第8話 大物主

ガラリ


BV○GARIのスーツをさりげなく

こなした、四十しじゅうそこそことえる

長身ちょうしんうつくしい男性だんせいが、

酒場さかば入口いりぐちでキョロキョロと

店内てんない見回みまわしている。

上品じょうひんだがるからに色男いろおとことわかる。


ウラが、

小上こあがりから

ひょいとかおして、

手招てまねきした。


ウ「あ、大物主おおものぬしさん、こっち、こっち!」


モ「ぇえっ?!ぬし?!」



モモソヒメがって

おどろいているところへ

大物主おおものぬし小上こあがりをのぞんだ。


大「どうも、こんばんは。たのしそうだね。

……あ、お義父とうさん、おひさしぶりです。

すみません、なんかモモちゃん、

機嫌きげんわるいんですって?……」


孝「やあ、あなたのせいじゃないよ。

むかしっからワガママで。ま、どうぞ」



この大物主おおものぬしが、モモソヒメのおっとである。

ワカタケヒコがかよこんといったとおり、

生前せいぜんは、モモソヒメのもとへ

夜毎よごと大物主おおものぬしかよった。


モモソヒメは巫女みこであったから、

生涯独身しょうがいどくしんということになっていたが、

大物主おおものぬしかみであるから

そういう人間にんげんまりごとには

頓着とんちゃくしない。


内縁ないえんおっとか、

事実婚じじつこんといったところか。


大「ありがとうございます。

折角せっかくだし、ぼくもちょっともうかな」


しかし

大物主おおものぬしはいるには

小上こあがりはせますぎた。

そこで、

大物主おおものぬし提案ていあん

酒場さかばおくにあるVIPルームに

移動いどうすることになった。


なが廊下ろうかおくにあるとびらけると、

さらくらなが廊下ろうかつづ

そのたりに

VIPルームはあった。


大衆居酒屋たいしゅういざかやのざわめきも

こうばしい醤油しょうゆけるにおいも

ここまではとどかない。


毛足けあしなが深紅色しんくいろ絨毯じゅうたんられた、

ふかふかのゆか

ウォルナットの家具かぐ基調きちょうとした

贅沢ぜいたくあつらえ。


あたたかないろ間接照明きんせつしょうめい

世界せかい調度品ちょうどひん

やわらかくらしている。


革張かわばりのおおきなソファーがかこ

テーブルには、沢山たくさんのフルーツ、

チョコレートやチーズ、燻製くんせいなど、

いろとりどりのものに、

シャンパン、ワイン、ブランデー、

ウイスキーなどはどれも

一流いちりゅう銘柄めいがらのものばかりが

そろっている。


モモソヒメはおきゃんな

フリフリ着物きものコスプレから、

GI○ENCHYのレース使づかいの

くろいワンピースにピンヒールの

シックなよそおいに、

ウラは、AR○ANIのスーツ、

ワカタケヒコはGU○CIのスーツに

それぞれお色直いろなおみである。



部屋へやおくかべ

一面いちめんおおきなまどになっていた。


どこまでもふか漆黒しっこく宇宙うちゅうひろがり、

とどきそうなほどちかくに

大粒おおつぶ宝石ほうせきりばめたような

あまがわよこたわっている。


みなそれぞれに

このゴージャスな空間くうかん

一通ひととお見回みまわしてから


おおきな革張かわばりのソファに

身を沈めた。


ワ「こんな部屋へやがあったなんて

らなかったよ、すげーな」


孝「わたしも、ひさしぶりにたなあ」


大「ぼくは、ここがきなんですよ

くし、しずかでながめもい。

……さて」


大物主おおものぬしたずねた。


大「それで、モモソヒメは

なにがそんなにつらいんだっけ?」


モ「………………え?」



モモソヒメは、大物主おおものぬしあらわれて

調子ちょうしくるってしまった。

大物主おおものぬしれば、モモソヒメは

情緒じょうちょ安定あんていしてしまうのである。


モ「えーと……」


大物主おおものぬしはクスっとわらって、

モモソヒメのあたまにポンポン、と

やさしくれた。


モモソヒメがもじもじしているあいだに、

大物主おおものぬし

みんなのグラスにシャンパンをぐと、


大「では、あらためて。乾杯かんぱい

あれ、お義父とうさんも、今日きょうはもう、

結構けっこうまれてる様子ようすじゃありませんか」


孝「そうですよ。今日きょうはとことん、

みましょう。

んで、あらいざらいして、

すっきりしましょう」


ワ「えっ、くまでむの?!」


ウ「タケぼう、おまえ相当そうとうってるな……

ぬしにいさん、どうぞ、もうひとつ」


大「おぉ、ウラ、いつもありがとう。

おれ、モモがれてるのらなくて。

迷惑めいわくかけてるみたいだな」


ウ「いや、そんなことないですけど、

どうしたんでしょうね。モモは。

更年期こうねんきかな?ハハ……」


モ「……ぁあ?」


ウラの一言ひとことが、

モモソヒメを再燃さいねんさせた。


ひくながれていたjazzのBGMが、

ジェ○ムレバンナの入場にゅうじょうテーマきょく

わっている。


モモソヒメは

シャンパンをすと

おもむろにグラスをき、

可憐かれんなGI○ENCHYの

ワンピースのすそ

まくれんばかりにあしをがにまたひらき、

しゃかまえてひくした。


ウラをしたからギロリとにらけて


モ「ウラ?……いまなんて?

あたしはね、

あんたがわるわれるのが

辛抱しんぼうできないって、

さっきからそうってんのよ。

え?わかってんの!??」


すると

大物主おおものぬしをキラキラさせて

拍手はくしゅした。


大「わぁ……モモ、

すごい不細工ぶさいくになってるよ!

オラオラってる!アハハハハハ」


モ「……なんやてェ?」


大「ワハハハハ!モモ、可愛かわいなぁ~」


すごむモモソヒメに

大物主おおものぬしをよじってよろこんでいる。


ウ・ワ「……ぬし……流石さすがだね……?」



……………………



孝霊天皇こうれいてんのうから三代さんだいわって、

とき第十代だいじゅうだい崇神天皇すじんてんのう御世みよ

モモソヒメは宮中きゅうちゅう

かみ御言葉みことばあずか巫女みことなっていた。


モモソヒメは巫女みこであるから、

表向おもてむきは生涯独身しょうがいどくしんであったが、

じつおっとがいた。


三輪山みわやま鎮座ちんざするかみ

大物主おおものぬしだ。


かつて

出雲いずもおさめたスサノオの

息子むすこである大国主おおくにぬしの、

幸魂さきたまである。


かれは、うつくしいむすめがいるとけば

何処どこへでもたずねてくという

プレイボーイぶりが有名ゆうめいだった。


そんな大物主おおものぬしだから、

かがやくくようにうつくしいかぐやひめ

さわががれたことがある

モモソヒメを

ほうっておくわけはなかった。


モモソヒメは、

巫女みこなかでも

くにもっと重要じゅうよう役割やくわりたす、

姫巫女ひめみこであった。しかし、儀式ぎしきだけでなく、

外交がいこうにもいそがしく天皇てんのうしたがい、

いきつくひまもない。


仕事しごとえて部屋へやもどり、

大物主おおものぬしごす時間じかんだけが、

くつろぐことのできるひとときだった。


理解者りかいしゃであり、いつも

あたたかくつつんでくれる大物主おおものぬしを、

モモソヒメはこころから信頼しんらいしていた。


大物主おおものぬしにとっても、

モモソヒメは特別とくべつ存在そんざいだった。

ほかつまもとへはほとんどかようことはなく、

さずければそれまでであったのだが、

モモソヒメは彼女達かのじょたちとはまったちがった。


大物主おおものぬし

なモモソヒメをたずねては、

なつかかしい出雲国いずもこくはなしかせたり、

モモソヒメのはなし熱心ねっしんみみかたむけた。


ときつのをわすれて

二人ふたりかたった。


その大物主おおものぬしは、

モモソヒメのもとおとずれた。

しかし、

とっくにれているのに、

モモソヒメがもどらない。


近頃ちかごろのモモソヒメは多忙たぼうきわめていた。

仕方しかたなく大物主おおものぬしは、

モモソヒメの寝床ねどこよこになり、

うたたをしてっていた。


モモソヒメがもどってきたのは、

もう真夜中まよなかちかかった。


部屋へやに入るなり、

巫女みこ衣装いしょうてると

モモソヒメは腰巻こしま一丁いっちょう姿すがた

ウーンとひとつ背伸せのびをし、

仁王立におうだちで甘酒あまざけ一杯いっぱい

一気いっきした。


モ「……ぅぷはぁ~~……」


大「!」


大物主おおものぬしこすりながらがると、

風呂上ふろあがりのオヤジのような人影ひとかげ

まえにあった。



大「…ああ、なんだ、モモソヒメか。

つかさま。……なに羽織はおっておいで」


モ「わっ‼️ぬし、いたの……」


あわててけ、

モモソヒメは小走こばしりで隣室りんしつ

はいっていった。


ころも一枚いちまい羽織はおって

もどってきたモモソヒメに、

大物主おおものぬしさけいでやりながらった。


大「おつかれさん。

今日きょうはまた、随分ずいぶんおそかったな。

無理むりするなよ」


モ「ありがとう……」


モモソヒメは

大物主おおものぬしひろむねもたれて、

ホッといちいた。

大物主おおものぬしつつまれると

つかれがすうっとけてゆくようだ。


モモソヒメはうっとりと

微笑ほほえんだ。


大「……しかしな、モモソヒメ。

気持きもちはかるが、

腰巻こしま一丁いっちょう仁王立におうだちとは……」


モ「エヘヘ……ごめんなさい///」


大「まあ、モモのからだ

少年しょうねんのようにつんつるてんだから

どうってことはないんだが、

やはり一応いちおうは……」


カチン


表情ひょうじょうわる

スイッチのおと

こえた。


モ「おい、ぬしよ?貴様きさまは、

わたしが、娘時代むすめじだいに、どれだけ

おおくの殿方とのがたられていたか、

らぬのか?」


大「もちろん、っているさ。

しかし、かぐやひめなどとさわがれたのは、

十才じゅっさいかそこらのことだろう?

そのころならば多少たしょう

将来しょうらい期待きたいもできたのだろうが、

まさかこうなるとはなぁ……」


わるがはやいか、

モモソヒメの鉄拳てっけん

見事みごと命中めいちゅうし、

大物主おおものぬししばうしなった。




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