51 アヒージョ


 

 


 小鍋にオリーブオイル、ニンニク、鷹の爪を入れて火にかけ、オリーブオイルがグツグツとしてきたところで殻と背わたを抜いた海老とキノコを投入。あとは海老がクルンと丸まったら塩とハーブを振りかけてアヒージョの完成である。

 その他に作ったのは白身魚を乾燥バジルとパセリ、塩胡椒で焼いた香草焼きと、イカ(らしき物)と海産物とトマトを使ったスープにあさり(の様な貝)を使ったボンゴレ風パスタだ。

 アヒージョに合わせて焼き色のついたパンも用意してあるが、問題なくすべて食されるだろう。

 いつも以上に時間はかかってしまったが、なかなか良い出来ではないか自分で自分を褒めてやりたいくらいだ。


 ルンルンと庭にあるキッチンで作業をして入れば、その料理の香りに釣られて三人の亜人達がぴょこんと現れスンスンと鼻を鳴らす。

 一緒に食べるかと問いかければレドは嬉しそうに尻尾を振り、ウキウキと料理をテーブルに運び始めた。


「…………お嬢、そちらの人間はいったいなんですか?」


 怪訝そうに眉をひそめて声をあげたのはパメラだ。

 ギロリと光る視線をたどっていくとその先にいたのはスヴェンであり、そっちもそっちでパメラとシャンタルの二人を睨みつけている。

 そう言えばスヴェンに会うのは久しぶりかと思い出すも、わざわざ丁寧に説明するのは面倒だなと私は仕事仲間だと当たり障りの無い返答を返した。しかしそれの答えに納得のいかない二人はなかなか席に着こうとせず、柱の外から此方を睨みつけるだけ。

 どうしたものかと悩む私を裏腹に、レドが放った一言で状況は解決したのである。


「食わないのか? こねぇなら全部食っちまうぞ」


「たっ食べるに決まってるだろう!」


「私だって! 早くご飯にしましょう」


 全く現金な奴らである。

 いまだスヴェンと彼女らは睨み合ってはいるがやはり背に腹は変えられず、香ばしくかおる料理の前には跪くしかないようだ。


「それじゃあ、いただきます」


 両手を合わせて合掌。

 そして始まるのは食べ物の取り合いだ。

 私はみんなより食べる量は少なくて済むが、亜人である三人の食べる量は多いし、スヴェンはこれでもかと腹が膨れるほど食い漁る。祖父専用に確保しておいた小皿もあるが、それすら食い尽くしそうな勢いだ。


 焼いたパンにアヒージョをのせてパクリと齧り付けばパンはパリっと音を立て、ニンニクの香りと海老のプリプリの食感に舌鼓をうつ。パンに乗せる食材が違うだけでこんなにも違うものかと云々と一人で頷き、海産物のある生活の素晴らしらを感じた。

 黙々と食べ進めていると三人に伝えなきゃならない事があったのだと不意に思い出し、私はスプーンを置いて三人に声をかけた。


「そいえば、今度ここに五人の亜人を連れてくるから。 一人は鳥っぽくてソコソコの怪我人。 他は虎のような四人の家族で、内二人はまだ子供。多分両親は怯えてると思うから気に掛けてあげて」


「ーー怯えてる?」


「まぁアレだ、私は人間で彼らは亜人。 起こり得る事が起こってしまったのだよ。 シャンタルとパメラからすれば更に私を嫌いになるかもしれないことだけど、私だって生きる為だもの。 でも怯えばっかりじゃ仕事にならないからフォローよろしく!」


 軽く笑いながらそう伝えるとパメラは頷き、シャンタルに至っては険しい顔をしている。どちらかというとシャンタルの方が私に対しての敵意はいまだにあるだろうし、致し方がない事なのかもしれない。


 それでもそこで止まるわけにはいかないのだ。

 いっぱい働いてもらわなければ買い取った意味などない。


 残念なことに私は善人ではないのだ。それゆえ働かないもの達がいたら容赦無く罰を与えるつもりでもいる。

 まぁ、その罰はご飯抜きとかいたって軽いものにする予定ではいるが、こんな美味しそうな匂いが香るなかの飯抜きは鞭打ちよりも辛い事なのではないのだろうか。


「私としてはビクビク過ごされるよりも生き生きとしててほしい。 見ててわたしが病むなんて嫌だし。 だから三人でここの暮らしは仕事さえしてれば楽だよーって教えてあげてね?」


 一人一人の顔を見てお願いをすればレドは大きく頷き、それに続いてパメラをコクリと首を縦に振る。シャンタルだけは唇を尖らせ不満そうな顔をしていたが、パメラがご飯、おやつ、寝る場所と呟くと渋々頷いた。

 まだ納得しきっていないようだが、月日を重ねていけば今まで生きていた状況よりも随分マシなところで生きていると感じてくれるだろう。そうすればもう少し私もやり易くなる。


「ーーーーとりあえず面倒事は嫌いだから楽に生きよう」


 何かに怯えるのも、怯えられるのも面倒くさい。

 お金を貯めて美味しいもの食べて、あまり苦労しないで生きて生きたい。


「……結局お前の行き着く先はそこかよ!」


「いやぁねぇ、スヴェンさん。私に他になにを求めろっていうの? 夢、希望共々楽に幸せに生きたい私に?」


「何かこう、やりたい事とかリズはまだ若いんだから萎れた事ばっか言うなっての」


「やりたい事ねぇーーあ!」


 何かあったかな。

 と考えてみればそい言えば一つだけ、やってみたいことがあったのだ。

 それは新居を決めた私には相応しいやりたい事。あの家ならばできる事。


「ポーションを作りたいと思います!」


 薬草の種類はすでに調べられる本がある。

 貴重なものもそうでない物も手に入れられる庭がある。

 あとはそれを配合する知識だけが足りていない。

 けれどもそれはニコラ・エリボリスという薬師の出現が約束されれば、彼が私には教えてくれればどうにでもなるだろう。

 簡単には教えられないと言われたら長寿草で釣ればいい話だ。きっと、多分問題ない。


「ポーション作りって憧れだよねぇ、うん」


「お前はそれに近しいもの作ってんじゃねぇかよ、既に」


「それはそれ、これはこれだよ!」


 綺麗に小瓶に入ったポーション。

 腰のホルダーにつけて模擬冒険者ごっこ。

 じつに面白そうだ。

 まあ、実際に戦うつもりなんてないけれど。


「それに庭産のポーションの効果が如何なものか、知りたいしね」


 普通のジャーキーやドライフルーツで神の加護付きと呼ばれものができるのならば、それに特化したポーションならば死人すら生き返るのではないかとさえ考えてしまう。



 しかしまぁ、私の考えとは裏腹に、現実はいつも虚しい結末を引き起こすものなのだ。


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