49 家探し


 



 くよくよしても仕方がない。

 故に私がすべき行動はただ一つ、住処探し出しだ!

 なるべくなら一軒家で庭付きが好ましい。

 部屋数もそこそこあればアルノーやスヴェン、護衛の三人も泊める事も可能であり宿を探す事もなくなればそれに使う金も浮く。尚且つ普通に庭があれば私の知らない食べ物の栽培もできるだろう。

 洗濯物を干したり干物を作ったりするのも庭があったほうが便利だし、近い将来、”私の庭”ではない庭で栽培した食べ物でも神の加護というものが付くのか試してみたい。


 宿屋の一室でスヴェンにどんな家に住みたいか、いくらまでなら金を一括で支払えるかを伝え、紙にまとめてから向かったのは商業ギルドだ。

 エスターよりも大きな建物であるそこには私達の他にも商人や依頼主が四、五人おり、カウンターで対応しているのは厳ついスキンヘッドのおっさん一人。

 私とスヴェンは大人しく列に加わり、順番が来るまで談笑して待つことにした。

 受付ならば女性がいた方が華があるのではないのかと思ったのだがどうやらそれは間違いで、中には女だと見くびって値段をチョロまかす商人もいるらしい。その為、大きな都市では少々手練れた男の職員を受付に置くのが推奨されているようだ。


「次、あんたらは何のようだ?」


 キリッと鋭い瞳がこちらに向き、上から下まで観察するように私達を眺める。

 その視線が嫌になるが人を見極めるのも受付の仕事だと割り切り、私はニッコリと笑って口を開いた。


「家が欲しいのですが、どんなものがありますか?」


「ーーお嬢ちゃん、認識票はあるかい? あるならそれを見せてもらおうか」


 話はそれからだと言わんばかりにおっさんは私の認識票を求め、私はそれに従い首にかけてあるそれを手渡した。

 おっさんはそのタグを確認すると顔をしかめ、お嬢ちゃんには何も売れないとそう言ったのである。

 もちろん私はそれに対して何も売れないとはどういう事だと反論した。けれどもおっさんは溜息をつきながら、無理なものは無理だと深く息を吐くばかり。一難去ってまた一難とはよく言ったものだが、今のタイミングは全くもってよろしくはない。


「お嬢ちゃんには悪いが、働いたことのねぇ、成人したばっかのやつに売れる家はねぇよ。 一括で支払えるならまだしも、お前さんは金を借りなきゃ買えねぇだろう? だがお前さんみたいなお子様に金を貸してくれる奴なんてそうそういねぇ、諦めてその日暮らしで満足しときな」


 ほらよと返されたタグを受け取りながらスヴェンを見ると云々と頷き、そして今度はスヴェンのタグを渡して俺ならば買えるかとおっさんに尋ねた。

 するとそれを見たおっさんは眼をギョッと見開き、スヴェンとタグを何度も何度も交互に見やる。

 その滑稽な仕草に口角が緩みそうになるのをぐっと堪え、無理かと再度問うスヴェンの隣でおっさんの言葉を待った。


「ーーあんたがスヴェンか、思ってたより若いな。 領主から話を聞いているぜ」


 気だるそうに曲がっていた背筋をピンと伸ばしおっさんはスヴェンに握手を求めた。

 おっさんはウーゴと名乗り、そこでようやく対等な立場になったといえる。


「家が欲しいって事は此処に住むつもりだよな? ならうちにも商品を卸してくれるのか?」


「いや、住むのはこいつだ。 だからなるべくなら治安のいい場所がいいんだが……」


 条件を書きまとめていた紙をウーゴに渡すとスヴェンの答えに肩を落とし、その紙の内容を確認しながらブツブツと独り言を垂れた。それでも条件に見合った物件を探し出してくれてるようで、今や、スヴェンの名を使えば何でも出来るのではと思ってしまったほどだ。


 それから二、三分も経たぬうちにウーゴは一枚の紙を私たちに手渡した。

 そこは領主の屋敷からそう遠くもなく、少し街中から外れるが庭もある一軒家。元は売りに出していた持ち主の息子夫婦が住んでいた家で、売主も近くに住んでいる。


「女一人で住むにしては少々大きな家だが、庭もあるし何より治安がいい。 さすがに領主の懐で悪さする奴はいねぇのさ。 どうだい、見に行ってみるか?」


「嗚呼、頼む」


 スヴェンがそう答えるやいなやウーゴは奥の扉の中にいた職員に声をかけ受付を交代し、すぐさま下見に行く準備に取り掛かる。

 それから数分もしないうちにギルドを出て向かうこと徒歩三十分。

 街中よりも自然溢れる場所にその家はあった。

 煉瓦造りの壁と屋根。丸みを帯びた形をしたその家はとても可愛らしく見え、色合いは茶色と赤など地味目だが草木の緑とよく映えている。

 ぐるりと家を一周走って見ると何かを栽培していただろう畑や花壇を見つけることが出来た。


「家の中が見たい! 見てもいいですか?」


 髪を振り乱しながらウーゴに許可をとり中へ入ると、備え付けの家具や暖炉、嬉しいことにオーブンなどがあり私好みの良いお家。階段を上がって二階には部屋が三室あり、何処も綺麗に保たれている。一室を私の自室として使用しても二部屋は余るし、願った通りの家だ。


 その他にも何かあるのでは少し期待をしても家中を探し回れば、思った通りに地下室を発見することが出来た。

 そこは少し薄暗く薬草の匂いが立ち込めている。どうやら前の住人は薬師かそれに近い仕事をしていたのだろう。


「スヴェンスヴェンスヴェーン! 私此処がいい! だって地下室だよ、庭あるよ、オーブンあるよ! 此処を逃しちゃ次はない!」


 リビングでウーゴと話していたスヴェンをポカポカと叩き、此処がいいと連呼する。

 かなりの好物件のため支払う金額は高額だと予想されるがそんな事気にしない。

 元を正せば私の庭で作ったものを販売した金だ。たとえスヴェンの支払いだとしても、その分を後でスヴェンに支払えば何の問題もなく私の家となるはずなのだ。


「あー、ちなみにこの家の値段は金貨十枚だが、どうする?」


「金貨十枚? 結構安めだな。 何か不備な点でも?」


 金貨十枚が安いと軽々しくスヴェンは言っているが、平均的な労働者の月収は金貨一枚に届かない程度。平均的な、であって貧困層や普通に商売している人間はもう少し低いのが現実だ。

 それなのにスヴェンが金貨十枚か安いと言えるのは庭のお陰で稼いでいるからなのだ。


「家に関しては問題ない。 問題は家主でな、少々気難しくてなかなか買い手がつかなかったんだ。 だから此処まで下がってる」


「なら俺が買っても問題があるんじゃあーー」


「普通ならそう考えるがあんたらなら平気だろ。 それに住むのはその子なんだろ? ついでに爺さんのお願いでも聞いてやりゃ問題ない。 なんせ此処に住むと爺さんの依頼が強制的についてくる」


「ちなみにその依頼って何ですか? 私にもできる事なんですよね?」


「勿論だ、依頼内容は簡単きわまりない。 薬草集めだよ」


「なんと!」


 実に素晴らしい。

 私がのんびり暮らして行くのに丁度いい依頼だ。

 もし害獣の駆除なんて言われたら諦めるしかなかったが、それなら問題はないだろう。


「兄ちゃんが買うって言っても住むのは嬢ちゃんだろ? ならギルドにでも入って生活費を稼ぐが、何処かに雇われなきゃなんねぇ。 此処なら薬草集めりゃいい小遣い稼ぎにもなるだろうよ。 で、どうだい? 買うか?」


「スヴェンさん、スヴェンさん。 私頑張るよ! だから買ってよ!」


 スヴェンとは街に出たら怪しまれない程度に働きに出ないといけないと話し合ったこともあった。ならば此処以上にいい場所はないだろう。

 それに薬草だって願えば無条件で私の庭で採取可能だ。働くと言っても殆どいつも通りの生活でなんとかなるだろう。

 嫌なことが続いた後だ、たまには良い事が起こっても悪くない。


「ーーーーまぁ、リズエッタがそれでいいなら、いいか」


 こうして簡単に単純に、私の新しい住処は決まったのである。

 やはり幸せに暮らすにはある程度の財力と職は必要らしい。

 最初に私が家を買うことを拒否られたように、このままのうのうと暮らしてくのは難しいのだろう。


 家は買った。


 ならは次にすることは職探しだ。



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