第三楽章(19)
「おや、これは?」
その日、山下隆一はマンションから引き上げた望の荷物を整理していた。一年以上そのままだったが、ようやく手をつける気になった。本を詰め込んだ段ボール箱を空けて、本棚に移し替えていたとき、たまたま手にした一冊に封筒が挟まっているのに気が付いた。
封筒の表には「FOR M」とある。封は閉じられていなかったので中をのぞいてみると、そこには一枚の楽譜が入っていた。それはまぎれもなく望の筆跡で書かれたものだった。隆一は、早速ピアノの蓋を開けると、楽譜通りに弾いてみた。
「望……、お前は……」
そこには、なんとも優しいメロディが織り込まれているではないか。明るいハ長調のコード進行の中に、セブンスが効果的に用いられている。繰り返し弾いていると、まるでそれが徹からの遺言のように隆一の心に響いた。すべてを包み込むような優しい、それでいてメリハリのあるメロディから、望の気持ちが伝わってくる。このとき、隆一はようやく気が付いた。望の生命は、数々の彼の作品の中に息づいていることに……。
「M」が摩耶子の頭文字であることを直感的に確信した隆一は、望の摩耶子に対する思いを痛切に感じた。そこで、偶然、本棚から見つけたという事情を添えて、すぐにその楽譜を摩耶子に宛てて送った。「M」と書いてあったことは伏せておいた。
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