俺だけの神様、そう思っていた女の子は世界を救う人柱でした。

無敵之人

神に捥がれた四肢と羽

 少女はふわりと世界に立ち、そして問う。

 君の信じる神はどうだったかい?

 白い着物は土埃に茶色く汚れ、陶磁器のような肌からは血がにじむ、が……傷はない。

――神様は僕の足をもいだ、腕をもいだ、

 そう少女には四肢がない。腕も足も一本たりとも無いのである。しかし、それに対峙する金髪の少年は間合いを取り、ジリジリと後退する。

 何故なら、少女は太腿より下が存在していないというのに地に足がついているかのように直立しているから。

「それはお前が!!!!!ッツ――」

 少年は大きな声で叫び。しかし、言い淀んだ。

『神に背いたからだ……? そう言いたかったのかい?』

 血や土埃に汚れていながらも、四肢がないながらも、神々しい少女は薄い唇から囁くように声を紡いだ。音は振動とならず少年の頭に直接響く。

 

「ごめんね、僕は手足がないほうが強いんだ……最初からそういう形だったからね」


 赤目の少女は何も写さぬ瞳で俺を“見定めた”確実に俺の形を捉えたのだ。

 少年は体中の血が凍り付いて一歩たりとも動けなくなったように感じた。

 少女は杖をまるで犬がお気に入りの棒を運ぶかのように咥えこむ。ニィと、満面の笑みを浮かべる。


――それが始まりの合図だった。


蛇のように、しかし白狼のように少女は間合いを突き詰める。土埃さへ挙げずまるで少女の周りが海で、そこを泳ぐ魚のように。

 少年はどうにか体を再起動させ地面を踏みしめ気合を入れる。強烈な危機感に放出されたアドレナリンが少年の瞳に写る世界の時をネットリと描写する。数秒でいくつもの手立てを思考する、しかし、少女の歩みを止めることはできない、

……もうオレは、この少女に反抗できない──。

 しかし、どうにか活路を切り開こうと半ば手癖のように自身の力を展開する。

 倒せなくとも首元に齧り付かれる前に目くらましでも入れて逃げよう。その思考を終えようとしたとき――

視界が明るくなった、いつの間にか愛用しているサングラスが目の前から消えていた。

そして絶えず聞こえていた神様の叫びは聞こえなくなっていた。

目の前には焦点を結ばない赤い瞳、鳩尾を絞られるような危機感。

眉間をトンと叩かれる、『ありがとう』少女は杖と会話した。

光を放っていた手がサングラスをしていない目元に近づく。

――暴発、一瞬。

――世界は一変した。


目にかかっていた霞がとれたような気がした。

「さあ、これが真実だよアイデンくん。君の目は世界をちゃんとうつすハズだ」


 肉の塊、

 いいや、


殺して、殺して、神の座には朽ちかけた女とも男とも呼べない……例えるなら食べ残しの骨付き肉を無理やり人型に押し固めたかのようなナニカが伏せている。

 けれど、少年はわかってしまった。その醜く見るに堪えない肉の寄せ集めは自分が信じていたものだ、美しく、賢く、誰からも好かれていた

「――似神さま……?」

数百年崇められ続けてきた偶像がそこにあった。

 生きているとは言い難い、死んでいるとも言い難い、しかし、確かに神であった。

 少年は己の中の『神』が音を立てて崩れていくのを感じた。


神はいなかった。


――絶望、

 もしあの男が言った言葉を神の定義とするならば、オレの神は彼一人だった。

『光の力をもつ君ならば、きっと世界の秘密、いいや、闇を取り去ることが出来る』

今になってその答えがわかった。

 地面に倒れ伏す。

 雨が大地を濡らした。

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