第一楽章(7)
ようやく東の空が明るくなってきた。海と空の狭間に、これまで曖昧だった水平線が浮上する。やがて太陽が顔を覗かせる。
和泉良次は、こうして一日のはじまりを、だれよりも先に獲得するのだった。
早朝の漁を終え、釣り船を操舵しながら、良次はふと都会に暮す双児の兄を思いやった。
(兄貴、今ごろ何してるかな? きっと仕事に疲れてまだ寝てるんだろうな)
朝日が、良次の横顔を照らす。その新鮮な眩しさに思わず目を細める。
(あんまり無理すんなよな、兄貴……)
海の上にいる限り、風景は20年前と何ひとつ変わらない。水面に立つ白波は、まるで時間を無視したか、あるいは時間に取り残されたかのように、自分のペースを守ってたゆたい続ける。一瞬、幼い頃に記憶が遡り、隣に徹がいないことを不思議に感じる。
あの頃、よく舵を奪い合っては父に怒られたものだ。その父が、今は身を切るような寒さの中、くわえ煙草で網を巻いている。老いたその姿が、良次を過去から現在へと一気に引き戻す。
(俺にはできない。この島を離れられない。兄貴と違って、俺は根っから臆病者なんだ。たった20分違いで生まれたってのに、なんでこうも違うんだろう)
良次にとって、都会で暮す徹は、とても頼もしい自慢の兄貴だった。未知の世界に飛び込む、勇気ある存在だった。
(兄貴、頑張れよ。俺もこっちで頑張ってるからな……)
良次が急に咳き込んだのは、ちょうど前方に島陰が見えてきたときのことだった。聞きつけた父は、網をほおり投げて、すぐに駆け寄った。
「良次、大丈夫か? しっかりしろ!」
「ああ、何でもない……」答えながら、さらに咳き込む良次の口元には、真っ赤な血が付着していた。
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