第15話 前夜

イサ「突然とつぜんまいりましたご無礼ぶれい

ゆるしください。大和やまとよりまいりました。

ワカタケヒコのおとうと

イサセリヒコでございます」


座敷さしきとおされて

ササモリヒコとうなり

深々ふかぶか御辞儀おじぎをした

イサセリヒコは、

その姿すがたうるわしい。


サ「…ははぁ、そうですか、

ワカタケヒコの…………?

てませんな……、あ、いや、

ワカタケヒコはおさなころから

このようなさとらすせいか、

すっかり山猿やまざるようそだちまして…あ、

意味いみで……。……??」


イサ「…ぷっ」


二人ふたかお見合みあわせてわらった。


イサセリヒコは

ずっとあこがれていた吉備きびて、

県主あがたぬしササモリヒコにえたよろこびを

めていた。


孝霊天皇こうれいてんのう話通はなしどおり、

やさしくあたたかい人柄ひとがらにじている。

大和やまと使者ししゃである自分じぶんにも、

びへつらうでもなく

警戒けいかいするでもない。


どことなく

ちち孝霊天皇こうれいてんのう面影おもかげ

かさなるようでもあった。


ワカタケヒコがずっと吉備きび

ごしているのも、わかるがした。

 

はじめに案内あんないしてくれたのは

トメタマヒメ、

縁側えんがわにいたのは、

イヌカイタケルだろう。

異国いこくふく二人ふたりは、

客人きゃくじんだろうか……?


障子しょうじこうに

四人よにん団子だんごになって

こちらの様子ようす

みみをそばだてているかげ

うつっている。


孝霊天皇こうれいてんのうはなしいていたころから

もう30ねんっているが、

いていたままに、みな

あかるく、屈託くったくのない人柄ひとがら

なのがよくわかる。


おもわずクスッとわらって、

イサセリヒコはった。


イサ「あの、イヌカイタケルさまや、

トメタマヒメさまにもご挨拶あいさつさせて

いただけますか?」


ト・イヌ「!」


サ「ハハハ、かったのう、

前達まえたちはいっておいで。

ああ、イサセリヒコ殿どの

こちらのお二方ふたかたは、

百済くだらよりられましてな」


イサ「というと、ウラさまの…?」


サ「そうです、ウラは生憎あいにく

むら世話せわかけていますが。

それから、残念ざんねんながら

ワカタケヒコは大和やまとちましてな…」


イサ「そうですか。もう、大和やまとへ……

すれちがいになるかもしれないとは

おもっていたのですが……」


サ「ええ。数日前すうじつまえに。

しかし、御姉様おねえさまきゅうなことで…」


イサ「わたし一先ひとまずのとむらいを

してまいりましたが、またぐに

大和やまともどります。ワカタケヒコには

大和やまとうことになりますね」


ト「久々ひさびさ兄弟再会きょうだいさいかいか…モモソヒメさま

元気げんき再会さいかいできればかったのに…」


イサ「…でも、わたしみなさんにおいできて

大変嬉たいへんうれしいです!」


イサセリヒコは、しずんだ空気くうき

はらうようにして、かがやかせた。


イサ「そうだ!わすれるところでした!」


ごそごそとつつみをす。


イサ「これは大和やまとでよくべるものです。

さけにも、あたたかいごはんにもいます。

皆様みなさまでどうぞ!」


皆『おお✨』


サ「これはこれは、がとうございます。

折角せっかくだから早速さっそくいただこうじゃないか。

イサセリヒコ殿どのは、

さけまれるのですかな?」


五「あ、はい。すこしだけ…」


それならば、と、

あっという酒宴しゅえんととのう。


一同いちどう

モモソヒメにさがずきささげ、


それからみな車座くるまざになりわした。

もなく、座敷ざしきからはなごやかな

ざわめきがこえはじめた。


五「このさかな美味おいしいですね!」


ト「ママカリだよ、ここらじゃ

よくべるんだ」


使A「この漬物つけものさけ風味ふうみがして、また

パリパリと食感しょっかんもいい、さげすすみます」


障子しょうじはなした縁側越えんがわごしに

時折涼ときおりすずしいかぜんでくる。

あかるいにわには秋草あきくさ

あおむらさきはなかぜにそよがせていた。


うまさかなさけ手伝てつだって、

イサセリヒコがみなけるのに

時間じかんはかからなかった。


イサ「いつかわたし

ワカタケヒコのように

みなさんの仲間なかまれていただきたいと

ずっとおもっておりました」


しみじみと、しあわせそうに

イサセリヒコがみんなた。


イヌ「イサセリヒコ殿どののような

高貴こうき御方おかた仲間入なかまいりとは、

なんだか背筋せすじびるなぁ」


イヌカイタケルが姿勢しせいただす。


ト「おや、いいオヤジになっても

野生児やせいじそのままのイヌカイタケルが、

すこしは行儀ぎようぎよくなりそうじゃないか?

そりゃあ、大歓迎だいかんげいだよねえ?ササじい?」


サ「ああ、ねがってもないことじゃな(笑)」


みんな大笑おおわらいするので、

イヌカイタケルは不貞腐ふてくされて

漬物つけものをパクリとくちほうみ、

ボリボリとんだ。


使A「……ウラさまも、このように

みなさんとごす日々ひびあまりにたのしくて、

吉備きびはなれられないのでしょうか……」


ふと、百済くだら使者ししゃつぶやいた。


使A「勿論もちろん、ウラさま

吉備きび大切たいせつおもわれるお気持きもちは、

私共わたくしどもも、よくかっておりますよ!」


使B「しかし、何故なぜあそこまで帰郷ききょう

こばまれるのか……」


ト「そうだよねえ、王様おうさま

具合ぐあいくないのに。ウラは、

そんなに薄情はくじょうやつじゃないはずだよ?」


イヌ「なにか、…あるのか?」


使A「ウラさまは、むかしから

いくさこのまないおかたでした。

百済くだらいくさいられているとき

くにからのがれたことで、いまだに

うしろめたさを

かんじているのかもしれませんが」


使B「しかし、王様おうさまはそれを

めてはおられません。それどころか、

子供達こどもたちまもるという大役たいやく

たったひとりでげ、

いまなお吉備きび活躍かつやくなさるウラさまを、

ほこらしくおもっておいでです」


サ「ウラにはそのことを……?」


使B「もちろん、何度なんどもおはなししました」


使A「しかし最後さいご最後さいごには、やはり

くびよこってしまわれるのです……」


サ「うむ…、ひょっとすると……」


ササモリヒコがなにかをいかけたところへ


ドカドカと足音あしおとがして


ウ「なんだ、昼間ひるまっから酒盛さかもりか?

今日きょう大和やまとから客人きゃくじんられたと

いたが」


モモタロウだん稽古けいこをつけていた

ウラがかえってた。


ト「ウラ、おかえり!ちょうど

あんたのうわさをしていたところだよ」


ウ「何だ?また悪口わるぐちってたのかー?」


ト「さあねー」


ウ「さむくもないのにくしゃみがると

おもったよ」


ト「一褒いちほ二謗にそしり、三惚さんほれられて

四風邪引よかぜひき」


ウ「三回さんかいだったな、たしか」


ト「ンなわけあるかい」


いつもの調子ちょうし軽口かるぐちたたきながら

ウラがせきおさまったのを

かまえていたイサセリヒコが


イサ「ウラさまわたくし大和やまとよりまいりました

イサセリヒコともうします。

あにワカタケヒコが幼少ようしょうより

大変たいへん世話せわになりまして…」


ウ「おぉお!あなたが、大和やまとからの!

これは失礼しつれいしました」


ウラはあわてて

イサセリヒコのまえすすると

深々ふかぶか挨拶あいさつした。


そしてかおげたウラは

イサセリヒコからはなせなくなった。


はなつききそうにちかづき

ぐにつめられて

イサセリヒコはたじろぐ。


五「……///…う、ウラ殿どの?」


ウラはおにのような大男おおおとこであるが、

精悍せいかん顔立かおだちで

んだながうつくしい。

じっとつめられると、

こちらもはなせない。

まれてしまいそうになる。

イサセリヒコは自分じぶん赤面せきめんしていないか

になって仕方しかたない。


するときゅうに、ウラが


ウ「なんと、モモソヒメによく……っ」


言葉ことばまらせ、嗚咽おえつこらえるように

くちおおった。

なみだあふれそうだ。


イサ「あ、あはは…」


イサセリヒコのひざ項垂うなだれて

嗚咽おえつらすウラ。

成行なりゆきでイサセリヒコが

ウラの背中せなかさすってやると、


ウ「モモソヒメ~‼️……」


せきったようにウラはした。


イヌ「相変あいかわらず、涙脆なみだもろ大男おおおとこだなあ!」


サ「モモソヒメが急逝きゅうせいしたばかりじゃ、

無理むりもない」


ト「けどたしかに……

モモソヒメとそっくりだよね」


みんながイサセリヒコのかおをまじまじと

つめた。


イサ「モモソヒメとわたしは、おな母親ははおやなので、ているとむかしからわれました。

ワカタケヒコは異母兄弟いぼきょうだいでして……」


サ「ああ、そうでしたか」

ト「なるほど」

イヌ「それならわかる」


みな一斉いっせい納得なっとくしたので、

一同いちどうかお見合みあわせて大笑おおわらいした。


サ「さ、ウラも。

モモソヒメに献杯けんぱいしよう。

ほら、この大和土産やまとみやげ漬物つけものうまいぞ」


ウラがせきにつき、ずモモソヒメに

献杯けんぱいした。

それから

みなさかずきにまたさけたした。


イ「ではあらためて、

イサセリヒコ殿どの吉備きびへようこそ!」


ト「ウラも、モモタロウだん指導しどう

つかさま~」


皆『乾杯かんぱい~』


しずみ、本格的ほんかくてき酒宴しゅえんはじまった。
























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