第212話 待ち合わせと黒原の乾いた叫び




「サキ~、ただいまぁ。ごめんねぇ、遅くなって……って、何を作っているの? そんな小学生みたいな宿題なんてあったっけ?」


 詩音が部屋をノックし、俺の作業現場を見て感想を言ってきた。


 部屋のドア前には、紐を通して加工した複数の空き缶が複数ぶら下げている。

 誰かが足を引っ掛けたら、すぐ音が鳴る仕組みだ。


「お帰り……これは『鳴子』だよ。今夜から、俺の守り神である大智くんがいないからな……こうして自分の身を守らなきゃいけないんだ。今夜も夏純ネェはマリーさんと飲み会をするって言ってたから、悪戯されないための用心さ」


「だったら、あたし達が寝泊まりしている部屋にくればいいじゃん。一緒に川の字で寝よーよぉ?」


 いや、それじゃ逆にみんなの身が危ないし!

 今度は俺が理性を失って間違いを起こしかねないし!


「そんなことできるわけないだろ。それはそうと、随分と帰ってくるの遅かったな? ずっとミカナさんのところにいたのか?」


「そっだよ~。やっぱり、ミィカさんが心配でさぁ……みんな代わりばんこで、お母さんの身の回りのお世話していたんだよ。まぁ、ほとんど見守っている程度で事足りるんだけどね……でも病室とは環境が違うでしょ?」


「だよな……お互いに初めて同士だと余計か」


「うん。夕方になって丁度、タマさんが来てくれたから、あたし達は帰ることにしたんだぁ。タマさんは夜だけなら泊れるって言ってくれたから、ミィカさん凄く喜んでいたよぉ」


 そっか……それは良かった。


 だけど、タマさんって……堅勇さんのファミリーで介護ヘルパーの『園部 珠美』さんのことだろ?

 年上なのに、猫の名前みたいに聞こえてしまうぞ。


「堅勇さんの計らいにも感謝だね。それはそうと、実は詩音達に話があってね……夕食後でもいいかい?」


「いいよ~、アイちゃんとレイちゃんにも言っておく~♪」


 


 そして夕食後、俺の部屋にて。


 愛紗と麗花と詩音に来てもらった。


 のは、いいが……。


「――サキ君。話しは詩音から聞いたわ。そして早速、鞠莉さんが来て夏純さんとリビングで早速飲み会が始まっているようね……だけど、そんなに心配なら遠慮せず、私達の部屋に来ていいのに」


 麗花は痛々しい瞳で、設置された『鳴子』を眺めて提案してきた。


「そうだよ、サキくん。わたし達は何もしないよ」


 愛紗まで言ってくる。


 いやだから、キミ達が何もしてこなくても、俺自身が何かやらかしそうでやばいと思っているだけで……少しは、そういうところを危惧して察してくれよ。


 俺を異性として見てくれているのに危機意識がないのか?

 三人とも妙なところで純粋の天然だから返答に困ってしまう。


「と、とりあえず、今日はこれで様子を見るよ。あと、さっき素面しらふの時に夏純ネェに言っておいたから、きっと大丈夫だと思うよ……あっ、いやそれよりも、みんなに来てもらったのは、明日の予定を聞きたかっただけで――」


 危ない危ない。

 つい本題を忘れるところだった。


 俺は明日、後輩であり同じ生徒会役員の『軍侍ぐんじ 路美ろみ』のバスケ試合を応援に行く旨を伝える。



「そう。軍侍さん、明日が試合の日だったのね……私も生徒会長として応援に行かないと」


 麗花はどこか後ろ髪が引かれているように見えた。

 愛紗と詩音も戸惑い返答に困っている様子だ。


 俺はみんなの反応に違和感を覚える。


「三人とも、実は何かあったりする?」


「サキくん……わたし達、明日もミカナさんの家に行こうかと思って……お世話しに」


「日中、ミィカさん一人でしょ? ダイッチとメイッチはまだ介護は無理だろうし、ご飯仕度とか洗濯とかなら、ウチらも分担して手伝ってあげれるだろうしね~」


「あ~あ……そっかぁ。なら、そっちを優先してくれよ。俺から路美やみんなに事情を説明するからさ」


「うん、でも炊事家事ごとなら、愛紗一人いれば十分なのよね。私と詩音でミカナさんのサポートしようかと思ったんだけど……」


「ミィカさんのお母さん、ある程度は一人で出来る人だし……見守りや少し支えるくらいなら、あたしとレイちゃんのどちらかで事足りるかなって~」


 なるほど、それで麗花が手上げしたのか。

 生徒会長の責務として。


「わかったよ。じゃあ、麗花、明日俺と一緒に行こう」


「ええ、了解よ、サキくん。うふふ」


 麗花は嬉しそうに返事をする。

 おっ、よく考えて見れば二人デートなのか、これ?


「……久しぶりのユリッチとアズサッチと遊びたかったんだけど仕方ないね~」


 詩音にとって、シンに同行する『天宮さん』と『来栖さん』は同じクラスメイトの遊び友達だからな。

 冬休み中に、シンと相談してみんなで遊ぶ場を作ってもいいかもしれない。


「ミカナさんのことは、わたし達ができるだけサポートするから安心してね」


 愛紗が嫌な顔せず、可愛らしく微笑みながら言ってくれる。


 普段なら「麗ちゃんだけ、ずるい~」って感じに揉めそうだが、二人とも美架那さんの支援を何より優先してくれていようだ。


 本当にいい子達……だから俺は大切に、ずっと彼女達の傍にいたいと思っている。


「ありがとう、明日ミカナさんの件は愛紗と詩音に任せるよ。何かあったら連絡してくれよ」


 こうして明日の予定を決めることができた。


 それから麗花が代表して、リビングで飲んでいる夏純ネェと鞠莉さんに向けて、悪戯に俺の部屋を覗かないよう釘を刺してくれる。


 俺じゃイジられて終わってしまうオチだが、『塩姫』と化した麗花が言うと説得力があり、年上の二人でさえも「了解しました! 自粛させて頂きます!」と素直に応じていた。


 夏純ネェはともかく、あの元レディースである鞠莉さんまで従わせるとは、現役の生徒会長の威厳は半端ない。


 おかげで俺は安心して寝ることができ、『鳴子』も反応することがなかった。





 次の日。


 俺と麗花の二人は、待ち合わせ場所である駅前に来ていた。


 黒原が一番先に来ており、ぽっつんと立っている。

 元々目立たない男であり、景色と一体化していたので誤って無視するどころだったぞ。


「よぉ、黒原。随分と早いじゃないか?」


「……副会長、それに生徒会長、おはようございます。南野さんと北条さんは来れないんでしたっけ?」


「ああ、ミカナさんの件でね……知ってるだろ?」


「……はい。それと、やっと『勇者四天王』達を全コンプしたようでおめでとうございます」


 全コンプって何?

 レアカードを集めてきたみたいな言い方するのやめてくれよ。


「まぁ、心配してくれたという意味で受け止めておくよ。天馬先輩の件で、黒原にも助けてもらったからな……感謝しているよ」


「……いえ、僕は副会長を尊敬していますので(貴重なモル……ぶほっ、異端の勇者としてね)」


 何だろ、黒原の奴?

 さっきから俺に対して妙な視線を向けてくる。

 まるで実験動物モルモットを見るような目だ。


「にしても、浅野くん達は遅いわね?」


 麗花が腕時計を見ながら呟いていると、遠くから二人の男女が歩いて来た。


「うぃ~す! サキ、昨日はお疲れさん!」


「サキくん、また誘ってくれてありがとうね」


 リョウと千夏さんの親友カップルだ。

 

「二人共おはよう。千夏さんはリョウに家に行ったりしないの? 確か火野家から家族に認定されたんだよね?」


「……うん、クリスマス・イヴからは、ほとんど行ってないかなぁ。勇磨さんもいるし……だから、サキくんがこうして誘ってくれて嬉しいんだよ。それだけリョウくんと二人で歩けるから」


 尊い。


 尊いなぁ……千夏さん。

 リョウも頬を染めて無言になっているし。


 この黒原でさえ奇声を発しない清らかさが、このカップルにはあるんだ。



 その反面――


「待たせたな、サキ。それにみんなも……」


 シンが来た。


 しかも奴の両脇に天宮さんと来栖さんが一緒に歩いている。

 二人共、何気にシンが着ているジャンバーの袖を掴んでいた。

 思いっきり両手に花じゃねぇか?


 もう俺と麗花は知っているから驚かない。


 リョウと千夏さんも俺から聞いているので、「マジかよ~」程度で済んでいる。


 しかし、この男だけは違った。


「え? え? え? 浅野くん、天宮委員長と来栖さん? え? え?」


 目を見開き、ずっと「え?」を連呼している。


 あれ? こいつ、シン達の仲は知っている筈だよな?

 確か堅勇さんの家に行く際に説明したぞ。


「どうした、黒原? シン達のこと前に教えてやったろ?」


「はい、副会長……しかし、なんですか、あれ? 女の子二人に挟まれ、しかも互いにジャンバーの袖を摘まんで……何、Wピュアラブを満喫してんの、あいつ!?」


 しまいには、シンのこと「あいつ」と呼びだした。


「黒原君、誤解しないでほしい。前にも話しているが、ユウリとアズサは友達として心から大切にしているんだ」


「カァァァ!? 親し気に名前で呼んでんじゃん! 堂々と大切って言ってんじゃん! 何が誤解だ!? これまで同じ、ぼっち仲間と言ってたくせに、所詮はイケメンですかァッ!? ええ、そうですか、そうですかァァァァァッ!!!?」


「おい黒原、やめろよ! 別にいいだろ!?」


 目が血走りやばいくらい興奮しまくる黒原に、俺は制止を呼び掛ける。


「クソォッ、イケメンがァァァッ! これでも食らえぇ、ヒエェェェェェェェェェェェイィィィッ!!!」


 駄目だ……止められねぇ。


 もう、この男は置いて行こうと誰もが思った。




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