60 野菜ジュース
考えがまとまった後には行動あるのみだと、次の日から私は調合ならぬ調理をし始めた。
深皿に入れてドロドロになるまで熟れた桃をフォークで潰し、おろし器で細かくすり潰した林檎を深皿に投入。次にそれらに色変わりを防ぐためにほんの少し檸檬の果汁を加えれば、簡易フルーツジュースと呼べるであろう代物の完成だ。
勿論このままではドロっとしたら食感は残るわけで粗布でこした方が良いのだが、私が作ろうとしているものはフルーツジュースではないのでこの時点ではこさないでおく。
次に用意したのは先日ニコラに教えてもらった薬作りに使用したアマドロロと、サンゼキというどくだみにも似た草の二種類だ。
これらは干したものではなく、採りたての生の状態のものをよくすり潰してペースト状に仕上げていく。
試しにペロリと舐めてみるがその味は雑味あふれるものでクソ不味い。
青臭いと言うべきか苦いと言うべきか、とにかく不味い。
良薬口に苦しとはよく言ったものだが、これだけで口にするのはまず無理なものだろう。
従って私はこれを先に用意したフルーツに混ぜ込んでフルーツジュースならぬ野菜ジュースを作るつもりでいるのだ。
流石に甘いフルーツと混ざりあえばこの味も緩和されるだろうと踏んでいるが、果たしてそれが上手くいくとは限らない。万が一に備え砂糖や蜂蜜、甘みを増すためにバナナやパイナップルなど他のフルーツも用意しておき、なるべく美味しい野菜ジュースを目指しているのだ。
私はフルーツと薬草を混ぜたそれをグルグルと大きな匙で混ぜ合わせ粗布に移し、水分だけを力一杯絞り出していく。
ギュッギュッと力を込めて絞り取れば野菜ジュースとなる液体は下に置いた深皿に滴っていき、粗布に残るのは絞りかすのみだ。
これらは庭の養分に回すか、薬草に苦味が少ないようだったらお菓子かスープに混ぜ合わせてもいいだろう。香辛料を大量に使うカレールーなんかはフルーツが入ってるものもあったはずだし、何もせずに捨てるのは勿体無い。
絞りかすは別の皿にわけておき、何度かその作業を繰り返して最終的に残ったのは深皿一杯ほどの野菜ジュースだけだった。
桃や林檎をソコソコの量を使用して手間暇かけた割にできた量はこれだけかとため息をつきながら味を確認し、苦味を多く感じた為に甘味料として蜂蜜を少々。
求めているのは味と効能なのだと考えを改め、味か大分落ち着いたところで漏斗を使って小瓶に移し替えていった。
量にして小瓶三本分。
もし仮に生産販売をするとなるとソコソコの値段をつけなければなさそうだ。
そして何より野菜ジュースと名付けているこの飲み物は生の果物と薬草を使用しているもので、そう日持ちするものではないだろう。冷蔵庫のような保冷庫があればいいのだが、アルノーもスヴェンも氷の精霊と出会う事は今までになく、保存に適した場所は庭にも家にもない。
うちにないものを手にしている人間は少ないだろうし、従って効能を調べるには私が走り回って腹痛に耐えている人間を探すしかないだろう。
庭の果物と薬草を使っているから普通のものよりは腐りにくいだろうが、いかせん常温長期保存はいただけないのだ。
「パメラー! 私出てくるから後はよろしく!」
ジュースを入れた小瓶とおやつを肩がけに放り込み、私は庭で虎の双子の面倒を見ていたパメラに声をかけた。
ここにきてから三日経過したからか子供の体は丸々と、そしてモフモフと健康体になり、ぴょんぴょんと走り回りながら尻尾を振っている。そんな双子の面倒をパメラに任せているのだが、今のところ問題はなさそうにみえた。
本来ならば母親が面倒みるべきところだが、働き手になる母親にもきちんと仕事を覚えてもらいたいという欲望の元、子供らとは離して生活をさせることに決めたのだ。
それは母から子へ余計なことを吹き込まれるのを防ぐ為でもあるが、何よりあの夫婦にここでの
やろうと思えば子供を人質に働かせる事も可能だが私に脅す気なんてないし、彼らが私を主人だと認めて素直に働けば子供だって親元に返す。
勿論私を拒絶しようものならレドにぶん殴られればいいし、子供だってパメラの元で勝手に育てるつもりだ。何せパメラは文字の読み書きが出来るようだし、親元で育てるよりもより良い英才教育も可能だろう。
余談だが、私は最終的に庭にいる亜人達は全員読み書きが出来るまでに仕上げたい。それは勿論紙に書き出した仕事を勝手に読んでこなして、完了の報告をしてもらう為だ。その方がいちいち私やレドが指示を出すよりもはるかに効率が良くなるはずだし、意見箱を設置すればいつでも彼らの欲するものを用意することができるようになる。
その為には文字を教えなければならないのだが、読み書きができるのが祖父と私とパメラ、かろうじてレドの四人のみ。それに加えて私と祖父は庭で過ごしているわけではなく、結果的にパメラに先生役を押し付けたのである。
最初こそ嫌な顔をしたパメラだったが、週一で好きなものを作ってやると言えば喜んで子供らの手を取ったからよしとしておこう。
そんな話はさておき、私はパメラに手を振りながら扉を抜けてハウシュタットのギルドへと向かったのであった。
扉はギィと音を立てて開き、その先から漂うのはアルコールの匂いと汗の香り。
庭とは打って変わった匂いの変化にうっかり鼻がまがりそうになるのをグッと堪え、私はカウンターにいる女性に話かけた。
「すみません、少々お伺いしたいのですかーー」
「はい、何でしょう?」
「えっとですね……、ここらに孤児の集まりってありますか?」
スラム街でも可、だが、単刀直入に聞きすぎたようだ。
受付の女性は一瞬歪み、そして私を怪訝な顔で見つめてきたのである。
「あー、昨日釣りをしてましたら子供だけの集団に助けられまして。お礼したいなぁーって。身なりもあまり良くなかったものですから孤児なのかなと――」
決して悪いことを考えているわけじゃないよ、お礼がしたいだけだよという気持ちを前面に出して女性に笑いかければ、彼女は少しホッとしたように息をはいてようやく言葉を吐き出した。
「裏口を右手に進んだところに孤児院はありますが、そこに属してない子らの可能性もありますね。孤児院にいれば良いのですが、いなかったらお礼は諦めた方が無難です。スラムに住む子らは貴女一人では舐められますよ?」
「そうですか、じゃあ孤児院に行っていなかったら諦めます!」
ありがとうございましたとお礼を言い、心の中では悪いことをする気満々ですと謝罪を入れる。けれどもその謝罪は彼女に届くはずなどなく、私は一人ほくそ笑んでギルドの扉を再度開いたのであった。
パタンと扉の閉まる音を聞きながら私は孤児院を目指して歩く。
ギルドで聞いた孤児院はそれほど遠くない場所に位置し、教会のような建物のそばにはテアドロ孤児院と書かれた看板までが立っていた。
覗き込むようにその建物の中を見れば、昨日の少年等とは違い小綺麗な格好をしたものが多く感じ、体つきも彼らよりもマシなように見える。
そうなると彼らはきちんと孤児院に捨てられた子らであり、私が探している、求めている子らはここにはいないとうわけだ。
私はそっと孤児院から離れて細い小道に入り込む。
ここからは運だけが頼りだ。
「さぁてと、ーー”今日もなかなか稼げたなぁ!”」
ニコニコと笑いながらゆっくり小道を進み、私はくるべき時を待つ。
本来ならばあんな事を叫んでこんな所にいるなんて避けるべき事なのだろうが、今私が待っているのは探しているのはそんな危険に身を潜めているもの達なのだ。
こちらも覚悟を決めねばならない。
心の奥底で大人じゃなく子供を、なるべく馬鹿な子をと願いながら練り歩き、数分後、ついにその時はやってきた。
真正面から走ってきた少年はドンっとわざとらしく私にぶつかりそのまま走り去っていく。
私は彼に当たった方のポケットをまさぐりお財布がなくなっている事を確認するとニヤリと笑ってその後を追いかけた。
「待てこらー! 財布返せぇ!」
ニヤニヤと、ニコニコと笑いながらわたしはひたすら走った。
もし追いかけている子供がやばい人間だとしたら私の人生はそこまでだろうが、あえてそこは見えないふりをしておこう。
人生とは危険がつきものなのだから。
上手くいく、それだけを願っておくとしよう。
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