第10話 モモソヒメ②

モモソヒメが姫巫女ひめみことして

仕えていた崇神天皇すじんてんのうは、

国家こっか統一とういつ完成かんせいすべく、

四道将軍しとうしょうぐん派遣はけんした。



モ「……わたしは、朝廷ちょうてい楯突たてつこうなんて

一度いちどおもったことはないの。

ずっとそば天皇てんのうのお人柄ひとがらてきたし、

状況じょうきょうだってかっていたつもり。

おおきな外国勢力がいこくせいりょくから、

いつ侵略しんりゃくされるかもわからない。

だから、大和やまとひとつになる必要ひつようがある。

でも、どうしても武力行使ぶりょくこうしには

賛成さんせいできなかったの……

理解りかいができなかった……」


モモソヒメはくちびるんだ。


孝「武力ぶりょくは、ひときずつける。

ところが、それを行使こうしした朝廷ちょうてい

目指めざしていたものは、平和へいわだ。

…………矛盾むじゅんしているよなあ」


孝霊天皇こうれいてんのうは、

まどそとひろがる漆黒しっこくやみつめた。


孝「……わたしはね、吉備きび

ウラくんってから、

おにたとさわぎがこれば

まずはそのおにたしかめようとめた。

かなら自分じぶんはなしをしにった。

しかし、それでも、

かならずしも

うまくはいかなかったんだ……

モモソヒメやウラくんは、

わたしおに退治たいじしなくなったから、

移民いみんみちひらけたとってくれたが、

じつのところはわたしは、

残念ざんねんながら、

すべてをれられたわけではなかった」


孝霊天皇こうれいてんのうは、

なかのグラスをつめた。


孝「わたしはむしろ、朝廷ちょうてい

四道将軍しとうしょうぐん派遣はけんは、判断はんだんおもう。

情勢じょうせい見極みきわめ、時期じき見極みきわめ、

丁寧ていねいことすすめたとえる。

しかしね、

武力行使ぶりょくこうしがどうしても理解りかいできない、

そううモモソヒメを、

わたしほこらしくおもうよ」


孝霊天皇こうれいてんのうは、かおげ、

モモソヒメにかって、

ニッと

わらってせた。


孝「さっき、

前達まえたち偉業いぎょうげた

っただろう。

わたしは、お前達まえたち偉業いぎょうのおかげで、

おにというものの見方みかたわったんだよ。

おにあらわれても、本当ほんとうおになのか、

うたがってみるようになった。

すると、おにというのは、

まわりの人間にんげんつくげたものだとわかった。

そして、その人間にんげんつくげたものに、

本当ほんとうになってしまったおにもいたんだ。

……しゅというのかな。

まあ、そんなものだ。

大人おとなはそんなものに

まみれているんだな。

わたしもそうだ。たとえば、

わたし天皇てんのうである。

わたし大和やまと人間にんげんである。

わたしちちである。

わたしおとこである。

……

いくらでもあるんだ。

それは大人おとなになればなるほどえる。

自分じぶんでかけるしゅもあれば、

まわりのひとにかけられるしゅもある。

環境かんきょうにかけられるしゅもあるし、

経験けいけんにかけられるしゅもある。

そんなものが邪魔じゃまをして、

大人達おとなたち容易ようい相容あいいれない。

わたしだって、お前達まえたちおしえられなければ

おにしゅまどわされて

鬼退治おにたいじつづけていただろう……

ただ……モモソヒメ

前自身まえじしんも、大人おとなになってしまった。

おさないかぐやひめのように

武力ぶりょくわりにおむすびを使つかうことは

できなくなっていただろう?」


モ「おむすび……」


孝「そうだ。それが

かぐやひめと、桃太郎ももたろうと、ウラの、偉業いぎょうだ。

ウラと吉備きびをおむすびでむすんだ。

お、上手うまいことうなあ。

おむすびとは、よくったもんだなあ」


孝霊天皇こうれいてんのうは、

おむすびをにぎ真似まねをした。



………………



崇神天皇すじんてんのうは、のち

ハツクニシラス天皇てんのうばれる。

はじめて全国ぜんこく統一とういつし、そして

天下太平てんかたいへいとなり、人民じんみん繁栄はんえいする。

初国知所之天皇はつくにしらすのみこと

平和へいわくに完成かんせいしたことをよろこ

たたえるである。


崇神天皇すじんてんのうめいにより

四道将軍しとうしょうぐんとして派遣されたのは、


北海道ほっかいどうへ、孝元天皇こうげんてんのうの子、大彦命おおひこのみこと

東海道とうかいどうへ、大彦命おおひこのみこと武渟川別命たけぬなかをけのみこと

丹波たんばへ、開化天皇かいかてんのう彦坐王ひこいますのおう


そして

吉備きびへは、孝霊天皇こうれいてんのう五十狭芹彦いさせりひこのみこと

つまりモモソヒメのおとうとである。


モモソヒメは、一瞬いっしゅん

まえくらになった。


朝廷ちょうてい武力行使ぶりょくこうし採択さいたくし、

しかも、将軍しょうぐんとして

自分じぶんおとうと白羽しらはとうとは。


巫女みこという立場たちばでは、

みずからの意見いけん発言はつげんすることはできない。

神事しんじつかさどり、

かみ御言葉みことばあずかるだけである。

どんなに宮中きゅうちゅう反対意見はんたいいけんわめいても

モモソヒメ自身じしん発言はつげん効力こうりょくはない。

不甲斐ふがいなさに項垂うなだれた。


しかし、

これは偶然ぐうぜんか、かみおぼしか、

イサセリヒコ(五十狭芹彦)は

吉備きび派遣はけんされるという。

それならば、かれは、

武力行使ぶりょくこうしする必要ひつようがないはずだ。

吉備きびには、あにの、ワカタケヒコがいるのだ。

そして、ウラたち一緒いっしょ

平和へいわらしている。


モモソヒメは、むねろした。

しかし、ねんのため、

吉備きびのワカタケヒコには

さきらせておこうとおもい、

すぐに手紙てがみいた。


朝廷ちょうてい四道将軍しとうしょうぐん派遣はけんめたこと。

吉備きびへも将軍しょうぐん派遣はけんされるが、

それが、イサセリヒコであること。

この将軍しょうぐん派遣はけんは、

大和統一やまととういつ最終段階さいしゅうだんかいであり、

まんいちにも抵抗ていこうすれば、

武力ぶりょくにより制圧せいあつされること。


どうか、イサセリヒコと上手うまはない、

武力行使ぶりょくこうしになどならぬようつとめてしい。

これまでどお吉備きび平和へいわつづくように、

るがず、かつ、あらがわず、

かれらをしんじて、むかれてしい……


手紙てがみえたときには、

もう真夜中まよなかちかくになっていた。

使者ししゃ手紙てがみたくすのは明日あすにして、

モモソヒメは部屋へやもどった。


しかしその翌朝よくあさ

モモソヒメは

急死きゅうししてしまった。


手紙てがみ吉備きびとどかなかった。


イサセリヒコはモモソヒメをとむらい、

そのほか将軍達しょうぐんたちより半月程遅はんつきほどおくれて

吉備きび出発しゅっぱつした。

モモソヒメのような姫巫女ひめみこ葬送そうそう儀式ぎしき

は、内密みつながらおおがかりなものとなる。

イサセリヒコはそれを

つことはゆるされなかった。


その頃吉備ころきびでは、

大和朝廷やまとちょうてい将軍しょうぐん派遣はけん

武力ぶりょく各地かくち制圧せいあつしようとしている

との情報じょうほうを、すでていた。


しかし、吉備きびにまで

将軍しょうぐん派遣はけんされているとは、

おもいもよらなかった。


大和やまと皇子おうじワカタケヒコが

おさなころからずっとここにいて

吉備きびまもっているのだ。



ワカタケヒコは

モモソヒメが急死きゅうしした

とのらせをけ、

あわてずに準備じゅんびををととのえた。

大和やまと姫巫女ひめみこ葬送そうそう儀式ぎしきおこなため

なが大和やまと滞在たいざいすることになる。


ワカタケヒコが

吉備きび出発しゅっぱつしたのは、

ちょうどイサセリヒコが

大和やまとったであった。



……………………



モ「わたしんだばっかりに、

イサセリヒコの出発しゅっぱつおくれて、

吉備きびには将軍しょうぐん派遣はけんされていないって、

そうおもわせちゃったのね……」


モモソヒメは、ポロポロなみだながした。


ワ「モモねえちゃん……?」


モ「わたし武力行使ぶりょくこうしめることも、

ワカタケヒコらせることも

できなかった……」


ちいさくなってむせ

モモソヒメをかねて、

ワカタケヒコがった。


ワ「イサセリヒコ、ぶ?」


モ「……え?」


モモソヒメは、

をぱちくりさせた。


モ「だって、あなたたち…………?」



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