59 辛い時にはもふもふを


 




 落ち込んだ時、人はそれぞれに合った落ち込み方をする。


 例えば膝を抱えて隅っこに寄ってみたり、逆にそれを忘れようと無理に気分を上げてみたり、またもや誰かに愚痴を吐きスッキリしたりと個人によってそれの発散の仕方は多々あるのだろう。


「ーーお嬢ぅ?」


 私の場合は愛しいものを目一杯愛でることと。


「ーーあの、前が」


 モフモフを堪能する事と。


「ーー見えねぇんすが」


 他者に身を任す事である。



 ニコラから追い立てられるように家を出された後、私が向かったのは何処でもない庭だ。

 そこにいるのは私の可愛い相棒であり癒しであり、心を許した最愛のワンコ、レド。

 げんなりとした私の顔をみたレドはその耳をピンと伸ばし、尻尾を振りながらも心配そうに私の体を抱き上げた。


「どうかしたんですか?」


「ーーとりあえず、肩車してぇ」


 ブスっと顔を歪めながらレドの頭にしがみつくと、レドは拒否する事なく私を肩の上に乗せてくれた。そして私は一心不乱にその頭の上に位置した耳をモフり、オデコをモフり、レドのことなど考えずに頭に浮かん抱きつき身を任せたのである。

 その結果、レドの目の私の両手と髪に塞がれる事となりアタフタとした声だけが私の元へと届いたのだ。


「ーーーー辛い、慰めて」


 仕事の最中だというのに、私が我が儘を言うとレドは文句一つ言わずに黙ってその状態を受け入れた。そして私は数十分に渡ってレドをモフモフしたのである。

 勿論そのせいで仕事は滞り、私は落ち着いた後にいつも以上の仕事をしたのは言うまでもないだろう。


 ため息をつきながら野菜や果物を収穫し、それらを加工するためにキッチンへと運ぶ。その途中に生えたほうれん草を目にした時、私はふと一つの考えが頭に浮かんだ。


 もしかして、という考えのもとキッチンで玉ねぎを炒めてミルクで煮ていく。その後茹でてすり潰したほうれん草を加えて塩と胡椒で味付けをすれば、ほうれん草のポタージュの完成だ。

 スプーンで掬い、パクリと食べてみれば何時ものように美味しく何ら問題もないポタージュだった。


 何時もと少し違う、調合と似たような手順で作ったポタージュだと言うのに美味しかった。


 もしかして庭で調合すれば成功するのではないのかと安易な考えで薬を調合してみれば、キッチンに似つかわしくない匂いが辺りに充満したのである。


 その臭いの悲惨な事。


 最初の美味しそうな匂いにつられてやってきたシャンタルはひょこっとキッチンに顔を出したが、そのあまりの臭さに顔を絶望の色に染め上げた。


「ーーそ、それは食い物じゃないよな? まさか食わせないよな!?」


「ーーーー食べ物じゃないよー。 大丈夫だよー」


 その悲鳴にも似た拒絶の声に私はがくりと肩を落とし、そしてきちんと出来上がっていたポタージュを指差す。するとそのポタージュの存在に気付いたシャンタルは今度は嬉しそうに顔を綻ばせ、鍋の蓋を開けてヨダレを垂らした。


 全くもって、現金なやつである。


 スンスンと鼻を鳴らすシャンタルを横目で見ながら失敗した鍋をかき回していると液体には感じられないであろう重みを感じ始めた。

 どう言う事だと再び鍋の中を覗き込むとそこにあったのは液体ではなく個体と言えるであろう代物で、私は又しても深く長いため息を漏らしたのである。


 そんな私のため息を聞いたシャンタルは珍しくしかめっ面の私の顔をそっそ覗き込み、そして臭いと一言漏らして鼻をつまむ。その行動に若干のイラつきを感じるも彼女は悪くないのだと下唇を噛み締めた。


「ーーコレ、何なんだ? 新しい商品、か?」


「いんにゃ、違うよ。 薬を作ろうとして失敗しただけ」


 何回作っても失敗するんだと呆れ顔で笑うとシャンタルは驚いたようで、お前でも失敗するのかと私を上から下までジロジロと観察してニヤリと小馬鹿にしたように笑ったのであった。


「私だって失敗するよ。 全く私を何だと思ってるんだよ君は」


「いや、レドもヨハネスも、お前は料理は失敗しないと何時もと口うるさいくらいに言ってるからな。 見たこともないものも何もかも、いきなり美味いもの作ると」


「へー、それは嬉しいねぇ」


 そうだ。

 料理は失敗しない。

 どんなものでも頭に思い浮かぶレシピ通りに作れば失敗しないし、分からない事は勝手に脳内検索されて出てくる。

 それ故にどんな料理も思い浮かぶし、作れるのだ。

 それにいまさっき作ったポタージュだってレシピとは違う作り方をしたのにきちんと美味しくできていた。


 それなのに、調合となるとうまくいかない。

 全くもって腹ただしい。


「私は薬師にはなれないのかもなぁ」


「ーー? 何でなれないと決めつける?」


「いやだって、こうも薬草の類と相性が悪いと無理だろう?」


 料理するように調合しても無理ならば、もう調合とも薬草と相性が悪いとしか言いようがない。

 野菜と薬草は何が違うんだと小さな声で私が呟くと、シャンタルは首を傾げながらそう変わりはないはずだと言葉を返してくる。そして続けてこうとも言った。


「薬草と相性が悪いのならば長寿草の切り干し大根はなぜ作れる? あれは美味いぞ?」


「そりゃあれは料理であってーー? ん? 料理なら薬草は使える、のか?」


 そういえばと思い返してみれば大根がわりに長寿草を用いて作った切り干し大根はとても美味しくできていたし、ついでに言えば長寿草の加工食品(沢庵やらお漬物)も失敗したことはない。

 ならばその違いは何なのかと記憶の底を辿っていくと一つの物事を思い出した。


「ーー私は、メシマズだったわ」


 そう私はメシマズだったのだ。

 今の料理上手な私が誕生したのは六歳の時であり、それ以前は湯すら沸かせてはもらえないほどの料理音痴だった。

 何でもかんでも焦がし炭と変え、スープを作ればドロドロのこげ茶の半固形。炒め物はベチャになったりカリカリになったり噛みきれなかったり、下処理をしたつもりで生臭いご飯。


 そうだ、以前の私はメシマズで、今の私は神から力をもらったから存在している。だからこそ美味しいご飯をつくる為の知識と能力を持ち、失敗することも不味い飯を作ることはなくなったのだ。


 ならば調理にも似た調合が上手くいかないのは当たり前なのだろう。


 だって、料理じゃないんだもん。


 刻んだり煮たりしても、調合は調合であって料理ではない。

 いくらご飯が美味しく作れるし才能を持ってしても、調理と調合がイコールになる能力ではなかったのだ。


 故に調合で発せられる私の才能はメシマズの才能、調合音痴となるわけだ。


 となると私に人並みの調合が出来ないことは確定された事実であり、薬師になるなんてもっての外。

 だが一つだけそれの抜け道があるとしたら、私が調合を、調理と認識することだろう。


 今はまだ可能性の話であるが、薬を作る材料で私が調合に近い調理を行えば薬やポーションにちかしい何ができるかもしれない。


 そう考えてみると今後ニコラに調合を教えてもらうことはやめ、薬草の種類と効能だけを学んだ方が都合がいい。


 下手に調合の”レシピ”を知ってしまえば自分で思ってなくとも”調合”と認識してしいなくても、失敗する可能性は増えていく。疑わしい行為は避けるべき、だ。


「となると必要とされるのは知識よりもーー」


 被験体。


 なるべく多く、なるべく反抗心ない、なるべく私の不利にならない被験体が必要だ。


「シャンタル、新入りたちの体調はどう? 君達の体調は悪くない?」


「ん? 彼奴らの体力は回復しつつあるし、ここにきてから私もパメラも身体はより一層丈夫になった気でいるが。 何か問題でも?」


「ーーいや、元気なら元気でいいんだけどね」


 新しく入ってきた新入りたちはもう直ぐ完全体に戻るだろうし、庭の食事が非健康を生むとはとても思えない。祖父でさえムキムキマッチョになる程だ。風邪を引いたことすらここ数年ないし、一度健康になれば病気になる方が難しいのだろう。


 これまた嬉しい事実の発覚だが、今はそれを悔しくおもうのだ。


 では私の考えが正しいと結論つけるために必要な被験体は亜人達ではなく外から調達する事にして、どんな人が最適だろうか。


 きちんと薬を知ってる人?

 それだときっと私の話なんて子供の戯言として片付けられる。


 ならば薬を求めている人?

 それだと下手な人を掴めば、私は一生囲われる人生を送る可能性もでてくるだろう。


 なら薬を求め、なおかつ私より身分の低い人?

 果たしてそんな人たちはハウシュタットに存在しているだろうか?騎士の街と呼ばれるだけあってそこそこ身分の高い人々や院生、きちんとした働き口を持っているものも多いと感じる。


 じゃあどんな人?

 私よりも立場が低く、私が作ったそれを疑う事があっても縋りたい考えを持つ人。



 そう考えてた私の頭を横切った影は、みすぼらしい格好で、肉付きのない子供達の姿だった。


「ーーーーもしかしたら私は割と酷い人種なのかもしれん」


 使えるものはもう何でも使え。

 それがたとえ子供であろうが何だろうが、口止めもできて、そして万が一いなくなっても気づかれない存在。


 そんな彼らを使えばいいと、私の良心は狸寝入りを決め込み、残った理性は非情な選択肢を明るく爽やかに指し示したのである。



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