52 ニコラ・エリボリス



 




「アマドロロ、ウキョウにオオタネニンニン。 見たことあるようなないような、雑草にしか見えん」


 ギザギザの葉を手に取り太陽にかざしてみても特に変化することはなく、いたって普通の雑草にしか私にはみえないこの草。これらはちゃんと薬草図鑑に記されている薬草そのものなのだが、全く知識のない私のような人間からしたら見逃してしまうものなのだろう。


 庭に生えていた長寿草の側に点々と生え始めたその草たちは今後の私の稼ぎにもなる重要なものであり、そして何より私がポーションを作れるかどうかがかかっているものでもある。

 それらを丁寧に根っこから引っこ抜き、ひと束ずつ水の湿らせた麻布で根を包むように巻いていく。

 これで干からびないかは不安だが、何もしないよりもマシだろう。


 ポイポイと束ねた薬草を籠に入れ、依頼主のエリボリスへと持っていく薬草の準備は完了だ。


「レドー、一旦ここに置いとくけど捨てないでねぇ! あと、野菜スープと飲み物の用意頼んだよー」


 大声でレドに言いつければ仕事をしていた手を止めて私に返事を返し、そして私はそれを確認すると布で出来た出入り口から庭を出た。

 するとそこに広がっているのは木でできた床で、ガタゴトと車輪で揺れている。

 そうここは荷馬車の中だ。

 前方にもある布の間から顔を出せばそこにはスヴェンとクヌートの二人がいて、のんびりと談笑している。それに水を差すことはせず、もう一度荷馬車の中に戻ってゴロンと横になり、私は領主の屋敷まで暫しの休息をとることにしたのであった。



 心地よい眠りの中頭を揺すられ目を覚ますと不機嫌そうな顔をしたスヴェンが真っ先に目に入り、ようやく屋敷に到着したのだと察した。まだ眠い目をこすりながら荷馬車を降りるとそこには澄ました顔の領主と、無表情の従者、そして青白い顔で不安そうに表情を歪める亜人達がすでに私達を待ち構えていたのである。


「お久しぶりです領主様」


 領主に一礼し、にこりと笑えば領主もつられたように頬をほころばせ、そして視線を私からスヴェンに移す。スヴェンの手には亜人達分の支払い金が用意されており、従者がそれを受け取って数えいた。


「ーーこちらの不注意もありましたので、一体分の料金はお返しいたします」


 用意した金額は六人分。けれど手に入った亜人は五人。

 私の不手際のせいで一人いなくなってしまったというのに、領主はその分を差し引いてくれるようだ。

 ありがとうござますと深く頭を下げれば、領主は気にするなとでも言うように片手を挙げる。それに対して私はもう一度だけ深く頭を下げたのである。


「ーーじゃあ亜人達はこっちに」


 今回はあまり近づかず、手招きして荷馬車に乗せていき、そしてスヴェンに耳打ちをしたあとに私も続いて荷馬車の中へ。そしてこちらを睨みつける彼に背を向けて、また外へと続く布を潜った。


「パメラ、彼らの案内を!」


 今か今かと待っていたパメラに声をかけ、今度は彼女を荷馬車へ向かわせる。それはもちろん私なんかよりも同類の彼女の方が安心できるであろう心遣いからだ。

 パメラの手にひかれ庭に一番に降り立ったのは鳥の獣人で、その後に続いて虎の親子も驚いた表情でやってくる。

 パクパクと口を開けたり閉めたりする獣人の横にシャンタルを立たせ、レドは私の真横へ。

 そして始まるのは今後の過ごし方についての講演会である。


「やぁ、諸君。 私は君達の飼い主のリズエッタだ。 今後ここで過ごしてもらう君達にはいくつかの決まり事がある。 その一、働かざるもの食うべからず。 その言葉通り働かないものにはご飯はあげません、しっかり働きましょう。 その二、信頼も忠誠も要らないから己のために働け。 私をご主人様だとは思わなくて結構! だがしかし、幸せに生きたきゃそれなりの働きはしましょうね! その三、逃げるな危険! 逃げようとしても逃げられないよ! 逃げても外の世界の方が危険だから即死んだと思ってね、以上です。 今日から三日はお休み期間とするので、その後からきっちり働くように。 困ったことはこの獣人、レドに聞け」


 ドンと胸を張って言い切ればレドは後ろでフンっと鼻を鳴らし、パメラは云々と頷いている。シャンタルはまたもや微妙な表情だが頷き、慰めるかのように獣人の肩を叩いた。


「それとそこのちびっ子達用に食べ物が必要な時もレドに報告するように! レドはそれに応じてお爺ちゃんに伝えて?」


「わかりやした!」


 大きな声ではっきりと話すレドに女の獣人はびくりと肩を揺らしたが、そこはパメラが支え優しく微笑む。すると彼女の方も少しだけ安心したのかホッと息をもらした。


「それじゃあ後は頼んだよ!」


 前回よりもいくらか気持ちは楽で、レドだけじゃなくパメラとシャンタルの二人がいる事にとても安心できる。彼女ら二人が私をどう思っているかは知ったこっちゃないが、やはり預けられる人数が増えれば増えるほど私の精神的負担が減りそうだ。


 事前に用意しておいた籠を手に取り、いつの間にがガタゴトと揺れ始めた荷馬車へ戻る。

 そっと布を手で退けて外を覗けけばこちらを見ていたティモと目が合い、心配そうに声をかけられた。


「平気か?」


 先日の一件があったからか心配してくれたのだろう。


「大丈夫です。 彼らは眠ってますので家に帰るまでよろしくお願いしますね?」


 ティモを含め三人に庭と馬車が繋がっていることは教えてはいない。きっとこの先も余程のことがない限り教えることはないだろう。

 いくら護衛であれ私に危険が及ぶであろう事柄は伏せておかなければ、何処からかそれが漏れてもおかしくはないのだ。彼らを信頼していないわけではないが、身内以外にこの事を話したくはない。


「寝てんなら安心だなぁ」


 目元に皺を浮かべて笑うティモはどんな薬で眠っているのか、または何をしたかなど聞きことはなく、私の言葉にただ頷いた。

 下手に詮索してこないのはとてもありがたいから、今後もこんな関係を続けていければいいと心の底から願った。




 それから領主の屋敷からそれ程遠くない場所に位置した私の家つくと、四人とは暫しの別れだ。

 手に籠を持ち荷馬車から飛び降り、気をつけてと手を振る。それに応えるように四人も手を振り返し、スヴェンに至っては馬鹿なことはするなよと小言まで吐いていった。

 まぁ、スヴェンとは会おうと思えばいつでも会えるのだから、そんな寂しくはないのが心情である。


「さて、気を引き締めてエリボリスさん家へ向かいましょう!」


 ぱしんと頬を叩きつけて向かうの、私の家から目と鼻の先ほどの距離に位置した煉瓦造りのニコラ・エリボリス邸である。

 煙突からもくもくと白い煙が出ているし、在宅だろう。

 インターホンなんて洒落たものは扉になく私は軽く握った拳でトントンと扉を叩き、それからすぐ白髪混じりのおばあさんが顔を出した。


「あら、可愛いお客様だこと!」


「あれ、こちらはニコラ・エリボリスさんのお宅ですか? 男性だと聞いていたのですが」


 聞き間違えかなと首をかしげるとおばあさんはクスリと笑い、そして大きな声で家の中へ向かって誰かを呼んだ。


「あなたー、お客様ですよー!」


「ええぃ、五月蝿い!」


 おばあさんの声とほぼ同時に渋い声が響き、そしておばあさんの後ろから、のそっと一人の男性が顔を出す。

 白髪混じりの髪と髭。丸い眼鏡をかけた背の低めのおじいさん。

 皺々の顔から祖父よりも歳をとっているだろうと推測できる。


「ーー全く五月蝿いったらありゃせん。 なんだ、小娘。何の用だ」


 ぶっきらぼうに話しかけるその人がニコラ・エリボリスだと私は理解し頭を下げ、手に持っていた籠と引っ越し蕎麦ならぬ、引っ越しパウンドケーキを差し出した。


「お隣に引っ越してまいりましたリズエッタと申します。 今後、よろしくお願いします!」


 最初が肝心とにこりと満面の笑みを浮かべてみればおばあさんはまぁ可愛いと私の頭を撫で、ニコラはけっと唾を吐いた。



 これが私と、私の師匠となるニコラ・エリボリスとの最初の出会いであった。




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