第209話 女神の母親に会ってみた
次の日、午前。
俺達は『遊井病院』へと足を運ばせた。
大智くんと萌衣ちゃんは嬉しそうに、美架那さんの手を引っ張って歩いている。
久しぶりにお母さんとゆっくり過ごせるので楽しそうだ。
「サキくんに愛ちゃん達、お母さん退院したらそのまま真っすぐ私達が住んでいるアパートに向かうからね」
「わかりました。責任持ってお手伝しますよ」
「ミィカさん。家の中とか、それ用に整備してるの~? 一応、ウチらも手伝うつもりだけどさぁ」
詩音は遠回しに聞いてくる。
要は、戻ろうとするアパートが介護が必要なお母さんに適した環境なのかと言いたいようだ。
「うん、退院前にリハビリの先生と相談して用具は借りているけどね……介護の仕方とか、珠美さんに助言もらおうと思って来てもらうことにしてるの。堅勇にも許可を貰った上よ」
堅勇さんのファミリ―であり介護ヘルパーの『
随分年上の大人の女性だけど、美架那さんとはバイト仲間だったらしい。
どうやら準備も万全のようだし、俺達が心配することはあまりないようだな。
本当は、お母さんも俺の家で面倒をっとお節介心もあったけど、流石に定員オーバーだ。
それに他人の家より、自分の家の方がかえって落ち着くかもしれない。
遊井病院前に辿り着く――。
「サキ君、気をつけてね!」
「いい? 何かあったら私達にすぐ連絡するのよ!」
「見つかったら、速攻で逃げて! サキ、逃げ足早いでしょ!?」
愛紗、麗花、詩音の三人はやたら俺を心配してくれる。
俺、美架那さん達と病院へ入るだけだよね?
決して危険地帯に入るわけじゃないよね?
確かに、遊井の両親とは『あの事件後』に会ったことはあるけど、もう俺のこと覚えてないだろ?
つーか、シカトすりゃ良くね?
俺は院内に入り、美架那さんの案内で病室へ向かう。
流石、成金病院だ。
ドラマを見ているかのように清潔感溢れる環境だと思った。
これだもん、あの『遊井 勇哉』も勘違いするわ。
今じゃ、カンボジアで僧侶の見習いとして立派に更生しているようだけどね。
そして、美架那さん達は病室へ入る。
俺は声を掛けられるまでドア前で待っていることにした。
「――お母さん、準備できてる?」
「ええ、大丈夫よ」
美架那さんの声掛けに、優しそうな声で返答が聞かれる。
大智くんと萌衣ちゃんが嬉しそうに声を弾ませ、その人に寄り添っているのが、ドア越しからでもわかった。
普段、俺達と何気に暮らしているけど、やっぱりお母さんが恋しかったんだろう。
「お母さん、サキくんに来てもらったんだけど、入ってもらっていいよね?」
「勿論よ、是非」
俺は美架那さんに「サキく~ん」と呼ばれ入室のOKを貰う。
緊張しつつ病室に入り、そっと顔を覗かせた。
美架那さんと、大智くんと萌衣ちゃんに寄り添われている大人の女性。
この人が美架那さんのお母さんか。
名前は、
彼女に良く似た、とても綺麗な人だ。
見ためも若そうで、三人のお子さんがいるようには見えない。
左半身に麻痺が残っていると聞いているであけあり、片足にプラスチックの装具をつけており、腕は動かせるが指先など不自由そうに見える。
これでも入院時からのリハビリで大分良くなったらしい。
またこの先の訓練次第では、自分一人で日常生活を営めるくらいの回復はできるそうだ。
「初めまして、神西 幸之です」
「神楽 美茄冬です。貴方がサキくんね……娘達が随分とお世話になりました」
「お母さん、お世話になったどころじゃないわ。本当に大恩人なんだからね」
「そうね、なんてお礼を言って良いのやら」
美架那さんに言葉に、美茄冬さんは涙ぐみながら頭を下げて見せる。
俺は慌てて両手を振った。
「お母さん、俺なら大丈夫です! それに、俺達の方こそミカナさんに色々と世話になっていて……その恩返しの意味もあるのですから!」
「愛紗ちゃん達と同じこと言うのね……本当、優しい人達ばかり。美架那は周囲の人達に恵まれて幸せね」
まぁ、それも彼女が持つ人徳ってところだろう。
昨日のうちに、美架那さんが手続きと準備をしてくれただけあり、その後はスムーズに退院の手続きがされる。
年明け頃に再入院となり、今度は回復期病棟へ過ごすことになるようだ。
確か3ヵ月の入院か……彼女の卒業式には間に合わないか。
それから、美架那さんが病院から車椅子を借り、美茄冬さんを移乗させた。
杖か歩行器で室内を歩く分には問題ないが、屋外はまだ無理らしい。
その訓練を含めての再入院ってわけだ。
美架那さんが後ろから車椅子を押し、俺は荷物持ちに徹した。
大智くんと萌衣ちゃんは嬉しそうにお母さんに付きまとっている。
傍から見ても、なんとも微笑ましい光景だ。
しかし、
「あら、美架那ちゃん。その人、彼氏~? 優しそうな人ねぇ?」
退院時の挨拶で、年配の看護師さんが俺を差して言ってくる。
「え? ええ~、違いますよぉ。まぁ、優しい人には違いないけど……」
「うふふ、お似合いよ。それじゃ頑張ってね」
恥ずかしいやら嬉しいやら。
美架那さんも否定しつつ、満更じゃなさそうにしているのは気のせいだろうか?
詩音が聞いたら、間違いなく全否定される状況だな。
そんな妙な勘繰りと勘違いをしてくれる看護師さんに頭を下げ、俺達は玄関を出て外で待っていた愛紗達と合流し、美架那さんが住む自宅アパートへと向かった。
駅から近く、昭和時代を漂わせる古めの建物。
しかしながら頑丈な造りであり、美架那さんが「ボロアパート」と自虐する程の「ボロ」ではないと思った。
「よりによって、私達の部屋って二階の奥側なのよね」
美架那さんは溜息を吐きながら教えてくれる。
防犯上なら一階より良さそうだが、今の
誰かが介助すれば、なんとか歩いて階段の昇降りはできそうだけど。
美架那さんを中心に、愛紗達が手伝って美茄冬さんを介助する。
特に愛紗は手際よく、サポートしてくれている。
流石、現役の看護師を母に持つ娘だ。
俺はもっぱら力仕事で荷物と車椅子を二階まで運ぶ。
その気になれば、美茄冬さんくらいお姫様抱っこして行けるけど、なんか失礼にあたると思いあえて進言しなかった。
無事に部屋に戻ることができ、俺達は居間で一休みする。
玄関を入ってすぐ台所があり、他に二部屋ほどある家族用のこぢんまりとした間取り。
綺麗に片付けられて、色彩溢れるカラフルなカーテンで仕切られていた。
最小限のおしゃれというか、センスの良さは美架那さんっぽいと感じる。
「ありがとう、みんなぁ。やっぱ、来てもらって正解だったよ~。私達だけじゃ、もっと大変な思いしていたから……」
美架那さんは笑顔で俺達にお礼を言ってきた。
そう言ってくれると、俺達もついて来た甲斐もある。
「これからリハビリが進めば、今よりスムーズに行けると思いますけど、お母さん一人だと不安ですね……」
「そうだね……私が働いて、もう少し稼げるようになったら引っ越しも考えるわ」
「ミィカさん、就職希望だっけ? モデル続けるんでしょ?」
同じモデル仲間である詩音が聞いてくる。
「そうよ、元々専属だからね。学生だったから、セーブしていた部分をこなすようにして、割のいいアルバイトと併用して行こうかと思っているの。前にも話したけど、萌衣達が高校を卒業するまで頑張るつもりよ」
相変わらずのたくましさ。
やっぱり、美架那さんには敵わない。
いくら大富豪の息子である天馬先輩達が好意を寄せようと簡単に靡かないわけだ。
彼女にとって『お金』とは、自分達の生活を継続させる手段であり、そもそも贅沢を好む女子ではない。
それから俺達は雑談を交え、お正月旅行の打ち合わせを行う。
「では大晦日の午前中に迎えにきますね。旅館の移動は駅からバスになりますけど、念のため車椅子も持って行きましょう。力関係は俺がいれば問題ないので……夏純ネェもいますので」
その為に日頃鍛えていると言っても過言じゃない。
筋肉は無駄にしちゃいけないだろう。
「ありがとう。家族で年末年始の旅行なんて初めてだから楽しみにしてるよ、サキくん」
優しく微笑んでくれる、美架那さん。
素敵すぎて、つい舞い上がってしまいそうだ。
いかん、いかん……浮かれてばかりもいられない。
午後からは、リョウとシンの三人で燿平のお見舞いがてらに報告しに行こうと思っているのだ。
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