言は続き、漸く目を開いた老婆はそれでも慈悲をとただ繰り返した。


「貴方の言っている通り、私達は孤児院の者にしか手を差し伸べておりませんでした。しかしそれには訳があるのです。援助を受けているといってもそれには限りがあり、身近なものを救うだけで精一杯なのです。でも貴方は私共と違う道から孤児を救える手段があるのでは? ーーーー私達を、孤児達をお助けいただけないでしょうか?」


 老婆と、いつのまにか私達を見つめるギルド職員達の視線はじっと私へと注がれる。

 誰もかれしも私の返答を待っているのだ。


 もし仮に私が善意の心とやらを持っていたのなら、喜んで孤児のためにと手を取っただろう。


 だが生憎私にそんな心なんてないし、こうやってそちらの都合で迷惑をかけられている分不満しかない。


 故に私の答えは一つだけ。


「断ります。断固拒否です。こんなにも私に不快な思いをさせて迷惑をかけて、どのツラ下げてそんなこと言えますね? 私が子供だから同情するとでもお思いですか? むしろ逆です、ヘドが出る。仮に最初から手助けをしてくださいと頭を下げたならともかく、勝手に口の悪い餓鬼をよこしてタダ飯させようとして、今度は自分達が正しいと私に説教紛いの行動。それで上から目線でしょうがないから助けろとか、笑えますね。 どんだけ私や孤児らを馬鹿にしてんだよ。天地がひっくり返ってもあんたらを助けるなんてごめんだね。さっさと帰ってもう二度と目の前に現れないで、嫌がらせなんてしたら街中に孤児院の連中は碌でもないって言いふらすから」


 まるでゴミを見るかのような目で二人を見つめ、さっさとおかえりをと扉を指差す。

 老婆は目を伏せながらいまだグスグスとなく連れの肩を抱き、一度私のお辞儀をした後帰っていった。


 その後の空気の悪い事。

 私は悪いことなんて一つもしていないのに、ギルド内の空気は最悪だ。


 さてこの状況をどうしたものかと悩んでいると、パンッと乾いた音が鳴り響いた。


「さ、ご飯を食べて仕事に戻りましょう? リズエッタちゃん、今日のご飯は何かしら?」

「あー、ターシェンプのトーチェクリームパスタです。 トーチェの酸味とクリームのまろやかさが生パスタに絡んで、最高の一品です!」

「それは楽しみね!」


 ウキウキとした足取りで調理場へ向かうウェダに続き職員たちもザワザワといつも通りになっていく。

 そんな風景にホッとしながら肩を落とすと、ウーゴが不意に私の背中を叩いた。


「まぁあれだ。 お嬢ちゃんを怒らすとヤベェのな。 それとなんだ、言ったことは間違いじゃねぇ。 ただ俺らにもグサっときたというかなんというか」

「……何時もはあんなに怒んないですよ? ただ私に乗っかろうという魂胆が気に食わないというかなんというか、某ギルドの某クソマスターを思い出したというか。 まぁ、間違ったこと言ったとは思ってませんがね!」


 全く困ったものです。

 そう言ってウーゴに笑いかけると彼は若干引き気味で、小声でウェダについててよかったと呟いた。


 今のところウェダには嫌な所はないし、むしろこんな事しても追求してこないあたり好感が持てる。

 流石に両ギルドとも手を切るわけにもいかないので、商業ギルドには贔屓にしていきたいところだ。



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