閑話12 チグハグな二人



 




 しんと静まりかえった一室の中、男は一人眉をひそめた。

 机に重ねられた紙の束は、ここ数ヶ月に渡って調査された報告書。


 一つはリッターオルデンに通う男子生徒のもの。

 もう一方はハウシュタットへ移住した少女のもの。

 その両者の異質さは抜き出てていた。




 男子生徒、もといアルノーの学院生活はどんな状況に於いてもガリレオには筒抜けだ。

 それは彼がハウシュタットの領主故に何をしようと咎めるものがいないからである。

 だからこそアルノーが名のある貴族の子息に無礼を働いても、簡単に、何もなかったかのようにかき消してしまうのは造作ない。

 然し乍らそれがあまりにも大ごとすぎると、簡単に、とはいいいきれなかったのも真実だ。



 アルノーはある時一人の生徒を焔の大渦へと巻き込んだ。その理由は余りにも単純で、彼が持ち込んだ食料をその生徒が踏み潰したからだという。


 けれど問題なのはそこではない。

 アルノーがその大渦を生み出した時、彼は詠唱を行わなかった事が問題だったのである。


 本来魔術を発動する際は長々と詠唱を行うのが一般的だ。ごく稀に魔石を用いて詠唱を省略する事もあるが、その時のアルノーにそれに当てはまらない。

 何も持たず、何にも触れず。ただそこに立ち相手を睨み息をついただけ。

 ただそれだけで焔が上がったと報告書には記載されており、それを実際に見ていた職員からも同様の声があがっている。


 その姿は魔術師なら誰もが憧れる無詠唱の魔術師とも言えただろう。

 だからであろうか、彼の噂は瞬く間に広がり、騎士団内のさまざまな隊が彼を欲した。

 中にはそこまで魔術が使えるのならば学院に通う必要などないのではと、ガリレオに直談判する隊長の姿もあった。

 確かにアルノーは魔術師としては有能で、学院でもその実力はトップクラスといっても過言ではないだろう。

 実技に至っても同年代よりは勝り、知識も礼節も他者に劣ることはない。

 かといって彼にはある一部分が欠けていたのだ。


 それはコミュニケーション能力であり、長年家族としか接していないせいで著しく低い。

 アルノーの誰に対しても礼儀正しすぎるその姿勢は、教師に対しても先輩に対しても同輩や後輩に対しても、どれをとっても一律で代わり映えはない。

 彼の才能ならば、時をおかず昇進の階段をかけのぼるだろうが、今後、王や貴族に対する態度と、その他したっぱの新任兵士に対する態度が同じでは困ることが目にみえている。


 そして、そのようなふるまいを是正してくれるような親しい友人も今のところはみられない。アルノーは誰に対しても垣根をおいてつき合っている故に、人と人のと関係性を、上手く築き上げる事が知らずと不得意にみえた。

 この状態で隊に入れようものならばそう簡単に馴染める事はないだろうし、むしろその態度が生意気だと、舐めていると捉えられる可能性すらあるのだ。


 その点を踏まえて考えれば、彼を今すぐ騎士にさせるだなんて無茶は出来るわけなく、ガリレオは小煩い一部の隊長格を黙らす事に努めた。





 一方、リズエッタに関してはその逆で、彼女は同世代よりも対人関係にこなれた感じが見られた。

 ガリレオにあげられた報告書にも孤児を手懐け仕事をさせ、尚且つ彼らを教育しているともとれる行動が記述されている。


 それに加えて彼女は人をみて臨機応変に態度を変化させるなど、弟、アルノーにはない柔軟さがあった。


 同じ親から生まれた双子で、同じ環境で育てられたというのに、他者に対して反応はこうまでも違う。

 当たり前だというば当たり前だが、ガリレオにはどこか引っかかる。



 ふと、脳裏に浮かんだのは数ヶ月前の出来事だった。

 凛とした声で亜人が欲しいと言った、賄賂を渡す幼い少女。

 躊躇いも迷いもなく、それが正しいと信じきった声音で殺すも奴隷も同じと言った幼い彼女。

 神の恩恵と言い切った彼女。


 堂々と、大の大人に取引を持ちかけた、常識の外れた、リズエッタという少女。



 そんな姉を見て育てば弟の常識はずれていくのかと、ガリレオは深々と息を吐いた。


 弟はまだ姉を真似しているだけに過ぎず、他者への対応の幅がない。

 姉は既に大人としての完成されておりその知識を弟に植え付けたとすれば、二人のちぐはぐさを理解する事は出来る。



 本来ならばリズエッタに対してもっとより多くの疑問を抱かなければおかしいものだが、ガリレオですら彼女がヨハネスの孫だからと安直に思考を停止させたのだ。


 神の加護があるものを作る人間の孫だ、無詠唱ができても知識が豊富でも、何処にも問題はないじゃないかと。むしろ、彼らにもまた神の加護が付いていてもいるのだろうと、まるで何かに、誰かに思考を弄られたように、疑問なんてものは残らなかった。





 もし彼らに何かが起こったのならば、誰よりも優先してガリレオは手を差し伸べるだろう。

 それはやはりヨハネスと取引を続けて行く為であり、騎士団にも国にも優先される事項だからだ。


 それだけあの加護付きの保存食は重要なものとなっていた。




 ガリレオは窓の外に広がる青空を眺めながら報告書をしまい、そしてその為に新たな問題に対峙する。


 リズエッタへと渡す、亜人についての問題を。




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