閑話11 ウェダ曰く
「これは一体どういう事だ!」
「うっさいわねぇ。 どういう事もこうもないじゃない? 分かりきった事を……」
商業ギルドの一室で睨み合うのは一組の男女。
一人は冒険者ギルドの長、バルドロ・ピトーニ。
そしてもう一方は褐色の肌に紺色の髪、衣類を着崩し妖艶に笑う女、ウェダ・カマラ。
商業ギルドの長である。
元から仲が良くなかった互いの組織だが割り切るところは割り切り、互いの領域を侵すことはない。
否、無かった。
こうまでも険悪な雰囲気を醸し出しているのは未だかつて、今回が初めてだろう。
互いに近づき過ぎず争わず、そんな組織間に僅かな亀裂が入ったのはここ数週間のこと。互いの長が睨み合うまでに発展してしまったその理由はたった一人の少女が原因である。
「分かりきった事、だと? リズエッタがやってる事は本来
二人の間には長い沈黙が続き、初めに口を開いたのはバルドロだ。
苛々とした表情も態度も隠すことはないバルドロは机に拳を打ち付け、派手な音を響かせる。
その行動にウェダはニヤリと口角をあげ、そして小さく息を吐いた。
「アンタは何か勘違いしてるんじゃない? ここは商業ギルド。 商売をする為のギルド。 彼女がきちんと労働力を売る仕事を登録したにすぎない。 それによってアンタが迷惑を被ったってそれは彼女の方が商売上手なだけじゃない?」
「そう言う問題じゃねぇよ! 俺が言いたいのはっーー」
「彼女が! リズエッタが売ってるのは孤児の労働力! アンタんとこの冒険者に頼ってるわけじゃない! それに街の人間からも彼女を賞賛する声が上がっているの! その意味がわかる?!」
ウェダが机を力強く叩き立ち上がると、バルドロは口を詰まらせ目をそらした。
バルドロはウェダが言いたい事が分かっていたのだ。
そしてこの理不尽な己の怒りの原因も、それが全て自身がギルド長として判断を誤ったことも。
冒険者ギルドに異変が現れたのはリズエッタが商売を始めてすぐの事。ギルド内の掲示板に重なるように貼られていた依頼の束が、ある日忽然として消えた。
最初こそその日の依頼が少なかったのかと、既に様々なパーティが依頼を受けた後だと思い込んでいたが実はそうではなく、殆どの依頼主が依頼そのものを取り下げたのだ。
それを不審に思ったギルド職員が彼らのもとへ赴きその理由を問えば、返ってくる答えは全て同じ。
"リズエッタの方が信頼できる"
と、当たり前のように言い放たれたのだ。
一つ、また一つと依頼が減り、その度にこちら側に戻って来てもらおうと考えを巡らせるも街人は頷かない。
彼らにとっていつ依頼を受けるか分からない冒険者より、いつでも受け入れ、尚且つ格安な孤児の方がはるかに役に立っている。
街から出る商人は流石に冒険者ギルドに依頼を出すが、それ以外の細かな仕事、なりたての冒険者がやるような薬草集めや駆除、お小遣い稼ぎになるようなものは軒並みリズエッタに奪われたのであった。
勿論バルドロもただ黙ってそれを見ていたわけではない。
ギルドの長であるバルドロが態々依頼主たちに頭を下げることまでしたが、そこまでしても彼らはリズエッタへと依頼を続けた。
それは長い間、冒険者ギルドが依頼を投げやりにしていた結果であり、バルドロがそう思っていなくても、街人や商人たちは既にそんな冒険者達を見限っていたのだ。
「"外で金を落とす冒険者に依頼するより孤児に仕事をさせて、この街の経済を回す" 、これは彼女が言った言葉。 そこにあんたから仕事を奪う意図があったとしても、彼女はちゃんと行動を起こしてる。あんたは彼女を、リズエッタを見誤ったのよ。 彼女はただの子供じゃない。 こちらが上だと言う姿勢を見せれば簡単に離れて行くだろうし、そして何より彼女は一人でもやっていけるほどの知識と知恵がある。 彼女を好きにさせた方が私たちには都合がいい。 まぁ、それは? あんたがハマってくれたおかげで分かったことだけどぉ?」
「っても、そう上手くいくわけーー」
「少なからず、盗みやスリは減ったわよ。 彼女が孤児を使い始めて、物乞いもね。 今のところこの街に不都合は生じていない。 それなのに仕事を返せ、なんて私は言えないわ」
リズエッタが人材派遣という仕事を始めてから、ハウシュタットでの盗み被害は減りつつある。
それは盗みやスリをしていた孤児達がそれに頼らなくなったという証拠でもあった。
働けない小さな子らの物乞いも、兄や姉にあたる子らの稼ぎによって養われている。
街にすむ人間からすれば不安要素がなくなることに利点はあって害はない。
だというのにそれを元に戻すことは、それ自体が害でしかない。
そのことを考えれば商業ギルドとしてリズエッタに商売を辞めろだなんて、言えるはずがなかった。
ウェダは今のところリズエッタと面識はない。
だからこそ余計に彼女への対応には慎重に丁寧に、時間をかけていきたい。
バルドロのように命令するかのように、拒否権すら否定するような態度で接すれば商業ギルドでさえ切られてしまう可能性がある故に、時間をかけて距離を詰めて行くしか方法はないのだ。
リズエッタに少しでも信頼してもらえたのならば、商業ギルドとして喉から手が出るほどに欲しいスヴェンの商品が手に入る可能性だってある。
ウェダは目の前いるバルドロよりも冒険者よりも、リズエッタとの繋がりを選んだのである。
「ねぇバルドロ、依頼を増やしたいなら冒険者達の態度を改めさせなさい。 少なからず誠実で謙虚で、傲慢な態度を取らない人間が増えれば孤児よりも腕っ節のある冒険者の方が使い勝手がいいもの。 私が言えるのはただそれだけよ」
ウェダは一人ほくそ笑み、そして内心でバルドロに感謝を述べた。
もしバルドロがリズエッタに拒絶されていなかったのなら、きっと彼女はこちらのギルドへ来なかった。
きっと親密な関係を築き上げることはできなかった。
悔しそうに歯をくいしばるバルドロを他所に、ウェダはウーゴを通して彼女へ近付く為に思考を巡らすのである。
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