10話 『異変』

目を開けると、そこは見慣れない天井……いや、テントの屋根だった。


「ふぇ?」


「やっと起きたのね、リアム。もう夕食できてるわよ」


「確か……」


「オスカーに余計なこと言って怒れせたのよ」


リアムは、気を失う直前に感じた首の強烈な痛みを思い出し顔をしかめた。


「私にこうやって治療されるの、何回目?」


「二回目です」


「感謝なさい」


メアリーはふわりと微笑んでいった。


「善処します。あの、夕食っていうのは……」


「オドが作ってくれたのよ。もうほんっとに美味しいのよ! リアムも早く食べた方がいいわ」


リアムはメアリーの言葉に驚いた顔をしつつ体を起こした。


「それじゃ、お楽しみの夕食タイムと行きましょうか」


テントのチャックを開けて外へ出ると、テントのそばの切り株はテーブルになっており、お肉だのお肉だの山菜だのの料理が置いてあった。


「うまそっ……!」


「だろ?」


即席キッチンで何かを炒めているオドが振り向きながら言った。


「自分で言うのもなんだけど、僕の料理はちょっとしたものだよ」


「それを自分で言わなければ全てが百点だったな」


アイザックが葉巻を吸いながら退屈そうに言った。


「ザック、葉巻は体に悪いんだって」


「んだ?魔法的根拠が……」


「科学的根拠だよ、ザック」


オドが肩を竦めていった。

多分このやりとりは10回はやっているのだろう。


「科学なんて……くだらないわ。オドには申し訳ないけど、そんなの、信じられない」


オドに向かってそう言ったのは、意外にもメアリーだった。


「科学が信じられないのは流石に笑えないな? メアリー。この世は科学でできてるんだ。魔法じゃあない」


「なんだと!黙れキザマぁ!水属性最強の名が聞いてーー」


急に立ち上がってオドに暴言を浴びせたスーザンだったが、皆の視線を感じたのかすぐに座り直した。


「精霊教を信仰するスーザンにとっては魔法は科学よりかも知れない。だけど、魔法で生み出されていない火はどうなるんだい? どうやって発火する?」


「そんなのっ! 精霊様が! 微精霊などがやってくださっているのだ!」


「人々を困らせることだってある。特に雷などが原因で……」


「精霊様が電気属性の魔法を使ってらっしゃるのだ!」


「それじゃ無茶苦茶だ。僕らに危害を与える精霊様を、どうして信じるんだい」


「精霊様が魔法を与えてくださっているからだ! そんなの赤子でもわかることだぞ! いい加減にしろオド!」


スーザンがさらに語気を強める。リアムとしては、どうしてそうも熱くなるのかと思う。科学がなんたるかは知らないが、精霊を卑下するような態度のオドも悪いと思うし、無理やりな言葉で精霊を神格化しようとしているスーザンも悪い。


「この国にも精霊教の人がいるんだね。みんな竜を崇めているのかと」


「オドはそうよ。言ってしまえば他宗教を否定したいだけだと思うわね。だって、竜だって魔法、つまり精霊にお世話になっているのだからーー」


「それは違うぞメアリー。精霊が魔法の力を与えてくれるなどと、どうしてそう思う?」


「だって、私たちは周囲の精霊に働きかけて魔法を使っているのよ! 精霊がいない場所では魔法は使えないしーーそもそもそんな場所はないけどーー」


「違うよ、だから、なぜ精霊がーー」


「なぜって、精霊が私たちに魔法を与えているのよ!?」


「ああ、そこは間違っていない」


メアリーが「なんなのよ」と言いたげな顔をした。

リアムにとっては正直どうでもいい議論だ。巻き込まれる前に退散したいところである。


「だから、精霊自体が魔法を作り出しているわけじゃないんだってことを言いたいんだよ! 精霊だって自分たちで火を作ってから術者に与える! でもそれは魔法ではなく、至って原始的な方法でーー」


「それこそ証明のしようもないわ! 精霊が誰かに与えられている、もしくは自分たちで物体を作っているのであって魔法ではないとかーー聞いたことがないわ!」


「その根本にあるのが科学なんだ! 魔法の根本にあるのが! そもそも、精霊なんているのかーー」


「それは禁句だな、オド」


オドを咎めたのはーー意外にもアイザックだった。


「君は竜を信じていて、精霊を信じないのか? 竜が信じている精霊を? 精霊竜だっているんだぞ」


「違う! そうじゃなくてーー」


「いいや、君が言っていることはそうゆうことだよ」


オドが苦いものを噛みしめるような顔をした。

そんなに重要なことか?と今にも言いたいのを、リアムは必死に抑えた。


「どうでもいいけどさ」


沈黙を破ったのはーー他ならぬ、オスカーだった。


「電気属性なんて魔法は、この世にないぜ。魔法では、電気は起こせないんだ」


天才魔法剣士は、そう言い放った。


その時のスーザンの顔は、いつまで経っても忘れられなかった。

食事の時は、誰も喋らなかった。

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