62 取引


 



 寝て起きて、食べて仕事して、食べて食べて食べて寝て。そして起きるとまた太陽は昇っている。


 食べる要素が多いのは十時休憩やら三時休憩やら夜食やらを挟んでいるからだ。いささか体重が増えすぎている気もするし、そろそろ違う仕事を取り入れてもいいかもしれない。


「ふぁあ、んじゃ行きますか」


 大きな欠伸をしながら体を伸ばし、そして事前に作っておいた焼きおにぎりと釣り道具、おやつの入ったカバンを持って私は家を出た。

 おにぎりを食べながら歩く行為は行儀がよいとは言えないが、そんなことを咎める人はここには居ない。それにこの国では米があまり出回っていないからか、おにぎりという存在を知るものも少ないだろう。


 しかしまぁ、おにぎりにしろ他の食べ物にしろ歩きながらの食事は上品でないのは変わらないが。


「でもおにぎりといえばやっぱ海苔だよねぇ」


 塩むすびや焼きおにぎりも美味しいが、恋しくなってしまうのが海苔の巻いてあるおにぎりだ。

 以前ならばどこでも買えて、自宅でも簡単に作れた海苔巻きおにぎりでも今となっては作るのが困難な代物である。それは海苔自体が手に入ることが今までなく、作られているのかすら分からなかった食品の一つでもあったからだ。

 前回ハウシュタットの店々を散策した時もそれらしきものはなかったし、作られていないとみて間違えないだろう。


 ならば私が作るしかあるまい、私のためだけに!


「人手はわりと調達出来そうだし、やってみますか!」


 手持ちのおやつと小遣いだけでは心許ないが、腹ペコの孤児達との交渉には役に立ってくれるだろう。

 おにぎりの最後の一欠片を口の中へと放り込み、私はウキウキとヘーリグ岬と急いだ。


 向かう途中で生き餌を買い、ヘーリグ岬へと着くとそこには先日出会ったセシルとその他数名の孤児達が既に私を待っており、一番小さな幼女は私に駆け寄り抱きついてきた。


「お魚のおねぇちゃん! 今日もお菓子ある?」


「あるよー、まずは一人三枚ねぇ」


 お菓子目当てでついてきたんだなと思いながらもおやつに用意したクッキーを渡し、そしてセシルに視線を向けた。


「やぁ、久しぶり! そんで結果はどうだったのかな?」


 ニヤニヤと笑いながら問いかければ彼は小さな声で元気になったとだけ言葉を吐き、それに続いて他の子らのありがとうなどのお礼の言葉が飛びかう。その中には私を殴った少年もいて、渋々ながらお礼を言っているように思えた。

 私自身もお礼を言われたくてやってるわけじゃないし、むしろ批難される行為でもあるし、その態度について文句はない。


「どんな風に治ったか教えてくれる? どのくらいで痛みが消えたとか」


 こちらをチラチラとうかがっているセシルに再度視線を向けジュースの効果はどうだったかと聞くと、腕を組み悩むそぶりを見せながら唸って頭をかいた。


「えーと、アンタが帰ってからすぐに飲ませて、日が暮れる頃には腹の痛みはなくなったみたいだった。 顔色も前より良かったし、ジュース? の効果はあると思うよ」


「効果覿面だったわけか、なるほど。 んじゃあのやり方でも問題なしと考えて次に作るのも同じ製法でやってみるとしよう」


 ニコラが言うには薬草それぞれに合った調合方法があるようだが、上手い具合に私の作ったジュースは薬草の持つ効能を活かせたか、はたまた、神様の授けてくれた飯ウマ補正によりうまく出来たかだろう。

 薬を作ろうとして失敗したことを考えれば十中八九後者な気もするが、今は深く考えないでその考えそのものを頭の隅に追いやった。


 私は満足げに微笑んだ後、今度は彼らに買ってきたばかりの生き餌を手渡して釣りを始めることにした。

 狙うのは前回と同じ魚のガンペシェ。

 あの海老っぽい味ゆえにタルタルソースと一緒に食べる海老フライもどきを今度は作りたいと思っている。通常釣りでは釣れないだろう海老をガンペシェで代用し、皿いっぱいに盛られる海老フライ(もどき)を堪能したいのだ。


 一匹丸ごとの海老フライなんて子供の頃からの憧れだ。

 たとえ見かけが魚でも、あれと似たようなものが出来るのならば私は大歓迎なのである。


「さぁ! 今日も釣ってこう!」


 先ほどまで話していたジュースの事などもうどうでもいいと言う顔をして私は竿を振り糸を飛ばし、ガンペシェが釣れるその瞬間を今か今かと待った。


「そんな簡単に釣れるかよーー」


 不機嫌そうにそう言ったのは殴った少年だ。

 だがしかし、彼の言葉とは裏腹に私の竿はグイッと海底へと引き込まれ、それを合図にして私の乱獲量は始まったのである。


「フハハハっ! 今日も大漁だぁ!」


 釣っては投げ釣っては投げ。

 入れ食い状態に陥るまではほんの数分も掛からなかった。持参した桶の中にはガンペシェがドンドン溜まっていき、時より普通の魚も釣り上がる。

 緑がかった銀色の鱗を持つその魚はまるで鯵のような見た目だっだが、口の大きさが異常に大きい。

 この魚は量が多く取れれば鯵フライもどきとお刺身にしてみてもいいかもしれないと私はニヤニヤと怪しく笑い、それをみた子供らは若干私から距離をとった。


「ーーなんで逃げるの?」


「そりゃ、変な顔して笑ってりゃ」


 なぁ?と周りに同意を求めるセシルの言葉に二、三人の子供は頷き、私は少しばかり不愉快な気持ちになりながら一人の幼女を手招く。そして近寄って来たこの背丈に合わせるように屈んで、にっこりと笑った。


「ねぇねぇ、君の名前は? お菓子いる?」


「お菓子! 私はロジーだよ!」


 目を爛々とさせた幼女、ロジーの手に私はクッキーを二枚乗せ、そして羨ましそうにこちらを見ている子らに向かい合う。


「君たちはこのロジーの笑顔を変な顔というのかね? ん? 美味しい食べ物前に笑うのが変だというのならば、君達にはもうお菓子はやらん!」


 べっと舌を出してしかめっ面をしてみれば焦ったような声が上がり、そして必死に取り繕うとする子らが変じゃない、普通だと身振り手振りで弁解を始めた。勿論変な顔と言ってのけたセシルや私を殴った少年もその中に含まれており、本当にこの集団は現金なやつらばかりだとある意味感心したのである。


 私は呆れたように笑いながらそんな彼らにもう一度お菓子を配り歩き、名前を尋ねながらついでにとどんな病気になる子が多いかまたは今は病に倒れている子はいるかと聞いて回った。

 それは彼らを助けたいなんて善意行為の為ではなく、今後どんなものを作っていけば実験が可能かを知る為である。

 嬉しそうに私を見て笑う幼子達には悪いが、見返りのない行為をするほど私は出来た人間ではないのだ。


 そうこうしているうちに時間は経ち、私が持参した桶はすでに魚で溢れかえっていた。

 普通に釣ってもこんなに釣れないだろうと思える量で、もしかしたらこの釣り能力も神にもらった一部なのではないかも思ってしまうものだ。

 なにせ釣りは私が食べるための行為だし。


 そうだとしても私一人が持って帰るにはやはり多い量で、今回も釣り過ぎた魚は彼らに売った方が無難だろう。しかし前回よりも量が多いし、五ダイムで、というわけにはいかなそうだ。


「セシル、これが今回の餌付け代の二十ダイムね。 餌が前の二倍の量だったから料金も二倍にしてあるから確認して」


 財布から小銅貨を二十枚出して、一、二、とわかりやすいように数えながら渡していく。

 それは勿論、彼らが数をきちんと数えられるか分からないからである。せこいヤツならばそこを踏んでチョロまかすかもしれないが、私はそこまでやるほど非道ではない。

 人体実験をしていても、金銭的やり取りにズルはしないのだ。


「ーーこんなに貰ってもいいのか?」


「んー、いいんじゃない? 私が雇い主だから支払い金額を決めるのは私だし」


 実際、餌付けにどれだけの料金を払うかなんて相場は知らないし、私が決めるしかないのは致し方がないことだろう。


 最後にの小銅貨を二十と数え終えると今度は魚の分配にはいる。

 私が確実に欲しいのは十二匹。それだけあればエリボリス夫妻とチビ双子を含めて一人一匹食べられる計算だ。けれどそれだとあまりにも彼らに渡す分の方が多く思えた。


「ちなみに君たちはどれだけ欲しいの? それで価格を決めよう」


 この前の彼らの住処に行ったときにはそれなりの人数もいたし、一人一匹とはいかないがそれなりの量を与えてもいいと思っている。

 信頼、とはいわないが食い物で良い関係が作れるならばそれに越したことはない。


 私の問いかけにセシルとその他は数名は顔を見合わせて両手の指を動かし、そして三人の子らが両手を突き出した。

 その指の数は合わせて二十七。

 多分それらが彼らの”家族”の数なのだろう。


「二十七ねぇ。 この前は十二匹で五ダイム。その倍は二十四で十ダイムだけど、今回は二十七で十ダイムにまけてあげよう」


 今度は魚を数えながら彼らの持参した桶に投げ入れていれ小銅化と交換していき、残った魚は八匹。

 これは私が持ち帰り刺身や干物として食べてみるとしよう。


「さて、釣りは終わったけど、君たちはこのあと暇? 暇ならは五ダイム追加でもう一仕事しない?」


 今ならお菓子も付いてくる! っとクッキーの入った袋を掲げればじぃっと魚を見つめていた視線は途端に私に移り、我先にと子供らは声を上げていく。

 その中からセシルとあと二人を選び出し、残りには魚を早めに持ち帰るように指示を出した。

 だがしかし、その指示に従わないヤツは勿論いるようだった。


「それじゃあセシル達だけお菓子もらえるのかよっ! ずりぃぞ!」


 そう叫んだのは私を殴った少年、ウィルと名乗った男の子だ。

 その意見に同意するように他の子も頷いてお菓子が欲しいと口に出すが、それをなだめたのは私ではなくセシルだった。


「別にオレ達だけで食べねぇよ! もらったらみんなで食べるよう持ち帰るに決まってんだろ! あほか!」


 半ば怒鳴るように声を荒げれば選ばれなかった子らはそれならばと口をつぐみ、私は静かになったところで魚も早く調理しないと悪くなると、お腹を壊すと言い聞かせた。


「君たちはその魚を早く持って帰って焼くなり煮るなりしなさい。 もし魚が悪くなって腹が痛くなってもこの前みたいなジュースの手持ちはないからね! それと私も一度ギルドにこれを預けてくるから、君らは先に岩場にいってて。そこで何をするか教えるから!」


 私自身がギルドに向かうのは預けるためではなく庭に帰るためなのだが、そこのところを詳しく言う必要はない。


 後ろで頷くセシル達に軽く手を振り、私は両手で桶を抱えてギルドに向けて走ったのだった。




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