第三楽章(8)
「もしもし、山下先輩ですか?」
隆一は受話器の向こうの声に聞き覚えがあった。おぼろげながら相手の顔が浮かぶ。だが、すぐに名前が出てこない。必死に思い出そうとしていると、妙な間を遮るように相手は言った。
「西野ですよ」
「そうか、やっぱり。すぐに名前が出なくて悪かった。ずいぶん、久しぶりじゃないか」
西野光一は大学時代の後輩だった。とても優秀な男で、確か卒業後もクラシックの道へ進んでいたはずだ。
「突然の電話で恐縮なんですが、先日、人づてに息子さんの件を知りまして、これは先輩のお耳に入れておいたほうがいいんじゃないかと思いまして……」
改まった口調で西野は言った。望の件と聞いて、一瞬、隆一は息を飲んだ。
「実を言いますと、あの日、2月13日、息子さんが聴きにいらしたオーケストラに、私はトラで入ってたんですよ」
トラとは、業界用語でエキストラ・プレーヤーを指す。自前のオーケストラでは足りないパートや補強したいパートを、本番時にだけ外部に頼むことがある。通常、トラは大切な客として扱われるが、少ない練習で団員よりうまく弾かなければならないのでプレッシャーも多い。西野の担当楽器のファゴットは、重低音の厚みを必要とする41番には欠かせないパートだ。
その後、西野は用件だけを簡潔に伝えると、電話を切った。
会話のあと、隆一は何を思ったのか、すぐに自分の部屋に向かうと、棚から何やら古いファイルのようなものを引っぱり出し、調べものをはじめた。やがて捜し物が見つかると、天を仰いで「そうか、そういうことだったのか……」と納得したようにつぶやいた。
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