閑話04 カール
「久しいな、カール。 ちょっと話でも聞かせてくれよ」
エスターにある一軒の酒場でカールは顔見知りの冒険者に絡まれた。
筋骨隆々で顔には古傷と無精髭。
ニヤリと笑うその姿はあまり尊敬できる姿ではなかったが、カールにとっては古くから知っている知人であり、情報を交換できる人間でもあった。
エールを、と亭主に伝えその男、マルクの隣の席に腰を落とせば、マルクはその汚れた身体を寄せてどうだった?と意味ありげに問いかけてくる。
カールがどうとは?と聞き返すと、商人との旅は快適だったのかと言葉を続けた。
「ちぃと見ねぇうちにやたら身体つきが変わったじゃねぇか、何か特別なことでもあったんだろ? 黙ってねぇで教えろよ」
確かにそう言われてみればと、カールは己の身体に視線を落とすと以前よりも筋肉が付いているように思え、尚且つ体調もすこぶる良く感じた。
護衛中は気に留めはしなかったが、雑魚の魔獣は一撃で仕留め自分の身体には擦り傷一つつくことはなく、そして何より食料となる獣を狩り捌く際にも怪我などはしない。
シルバーランクのカールからすればそれは当たり前だったが、そろそろ歳だ。少しばかり疲れが溜まっていてもおかしくはなかった。
それなのにエスターを出る前よりも幾分か体が軽くなった気さえしている。
その原因は何かと記憶を掘り起こしてみれば、辿り着いたのはたった一つの、旅の途中楽しみにしていた物事に行き当たったのである。
ある一種の喜びを含んだ笑みを無意識に作ると、マルクは不審がるように眉をひそめ、気持ち悪い顔をするなとカールをど突いた。
「いやなに、思い出し笑いだ。 嬢ちゃん、ヨハネスの孫の作る料理がこれがまた美味くてなぁ」
思い出しただけでジワリと涎が溢れてくるほど、その料理は美味かったのだ。
エスターを立ってすぐ、カールを驚かしたのは麻袋から出てきた蜂蜜色の髪をした少女、リズエッタ。その弟であるアルノーとは顔つきはよく似ており、髪の長さと身体つきだけが違う正真正銘の双子の片割れだ。
綺麗な言葉遣いで護衛の三人に挨拶をするところだけを見れば、貴族や大商人、聖職者の娘と言われても分からないほどしっかりした子だとカールは思ったのである。
リズエッタは食事付きの護衛に関してスヴェンに聞いていなかったようだが、自分の食い扶持を負担さえしてくれれば毎日のように腕を振るい、それを当たり前のように彼等に振る舞った。
初めてその食事を口にした時、気を使って高い食べ物を提供してくれてるのではと疑ったものだが、その考えはスヴェンの言葉によって全てを納得さぜるを得なかった。
『こいつらにとってはこれが普通』
一つも表情を変えることはなく言い放ち、そしてその言葉に双子も同意した。
むしろ普段食べているものの方がもっと美味いとまで言って。
その言葉に普段はどんな料理を食べているのかと考えたカールだがそこは触れず、日々用意される食事に舌鼓を打ったのである。
「そんないいものばかり食ったのか? じゃあその護衛の仕事、次はオレに譲れ」
美味かったと料理の数々を思い出しては頷いてるとマルクは不機嫌そうにチッと舌を鳴らし、その姿にから笑いを浮かべてそれは出来ない約束だとカールは断りを入れる。
「実はもう、スヴェンの奴に定期的に護衛してくれって依頼されてな。 俺らももう歳だからそれの依頼に乗っかって、エスターに住むつもりでいる。 悪いが譲れねぇよ」
そう答えるとマルクだけではなく周りのテーブルからも舌を打つ音が聞こえギョッとするも、これはだけは譲れないと小さく言葉を漏らした。
そんなカールの様子を見ていたマルクはため息をつきながら首を振り、諦めたように一気にエールを飲み干し、木と木がぶつかる鈍い音を立てながらテーブルにジョッキを置いた。
「……此処にいる殆どのやつは次の依頼こそはと張り切ってたんだぜ、そりゃねぇよ」
「そんなに狼狽えるなよ。 それに次以降の飯は保存食中心になるみてぇだし、今回みたいな飯は食えねぇって」
「でもよぉ、それでもあの”スヴェン”のだろ? それだけで羨ましいーー」
スヴェンがダンジョンで売り捌く干し肉やジャム、ドライフルーツは今じゃ冒険者のお墨付きだ。美味い事はもちろん、ポーションに近い作用を持つそれらを手にしたのならば怖いものはないと噂は盛られ、態々隣国からくる冒険者も増えたと話に聞く。
そんな商人であるスヴェンの護衛となれば、お零れぐらいは貰えるだろうと考えた者は少なくはない。
実際この酒場にいる若い冒険者の殆どは護衛の依頼云々よりもそちらが目当てだと言ってもいいだろう。スヴェンとさえ仲良くなればわざわざダンジョンに赴かなくても手に入る、と軽い考えでいるのだ。
悪いなと再度気持ちのこもっていない謝罪をしカールは酒を飲み干した。
目に見えて落ち込むマルクに呆れながらも何か変わった事がなかったかと話題を振れば、むくれながらもそういえばと口を開く。
その内容はとても驚くべき事で、俺は、俺たちはついていたと、カールは神に感謝を述べたのである。
「お前達がエスターを出てすぐ、ダンジョン付近で賊が出た。 でも面白い事にそいつら全員死んでたらしいぜ」
「ーー誰かとかち合った、とかではなく?」
「争った形跡も全くなくてな、みんな泡を吹いて死んでたみたいだ。 まぁ、身体は獣に食われて見れたもんじゃなかったらしいがな」
十数人もいた賊が、原因不明に死んでいた。
それだけ聞くと毒を盛られた可能性も捨てきれないが、盗賊に気づかれる事なく、それも全員に毒を盛るなんて早々できた話ではない。
ならばどのようにして盗賊が死んでいったのかは知る由はない。
「ーーもしかしたらとお前らを心配してた奴等もいたが、その顔をみるかぎり出くわさなかったらしいな。 人数も人数だ、出会っちまってたら無事では済まなかっただろうよ」
「…………そうだな、運が良かった」
もしも十数人もの盗賊に出会ってしまっていたのならば流石にカール達では手に負えず、荷物は奪われ殺されていたかもしれない。もしくはスヴェンだけ生かされ、唯一の女であったリズエッタと魔法の使えるアルノーは売りに出されていたかもしれない。
どちらにせよ、護衛であったカール達三人の死は確定されていたといっても間違いではないだろう。
そう考えれば考えるほど、自分達は運が良かったとしかとか思えなかった。
カールは右手に持ったジョッキを傾けて飲み干し、代金以上の金を店主に渡してマルクの肩を叩く。
「今日は俺の奢りだ」
「ーーありがとよ」
店を出て空を見上げれば星々は煌めき、青黒い空でも三日月が輝いていて、その掴めそうのない星に祈るかのように神よ、とカールは祈りを捧げた。
”この先もお護りください”
賑やかなわらい声を背中で聴きながら目を閉じ、その後の安息をカールは祈る。
この祈りを見ていたのは、感じていたのは誰でもない神のみなのだが、それをカールが生涯知ることは無いだろう。
そして何より神が護ったのは、守るのはカールではなかったのだから。
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