35 笑え


 




 貴族のお屋敷かと思えるくらい大きな学舎のそばに荷馬車を止め、荷物を次々と降ろしていく。

 その大きさと造りの綺麗さに唖然とする私達を遠目で蔑み笑ってる者もいたが、そんな事を気にすることはなく室内へと進みアルノーを抱き締め、別れの挨拶をした。


「当分会えなくなるけど、頑張るんだよ。 どうしても辛かったら帰ってきてもいいんだからね」


「帰らないよ、騎士になるために精一杯頑張るよ」



 立派になったものだと感じたが、この世界では十二で成人とされる。故に早熟しててもおかしくないのだろう。

 不安な表情を隠し笑うアルノーに私も笑顔を返し、学舎を後にした。


 そこから十数分荷馬車を走らせ向かうのは領主の屋敷だ。

 普通ならば私達のような平民が易々と招かれる場所ではないが、今回は取り引き相手として堂々と招待されている。

 学舎程の巨大な敷地、整備された庭園にこれまた立派な門。その前に立つ二人組に正式な招待状をスヴェンは差し出しそして許可をもらい、目の前にそびえ立つお屋敷へと向かった。


 荷馬車を正面の扉につけるときちんとした服装をした従者が現れ私達に一礼し荷台の中身を屋敷の奥へと運び始め、そのうちの一人の案内で私とスヴェンは続いて屋敷の中へ入る。屋敷に入ってすぐのところに領主であるガリレオ・バーベイル伯爵はそこに立っており、私達は深く頭を下げた。


「お久しぶりです、領主様」


「ーー貴公等を待っておったよ」


 領主のその言葉にもう一度深く頭を下げ、付いてきなさいという声に続いて歩く。

 今更だが私はマナーもクソもないくらいここの常識には疎い。本来ならばきちんと礼儀作法を学んできた方が良かったのかもしれないか、今更どうにかできる問題ではないのだろう。

 ちらりとスヴェンを見れば背中をピンと伸ばし、何時も以上にキビキビと歩いている。私はその姿を真似し、二人について行った。



 案内された部屋は私の家より遥かに大きく、テーブルもソファーも、用意されたティーセットも綺麗で高級感の溢れるものであった。座りなさいという声に従いソファーに腰を降ろせばフワフワの感触にお尻が包まれ、思わず口から歓喜が漏れる。


「ふぁぁぁぁぁあ!」


 ピョンピョン飛び跳ねたい。頭からダイブしたい。


 そんな考えが脳内をよぎるが、この場でそれをしたら勿論失礼にあたり今後の関係が歪になる可能性は大だ。

 好奇心をぐっと堪え出来るだけ上品にソファーに腰をかけ目の前の領主ににっこりと微笑むと、安堵するかのようなため息が隣から聞こえてきた。


「ーー長旅、ご苦労だった。 して、今回のアレは一体どういう事なのだろうか?」


 アレ、というのは私達が持参したものを言っているのだろう。

 奴隷をくれなきゃ保存食品用意できないよと言っておきながら、長寿草以外のものもソコソコの量を持って来たつもりではいる。まあ、少しは増えた人数分で減ったものはあるが、たいした問題ではない。

 スヴェンが答えるよりも早く私は口を開こうとするが睨まれ口を閉じ、代わりにスヴェンが今回の納品分は亜人の料金とさせて頂きますと伝えた。


「ヨハネスと話し合い、亜人は買取とさせて頂きたいのです。 領主様から無償で頂いたと他の方々から言われてしまえば肩身が狭くなりますし、どうしても亜人の管理にも金がかかってしまいます。なので商品と別々に取引して頂きたいと考えております」


「……成る程、それもそうかもしれぬ。 中には亜人のメスが好きな物好きもおるのも事実だ。 ならばそちらの商品も正式な取引とさせて頂こう」


「ーーご理解、ありがとうございます」


 本当は亜人と保存食の交換という事になっていたが、それだと今後もこちらの方が負担分が大きくなるとスヴェンに教わった。人数が増えれば増える分取引できる物は増えるが、同時に彼等にかかる生活費も多くなる。

 衣類や食品、その他生活用品。

 それ等の負担を減らすには当初の約束を覆し亜人の売買と、保存食の取引は別物とする事が最善策らしい。

 もしこれの案を却下されたらどうしようかと思っていたが、流石は領主、その意図も汲んでくれたようだ。


 ふぅとため息をつくとギロリとスヴェンに睨まれ、余計な口は出すなと責められている気もする。私が下手に口を出していい取引ではないのは分かってはいるが、当事者として除けものにされるのはいかせん気に食わないものだ。


「ーーでは此方も用意したものをお見せしよう」


 領主は控えていた従者に視線を送り、その人は一礼をした後に部屋を出て行く。数分もしないうちに彼は戻ってくるがその後ろには私の見たことのない、そして私の求めていた亜人達が現れた。


 一人は蜘蛛ような六本の足を下半身にもつ亜人。

 もう一人は蛇のような半身をもつ亜人。

 どちらも骨が浮き上がるほどやつれてはいるが女の身体つきをしているのが見てわかる。

 蜘蛛っ子の片腕がないが、多分庭に連れて行けば復元するはずだ。


「最初からオスを連れてくるのはどうかと思ってな、メスを選んでおいた。 今後必要になるならオスも用意しよう」


 どうだ、と笑いかける領主に首が取れるのではないかと思うほど私は頷き、そしてスヴェンに向かって席を立っていいかと許可を取る。渋々頷くスヴェンを確認し領主にお礼を述べ、私は彼女達のそばへ向かった。


 近づいてみるとどうやらその首に赤い魔石を用いた首輪が着けられているのが確認できる。要は逆らえば爆発させることが出来る仕組みなのだろう。

 亜人がどんな魔力を持っているかは分からないが、あれだけ弱っていれば簡単に外すことは出来ない。


 アレは、亜人を従える為の首輪だ。

 私たち人間に考慮された首輪だ。


 レドを買った時はあんな首輪をつけた奴隷はいなかったし、レド自体もあの様なものはつけてなかった。

 そこから考え出すに貴族が亜人を従える時に使う物をつけて私に差し出したという事だろう。


「ーー全くもって、笑えない」


 亜人がオスメスで区別されている事も、簡単に殺せる首輪をつけられている事も。断切されている腕は膿み蟲が這っている事も体の至る所に切り傷がある事も。主人の意思が生死を分ける事も。

 静かに怒り恨み嫉み、私を睨みつける彼女達にも、全く笑えない。


 奴隷がどんな扱いを受けていたかは少なからず知っていたつもりではいたが、所詮”つもり”でしかなかったようだ。

 姿が似通ってるいたとしても同じ種族ではない亜人は動物扱いに等しく、怪我の治療すらまともに受けることすらないのだろう。


 言葉は不要と舌を抜かれても問題すらなく、むしろ詠唱を唱えさせない為にも必要な行為としかされないのかもしれない。



 嗚呼、胸糞悪い。


 単純簡明率直無欠に胸糞悪い。


 平和な世界に生きクソみたいな理由で死んだ私からしてみたら、当たり前の世界の行為は当たり前ではなく残酷そのもの。

 だからと言って間違っていると言うつもりはないし、間違いだとは思っていない。

 けれどもやはり、そんな瞳で見られてしまうと考えは揺らいでしまうものなのだ。


 私の幸せを私が願って何が悪い。

 私が奴隷を買って何が悪い。

 ”みんなで”幸せになる為に奴隷を、亜人を買うんだ。

 だからと彼女達を買った、ただ、それだけだ。


「ーー間違ってなんか、いない」



 だから、私のものをどう扱おうと他者が口出しをすることなんて無い。

 口出しなんてさせやしない。


 たとえ他の人間と違う扱いをしてても、”私のもの”なのだから。



 パンと音を立てて頬を叩けば領主とスヴェンはこちらに視線を向け、私はにっこりといつも通りに笑って視線を交えた。


「今後とも、奴隷集めよろしくお願いしますね!」


 いっぱい買って、いっぱい集めて。

 亜人の楽園を作ったって、間違いとは言わせない。





 レドの幸せだって、私の幸せの一部なのだから。











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