第21話 桃太郎伝説

薄暗うすぐら山道やまみち

イサセリヒコとトメタマヒメが

あるいている。


かつて、ウラが子供こどもらをれてかくんだ、

吉備きび村外むらはずれのやまである。


ウラがもどらぬまま

あたらしいとしむかえた吉備きび


大和やまとからはワカタケヒコととも

イサセリヒコが吉備きびもどっていた。


大和やまとから正式せいしき派遣はけんされ

吉備冠者きびかじゃ仲間なかまりをたした

イサセリヒコにとって

はじめての仕事しごとである。


吉備きび

もうひとつきほど、

イサセリヒコは毎日まいにち

すこしでも身体からだきたえようと

モモタロウだんとも

訓練くんれんをしていたが


としすで四十しじゅう目前もくぜんにし、

しかもわかころから病弱びょうじゃく

身体からだきたえるなどということには

えんかったイサセリヒコが

若者達わかものたちざって毎日まいにち鍛錬たんれんするのは、

只事ただごとではない。


桃太郎ももたろうおとうととはしんじがたい、と、

モモタロウだん子供達こどもたちには

完全かんぜんに舐められていた。


イ (きちんと仕事しごとをして、

みんなみとめてもらわねば……)


くら足元あしもとらしながら、

イサセリヒコはつぶやいた。


日々ひび訓練くんれんでは、

青年達せいねんたち年少ねんしょう団員だんいん武術ぶじゅつおしえていた。


武術ぶじゅつたたかうためにおしえているんじゃない」


団員達だんいんたちがそうくちにするのを、かないはなかった。


どういう意味いみいてみると、


「よくわかんないけど、ウラがったんだ。

わすれちゃいけないだろ」


「ウラみたいになりたいってこと」


おさな団員だんいんがそうっていたことをおもし、

イサセリヒコはほほゆるんだ。


裏山うらやま事実じじつたしかめて、物騒ぶっそううわさしずめよ』


県主あがたぬしササモリヒコが吉備冠者きびかじゃめいじた

このたび仕事しごとだ。

イサセリヒコの初仕事はつしごと

トメタマヒメがともについた。


それで二人ふたりは、やまあるいている。


はじめは、村人むらびとやまくまのようなおおきな

かげたと、かえったらしい。

それが、

ひくうなごえがするとか、

きょう呪文じゅもんでもとなえるようなひくこえいたとか、そんなうわさ

段々だんだんふくらんで、

だれかがやまみついている、

それはもしかしたら

ウラではないか……

と、ささやかれはじめたのだ。


もりなかでもあかるさが

真昼まひるねらってやまはいった。

それでも、木々きぎ鬱蒼うっそうしげ

木漏こもほとん地面じめんとどかない。


物達ものたち痕跡こんせきたしかめながらすすむが、

普段ふだん人々ひとびと出入でいりりするあたりに

おおきなけものがいた様子ようすはなかった。


やまいただき付近ふきんまでけば

ウラがかくんでいたとりでがある。


ウラがひそかにもどって、

やまにいるのではないか。


ウラが、ほとんどの村人むらびとだまって

突然とつぜん故郷こきょうかえってしまったとき

ウラは裏切うらぎものだとうものもいた。


しかし彼等かれらも、じつのところ

ウラをっているのだろう。

むらうわさは、

ウラをびる人々ひとびと

期待きたい裏返うらがえしにこえた。


ト「このさきとりでよ」


ほそきゅうのぼざかはいった。


本当ほんとうにウラがひそかに

もどっていたら……

そんなはずはない。

しかし、

そうであってしいともおもう。


トメタマヒメも、

なにわなかったが、

ウラのことをかんがえていたのだろう。

次第しだい足早あしばやになっていた。


と、突然とつぜん

耳元みみもとにヒュンッとおとをたてて

ぬるかぜさわったかとおもうと


いしつぶて

イサセリヒコのほほかすめていた。


イ「ッ…!」


うっすらと、ほほにじんでいる。


前方ぜんぽう木々きぎ隙間すきまから、また、

石礫いしつぶてんできた。

今度こんどはすぐそばたり、

にぶおとともおおきな拳大こぶしだいいしが、

足元あしもところがった。


とりでほうだわ」


イサセリヒコが

トメタマヒメのした方角ほうがくけて

はなつと、

やはりとりでほうから

石礫いしつぶてんでた。


此方こちらからはとりでがまだえないが


いし見事みごと

そのたり、

とされてしまった。


しかしそのすき

トメタマヒメが素早すばや前方ぜんぽう

木陰こかげへとすすみ、つぎはなった。


二人ふたり交互こうごはなちながら、

とりでへの距離きょりちぢめていった。


しかし、いしつぶて次々つぎつぎはなたれる

見事みごと命中めいちゅうする。


イサ「…くそッ」


ト「…をつけて!

こうからはこちらがえているのよ」


いくされないイサセリヒコが

あつかうのにをとられて

無防備に《むぼうび》なったのを

トメタマヒメが木陰こかげかくまう。


イサ「…すみません…」


ト「いて、さあって」


ようやく

木々きぎ隙間すきまからとりで鉄門てつもんえた。

そのもんうえに、おおきなくまのようなかげが、

ゆらりとうごめいた。

こちらをうかかっているようだ。


二人ふたりかお見合みあわせた。

そしてちいさくうなづくと、

素早すばや弓矢ゆみやかま

そのかげねらいをさだ


同時どうじはなった。


……ゥヴウオオオオオオ!!!!


おもわずもよだつ、

かみなりのような、けもののような、

いたことのないさけごえ

地面じめんとどろかせ、木々きぎふるわせた。


二本同時にほんどうじはなったのうち一本いっぽんは、

やはりいしつぶてとされたが、

同時とうじはなったもう一本いっぽん

そのかげ命中めいちゅうしたのだった。


二人ふたり木陰こかげからとりでほううかがうと

おおきなそのかげは、

こうと身悶みもだえし、

《おお》きなてつもんから

まっさかさまにちた。


イサ「…やったか!」


しかし

地面じめんちる寸前すんぜん

その巨体きょたい突如とつじょ

ふわりと静止せいししたかとおもうと、

スッと上方じょうほう姿すがたした。


あわててとりでほうけつけると

おおきな

極彩色ごくさいしき雄雉おすきじ

鉄門てつもんうえ

こちらを見下みおろしている。

きじ

片方かたほうから、ながしていた。

ぽたぽたとてつもん

あかしずくしたたる。


イ「あれは……変化へんげか?!」


すく二人ふたり頭上ずじょうかすめ、

雄雉おすきじった。



ト「チィッ…!」


トメタマヒメは

すぐそばえだにヒラリとがると

くちなかちいさくなにかをとなえた。


するとたちまち

トメタマヒメがたか姿すがたわった。


イ「トメタマヒメ!」


たかきじって

やますべりるように

ひくんで行く。


あっという

きじたかえなくなってしまった。


イサセリヒコもあとおうと

みちもどはしした。

地面じめんからふと

度々たびたびあしをとられながら、

ころがるようにつづけた。


ふかたにかり、視界しかいひらけたとき、

ちょうど、

きじ猛烈もうれついきおいですこ上流じょうりゅう

しげみからし、

谷底たにぞこかってがけすべりるように

急降下きゅうこうかしていくのがえた。


イサセリヒコは咄嗟とっさ

はなった。


きじには命中めいちゅうしなかった。

しかし

それをけたきじは、

かぜあおられて体勢たいせいくず

崖壁がんぺきからだちつけ、

色鮮いろあざやかな羽根はねらしながら

そのままはるしたながれる

谷川たにがわへと

ちていった。


ほどなく、谷川たにがわ水面みなも

なにかがねた。


巨大きょだいな、赤黒あかぐろこいだった。

てつでできているかのように

黒光くろびかりしている。


イサセリヒコは

躊躇ちゅうちょなくそのこいめがけて

谷川たにがわ目掛めがけてんだ。


谷川たにがわながれははやい。

こいもイサセリヒコも

そこらじゅうにつきしている

ゴツゴツしたいわに、

うねるみずともにぶつかりながら、

身体中からだじゅうあざきずだらけになって

ながされていく。


たかが、はる上空じょうくう

こいとイサセリヒコを

してんでく。


たにうえした

まつえだりると、

たかはトメタマヒメの姿すがたもどり、

弓矢ゆみやこいかまえた。


激流げきりゅうなかこい格闘かくとうする

イサセリヒコの姿すがた

いつしか

黒々くろぐろとしたおおきな

変化へんげしていた。


つややかなうつくしいつばさ

はげしくばたつかせながら、

くちばしつるぎのようにして

しなやかなほそくびまわし、

我武者羅がむしゃら何度なんどでも

こい体当たいあたりした。


こい片方かたほうから、ながしていた。

あばれるたびに、した。トメタマヒメとイサセリヒコが同時どうじはなった

たったきず


こい

はげしくぶつかりたび

あかまった水飛沫みずしぶき

くろ羽根はね

ひかりきらめいた。


ながれがゆるやかになった。

川幅かわはばひろ水深すいしんふかいところまで

くだったのだ。こいふかもぐり、水面すいめんね、

ろうとした。

しかし、執拗しつようこいい、

たたかいはながつづいた。

両者りょうしゃともちから一向いっこうおとろえず、

ますますはげしくぶつかりった。


このままこいからいながら

永遠えいえんたたかつづけるかにえた。


しかし、

太陽たいようやまにかかりはじめたころ


とうとう


こいんだ。


まつかまえていた

トメタマヒメが

うしなったままながされてきた

イサセリヒコをつけた時には、

もうすっかりれていたが、

あかるい満月まんげつ

ひるのようにあかるく

あたりをらしていた。











 

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