閑話10 ダリウス・ローガン


 




 ダリウス・ローガンはふと考えた。


 彼女は一体何者なのだろうと。








 真夜中の部屋、二段ベッドの隙間から顔を出して下を覗けば一人黙々と机に向かうルームメイト、アルノーの姿がそこにあった。


 いくら貴族が多い学院とはいえ、一人当たりに振り分けられるロウソクの数は決まっている。

 毎日のように火を灯し、夜中に勉学に励もうとするものならば与えられたロウソクの数はあっという間にそれこそ消えて無くなってしまうだろう。

 だというのに、彼は、アルノーは、いつだってそれを惜しまずに火を灯すのだ。


「……なぁ、アルノー」


「ーーあれ? 起きてたんですか? あ、もしかして眩しかった?」


 ダリウスが声をかけるとアルノーはすぐに顔を向け、そしてごめんなさいと頭を下げる。

 その様子にダリウスはそうではないと否定し、そして身を乗り出してアルノーへと再度声をかけた。


「お前、何時も勉強してんじゃん。ロウソク無くなるぞ」


 ロウソクが無くなるだけならまだいい。

 万が一またロウソクを買えばいいと思っているのならば、この学院では割高だとアルノーに教えてやらなければならないとダリウスは考えていた。


 リッターオルデンは平等を謳っているがそうではない。

 入学金もかかれば、その他備品にも途方も無い金がかかる。

 ロウソク一本でさえ貴族仕様の値段で、ローガン商会の息子であるダリウスでさえ、そう何本も買える品物ではないのだ。

 ましてや平民でのアルノーでは一本だって買うことは出来ないのではと心配していたのである。


 しかしながら当のアルノーは顔をキョトンとさせ、そしてなくならないよと笑った。


「無くならねぇって……。そんなわけないだろ、使えば無くなるのがロウソクだろ?」


「うん、ロウソクはなくなりますね。でも俺のはロウソクじゃないから、ホラ!」


 ロウソクじゃないという言葉とともにアルノーがダリウスに見せたのは、赤い花。

 それもただの赤い花ではなく、その花弁は真っ赤な炎でゆらゆらと左右に光を広げる見たこともない赤い花。

 ダリウスはその美しい炎を纏ったその花に暫し見とれ、そしてこれは何なのだと当たり前の疑問を抱いた。


 ダリウスは商人の息子だ。

 この土地に住んでいる人間が知らないことでも、手広い商売をしていれば見るだけでも聞くだけでも知識を得ることは容易い。

 けれどもどんなに記憶の水底を漁ったところで炎を放つ花なんて見たことも聞いた事もなかったのだ。


「アルノー、これって……」


「んー、ホントは秘密にしといたほうがいいらしんだけど、特別ね。これは精霊がくれた花なんですよ」


 綺麗でしょ。


 だなんて、そんな簡単な物言いで言われたダリウスは困惑するしかなかった。

 なにせ精霊がくれた花、なんて初めて聞いた話で、初めて見たものだったのだから。


「家にいた頃もロウソクよりもこの花を使ってて、こっちのほうが安上がりだし便利だし。それにこれ見てるとリズと一緒みたいで落ち着くんだ」


「ーーリズって確か……」


「俺のねぇさん。リズのお陰で、俺は今ここで学べるんです」


 朗らかに笑うアルノーから出てきた名前に、ダリウスは眉をひそめた。


 リズエッタ。

 時折アルノーが放った言葉の羅列の中、度々現れるのがリズエッタという固有名詞。

 何をするにもリズ、リズと姉の名前を愛おしそうに呼び、つい最近では温厚なアルノーが彼女が引き金で上級生に喧嘩さえも売っていた。


 彼女が持たせた食べ物を乱雑に扱った貴族の息子はアルノーの怒りに触れて炎の渦に巻き込まれ、姉を馬鹿にした言葉を吐いた輩は数本の骨が折れる程の怪我を負った、らしい。

 どちらも被害を加えられた当人の口から聞いた話ではなく人の噂話の一つだが、アルノーを馬鹿にしてた子息達が彼を避ける様を見れば、その噂が本当だと理解せずにいられない。

 中には親の力を借りて反抗しようする者達もいるようだが、アルノーに害を及ぼすものは未だいない。


 それは彼らの知らぬところで領主、ガリレオ・バーベイルからの圧力がかかっているのだが、その真実を知ることは今の所ないだろう。


「なぁ、アルノー。今度さ、俺にもねぇちゃん紹介してくれね?」


「嫌」


「なんでだよ! 俺これでも商会の三男坊だぜ? わりと良いとこの坊ちゃんだぜ? きっとねぇちゃんも会いたがると思うんだけど!」


「それはないね。リズには俺らがいるし、商会の手なんか借りなくてもリズは如何にかしちゃうもん。それにダリウスにリズは勿体無いし似合わない!」


「え、酷くね?」


 評価低いな、なんてダリウスが口に出せば、アルノーはリズエッタが凄すぎるからだよと爽やかに笑う。

 その表情には何の躊躇いもなく、それが正しいと思い込んでいるように見えた。


 ダリウスはそんなアルノーを見たせいか彼女への興味は膨れ上がり、いつかきっとと、まだ見ぬリズエッタへの想像を巡らせる。




 しかしながらダリウスは知らないのだ。


 ダリウスの思い浮かべる女性像と実際のリズエッタがかけ離れ過ぎてる事を。






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