63 思わぬ収穫


 



「ーーそういやうちに保冷庫なくね?」


 そう気付いたのはギルドまでもう少しの距離の時だった。

 魚に気を取られお刺身やらフライやらを食べたいと考える前にどうにかしておかなきゃならなかった問題を、今更思い出すなんてなんて間抜けなことだろう。

 保冷庫がない以上刺身は諦めるとして、せめて魚を締めてからヘーリグ岬に向かうしかあるまい。

 眉をひそめて深いため息を吐いた私は早いうちに保冷庫問題を解決しようと心に決め、ギルドの扉をゆっくりと開いた。


 目の前にあるのはいつもと同じく青々と生い茂った木々と、風を受けてなびく草花。

 フルーツの甘い香りを運んでくる風とともに、いつもとは違った怒鳴り声も聞こえてきたが今は無視を決め込むとしよう。

 ここの管理はレドに一任している。私が出た方がややこしくなるだろうし。


 魚が駄目にならないうちに早々とキッチンへ滑り込み、そしてガンペシェから順に捌いていく。

 今回は時間がないので中骨を切ってから腹を裂き、内臓を出すだけの簡単な処理のみだ。

 鯵に似た魚も同じようにさばき、綺麗に洗ってから暗所へと保存。

 庭だから腐らないよね? となかば願望も込めて神に祈り、私は怒鳴り声のする庭を後にした。


 再びギルドの扉から裏路地に戻り、小さめの桶を抱えて岬へと向かう。

 彼らと別れてすでに十分以上は経っているだろうし、下手すれば怒って帰っている可能性も捨てきれない。はじめに前金として幾らか渡しとくべきだったかもしれないが、万が一を考えて前払いはしてないのだ。


 いてくれれば良いなと思いながら私は必死に両足を動かした。



「おっせぇぞ!」


 岬に着くと少し怒り気味のセシルが私に向かって叫んだ。その声に続いて二人の少年らもウンウンと頷き、頬を膨らまれている。


「ごめんごめん。 お詫びに一ダイム追加するよ!」


 両手を合わせながら頭を下げると彼らはそれならばと怒りを収めてくれたようで、何をすれば良いんだと私に指示を求めた。

 私はそんな彼らにニッコリと笑いかけ、釣りをした場所からほんの少し離れたところへと移動したのである。


「今から採ってもらいたいのは海藻です! この岩にこびりついたヤツをガンガン採っていってくださいな!」


 ぱっとみ汚い藻にしか見れないであろうそれは多分海苔が作れる海藻。

 種類や名前は定かではないが、多分食べられる、はず。

 滑りやすいから気をつけてねと声をかけてから私は小型ナイフで採取を始めるが、彼らは何故か動こうとはしない。


「どしたの? とらんと料金は払わないよ?」


「ーーいや、こんなの何に使うんだと思って……」


 怪訝そうな顔をするセシルの問いに、今度は私が顔を歪める番であった。


「何って食うに決まってんじゃん!」


「はっ!? 食えんのこれ!」


「食べられるよー! 私は好きだし、まぁ、気になるなら後で分けてあげるよ」


 海苔を食べるのはアジア圏が主だったことは知っているし、彼らから海藻を食べ物と認識していないのは育った環境が違うからだろう。

 それに海藻を消化できるのもアジア圏の人間が多く、今の私の身体が消化出来るとも限らない。けれど好きなものは食べたいのだ。

 たとえ今の私の身体が海藻を消化しきれなくても、おにぎりに海苔は必要なのだ。そしてうまくいった暁には佃煮も作りたい。


「これが、食えるのか……」


 キラキラとした目で岩にこびりついた海藻を見たセシル達はウキウキと海藻を取り始め、どんな風な味がするのか、どんな食べ方をするのかと私に聞いてきた。

 私はその問いに海苔とは何か、乾燥させるもよし、味噌汁に入れてもよし、栄養も豊富な健康食材なのだと売り込んでいく。

 それは、今後彼らが私の代わりに海苔をとって私に売ってくれれば良いなと考えているからだ。

 私としてはわざわざここまで来て海藻を採取する手間もなくなるし、孤児である彼らも幾らかの収入なる良い関係を気づけるだろう。


 一人今後の行く末を考えがながらガリガリと海藻を取っていき、大きな岩場に差し掛かったところで私はとある物体に気がついた。

 岩と岩の間にびっしりと詰め込まれているように生えているそれはまるで亀の手のような形をしていて、見るからに食べ物ではありませんよ! と主張しているようにも思える。

 だが残念なことに今ここにいるのは食い意地の張ったこの私だ。


 勿論、取って食う。


「思わぬ収穫だ!」


 手を切らないように鞄から麻布の袋を取り出しそれを手につけ、ナイフの先を使って少しずつ岩から剥がしていく。

 慣れないからか最初は根元を切ってしまっていたが、五分もすれば取り方のコツを覚えこれでもかというほどに採取することが出来た。

 ホクホクとした顔で少年らのところに戻れば彼らは彼らでソコソコの量の海藻を取り終えており、私は満足げに頷きながらお財布から採取の料金とお菓子を支払ったのである。


「いやぁ、助かったよ! ありがとう。 また頼んでも良いかな?」


「ま、どーしてもっていうなら良いぜ! それにそのカイソウ? ってのも食わしてくれよ!」


「わかったわかった。 んじゃ、今度は用ができたら君達の家にお邪魔するね!」



 次にいつ会うか、なんて毎度毎度決められるもんじゃない。故に家がわかった今、用ができたら行くのが無難だろう。

 嬉しそうにお金とお菓子を握りしめて笑う彼らに手を振り、私はまた一人ギルドへと向かって歩き出した。


 今朝釣った魚に海藻、カメノテ。

 今日のご飯はなかなか豪華なものになりそうにだと期待に胸を膨らませ、私は今日も今日とて美味しいご飯のために過ごしたのである。



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