50 ギルド
ハウシュタットの冒険者ギルドは思いの外大きかった。
やはりエスターやヒエムス、グルムンドより大きな都市故にそれ相当の冒険者達が集まってくるのだろう。
当たり前と言えば当たり前なのだろうが、此処、冒険者ギルド内に用意された酒場ではまだ朝だというのに酒を飲むやつらも居る。商業ギルドとは違い受付は女性で、初めてギルドへ訪れるもの達への考慮がうかがえた。
それは私のようなギルド登録者が初めて接するギルド職員が筋肉ムキムキのおっさんを目の前にしたら、場違いだと思い込んで登録を躊躇ってしまうのを防ぐためでもあるのだろう。
冒険者ギルド職員の女性なら、商業ギルドの人間よりは暴動にも慣れて居るだろうし、女性でも任せられる仕事なのかもしれない。むしろ綺麗な、スレンダーな女性が受付をしていた方がむさ苦しくもなく、初めての訪れる私のような小娘にも良い印象が与えられる。
「本日はどのようご用事で?」
「ギルドに入りたくてきました。 よろしくお願いします」
艶やかな髪を後ろで一つでまとめた美人さんにタグを渡し、私はスヴェンの隣で大人しく待つ。
何故今日もスヴェンが一緒に居るのかと言われれば、もう私の保護者代わりで、他者に馬鹿にされないための盾の役割を担ってもらっているとだけ言っておこう。
前回の商業ギルドに続き、働い事もない小娘だと馬鹿にされるのは嫌なのだ。
「出身は……エスターですね。 特に問題ありません。 ビギナーランクからの登録で、登録料は三十ダイムかかりますが、お支払いはいつになりますか?」
「手持ちがありますので今払います」
肩がけからお財布を取り出し、銅貨三枚を支払いタグにランクを刻んでもらう。
どうぞと返されたタグをよく見ると出身地と名前、そして新しくハウシュタットと地名と星が一つ刻まれていた。
「ランクが上がればタグに星が増えていきます。 また他の地域のギルドでもランクが上がりますが、その時はそちらのギルドでも刻んでもらっても結構です。 次にこちらの冊子に名前と出身地をお書き頂ければ登録は完了となります」
案外登録は簡単なんだと思いながら冊子を広げ名前等を書いていく。その冊子は芳名帳のようになっていて月ごとに何人登録したを把握し、これをギルドに保管することで何処で誰が登録したかが分かる仕組みのようだ。
ペラペラと冊子をめくってみると月に数人ずつは新たに登録している人達はいて、冒険者は増える事があっても減ることはそうそうなさそうに思える。
私はパタンと見終えた冊子を受付の女性に返しながらそういえばと話しかけた。
「今度からニコラ・エリボリスさんの所に薬草を届ける事になったのですが、どんな薬草を所望なのかわかりますか? 一応こちらにも依頼がきてるはずだとウーゴさんから聞いていて、教えていただきたいのですが……」
「あら! 貴女があの依頼を受けてくれるの? 助かるわ!」
一瞬だけキョトンとした顔を見せた彼女は私の言葉の意味を察すると花が咲いた様に笑い、そして近場にあった図鑑を私は手渡す。
頑張ってねと言う彼女にどう言う意味ですかとすかさず問えば、あまり聞きたくなかった言葉が返って来たのであった。
「ニコラさんは優秀な薬師なんだけど口煩くてね、いっつも採ってきてもらった薬草に文句ばかり言うのよ。 だから最近は本当に仕事が出来ない子に任せるか、あの家を買った人に任せる事にしてるの。 でもやっぱりあの家を買う条件に薬草採取なんてあったらそこそこ優秀な人は買わないのよ、面倒だもの」
「あ、そうなんですか。 へー」
聞かなきゃ良かったなんて後悔は後の祭りだ。
家とついでについてきた依頼なんて楽勝だと思っていたが、そう簡単では無いらしい。
確かに有能な騎士や冒険者があの家を買ったとして、一々その依頼をこなすのはとても面倒だろう。しかも状態な悪かったり数が少なかったりと様々な理由で文句をつけられたらたまったもんじゃない。
顔を歪めて考えを込み始めた私に彼女は焦った様に両手を振り、多分大丈夫よと意味のないフォローを入れる。その言葉に引きつった笑みを浮かべて頷くと、空気の様に存在の薄かったスヴェンが私の方を叩き、当たり前のような顔で、当たり前の事を教えてくれた。
「お前には”庭”があるから大丈夫だろ?」
「ーーあっ! 確かに!」
確かに私には”庭”がある。
受付の彼女が庭で薬草を育てるのはそれはそれで難しいですよと苦笑いを浮かべているが、そう言う問題ではない。
私の庭は、私の思うがままに植物を採取できる庭だ。
以前ほんの少しポーション作りたいなと思っただだけで長寿草が生えてしまう庭なのだ、何の問題もないではないか。
先ほどまでの引きつった笑みを満面の笑みに変え、彼女に渡された図鑑の料金をほくほくと支払った。
図鑑があればどんなものでも採取可能で、依頼をこなしていくのも簡単だろう。それに私の庭産の薬草に不備などあり得ない!
「ーーもしニコラさんの依頼の他にも薬草が取れたらこちらにも持ってくれば買い取ってくれますか?」
「ええ、勿論よ。 そうね、その時は彼方の扉から来た方が早く買取が出来るから、そこの受付に行ってもらえるかしら?」
彼方と指さされた方をみると、そこにはもう一つの扉と受付がある。
そこにはあまり人はいない様で、受付にも誰も並んでいない。
「彼処は薬草専門。 駆け出しの子達やお小遣い稼ぎの子供たち様に作った受付なのよ。 何せギルドには大男が多いから、ぶつかっただけで怪我する子もいるのよ」
「そうなんですね、わかりました」
ため息をついて酒場を確認する彼女の心情を察するに、ガサツな人間が多いということなのだろう。確かに私もそこらにいる冒険者にぶつかっただけで転ぶ自信もあるし、その手の考慮は正直有り難い。
「じゃあ次からは彼方を使わせてもらいますね。 ではまた、後で」
一度頭を下げればまたのお越しをと言う代わり映えのない言葉をもらい、私とスヴェンはギルドを出て買い物へ向かう。それは勿論今日の夕ご飯の買い出しだ。
ギルドの大きな扉は大通りに面していて、買い出しをするには最高の立地条件だといえよう。
ハウシュタットに来たからには海産物が食べたいと意気込み、私はスヴェンを引き連れで魚や貝を中心に買っていく。
「今日のご飯はアヒージョかなぁ」
「アヒージョって何だ」
「海老とか貝、キノコをニンニクをたっぷり入れたオイルで煮る料理だよ! お酒のつまみにもなるよー」
だから買った物を持ってと渡せばスヴェンは瞳を光らせて喜んで荷物を持ってくれる。全く現金な奴だ。
その他にも庭で干物にできそうな魚と、以前と同じ様にごみ扱いされていた蛸とイカを入手し、もう一度ギルドのある方へ足を進める。
当たり前だが買った魚はみな生物で、ゆっくり買ったばかりの家に徒歩で帰ろうものなら傷んでしまうだろうし、なんせまだ家には調理器具など無いに等しいのだ。
ならばどうすかるか。
その答えは単純明快。
「ーーおい、リズエッタ。 お前何処に向かう気だ」
「え? お家だけど?」
そう言って手を伸ばすのは先ほどギルドの扉である。けれどその扉は大通りに面している方ではなく、受付嬢に言われたちいさな扉の方だ。こちらは裏路地に面しているので人の目を気にすることもなければ、うっかり誰からを連れていく心配などない大変都合の良い場所でもあったのだ。
「さっ、かえるよー!」
そう言って扉を開けれはそこに広がるのはギルドの酒場ではなく、私見知った庭。
そう私は、ハウシュタットのギルドの扉でさえ庭に繋げる横着者なのだ。
「ーーお前には常識もクソもないんだな」
「……そんなもん、とうの昔に捨て去ったわ」
にししと笑えばもうどうにでもしろとスヴェンは諦めた様にため息をこぼし、そして私は美味しいご飯を作る為に可愛いレドに会う為に、そしてちょっとした報告をする為に、庭の奥へと足を進めたのだ。
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