第208話 女神と三美神のやり取り




「まだ色々あるようだけど、とりあえずは無事に解決に至ったようで良かったわ」


 みんなの話を黙って聞いていた、麗花が口を開く。

 俺もそのことについては、ホッとしている。


「そうだね、麗花。これでようやく普通の冬休みが過ごせそうだよ。無事に年も越せそうだ」


「んじゃ、これから色々外出プラン立ててもいいよね~、サキぃ?」


「そうだな、詩音。でも学業に支障ない程度にな。特に詩音は『勉強合宿』って名目で家に泊まりに来ているんだからな」


 まぁ、成績落としたのは泊まりに来る口実を作るためのわざとらしいけどな。


「でも、サキくんとミカナさんがこうして無事だったのは、火野くんと浅野くんに三年生の皆さんのおかげですね……本当にありがとうございます」


 愛紗が自分のことのように、リョウ達に向けて頭を下げて見せる。

 なんか保護者目線のような気がした。

 彼女も母性的な所があるからな……。


「気にしないでくれ、愛紗ちゃん。みんな、それぞれ思惑があったことだからな……それにヤンキーから足を洗った身としては、決して褒められるようなことはしてねぇ」


 リョウは謙遜している。

 元ヤンとはいえ、後輩の敵討ちにわざわざ隣町で殴り込みに行ったことに悲観しているのか?

 仮にもプロボクサーを目指している身でもあるからな。


 だから余計、俺が加入することを拒んでくれたのかもしれない。


「南野さん、俺も問題ない。暴力で大切な領域を侵してくる奴を暴力で制圧しただけだ。この面子だからか、思ったほど経験値にはならなかったがな」


 シンは対照的なことを言っている。

 経験値って、まるで戦闘マシーンじゃん。


 よく見たら、一人だけ変わった格好をしている。

 リョウが言うには『戦闘服』らしい。

 なんでも、あらいる箇所に『暗器』を隠し持っているようだ。


 もうマジやばくね、こいつ……。


「とりあえず、神西とミカナが無事で何よりだぜ。茶近の件は俺達に任せて、神西は冬休みを満喫してくれ。ミカナもお袋さんを大事にな……何かあったら、いつでも相談してくれよ。俺はもう少し火野ん家で修業すっからよ」


 天馬先輩は話をまとめ、親指を立てて見せる。

 やっぱり冬休み中、ずっとリョウの家に居座るつもりらしい。


 ところでなんの修業なんだろ?

 聞きようによっては山籠もり感覚だな。


「ありがとう天馬……その時はお願いね」


 美架那さんも了承し、ニッコリと微笑みを浮かべる。

 以前なら絶対に頼ろうとしなかったが、今回の件でお互いに以前とは違った関係を築いている感じだ。


 何か俺も肩の荷が下りた感じもする。

 色々ありすぎて疲れたわ……。



 それからリョウ達は帰宅し、俺達だけとなった。

 


「本当に皆さん、私の友達がご迷惑お掛けしました――」


 突然、美架那さんは深々と頭を下げて見せる。


「やめてくださいよ……ミカナさんが迷惑かけたわけじゃないでしょ?」


「私は私で個人的にサキくんと三人に迷惑をかけているけどね……」


「それは言わない約束ですよ」


「そんな約束したことないじゃん」


 美架那さんは冗談っぽく言い、俺と一緒に笑い合う。

 ホッとしたのか、とてもふんわりとした優しい雰囲気。


「……ちょっと二人ともいい感じなんですけど~!」


 相変わらず勘の鋭いのが詩音って子だ。

 頬を膨らませながら、俺の隣に座り腕を絡ませてくる。


「おい、詩音……」


「いいの!」


 いや、俺はいいけど、愛紗や麗花だって見ているわけだし……。

 っと思って、二人をチラ見する。


 おや? 愛紗も麗花も黙認しているのか、詩音に対して何も言ってこない。

 落ち着いた表情でお茶を飲んでいる。

 いつもなら、この辺でコントが始まるのに……何故だ?


「……しぃちゃん、私はそういうつもりないから誤解しないでね」


 美架那さんは詩音に向けて、やんわりとした口調で言っている。


 詩音は絡ませた腕を緩ませて、そっと俺から離れていく。


「ミィカさん……ごめん。あたし、ミィカさんのこと好きだし尊敬もしている……でも、こればっかりは譲れないから」


「うん、わかってるよ。愛ちゃんも麗ちゃんも大丈夫だからね」


「ミカナさん……ごめんなさい」


 何故か申し訳なさそうに謝る、愛紗。


「考えてみれば私達がどうこう言うべき話じゃないし……あくまで個人の自由ですから」


 麗花は何が言いたいのか、俺にはさっぱりわからない。

 三人の中で美架那さんに対して不満でもあったのだろうか?


「でも、ミィカさんが相手となると、あたし達じゃ絶対に勝ち目ないし……」


 詩音がぐすっと鼻を鳴らしている。

 よく見ると、瞳を潤ませ鼻先が赤くなっていた。

 まさか泣いているのか?

 真っ白な肌だから余計に目立ってしまっている。


 さっきとは一変して空気が重い。

 問題は解決した筈なのに、何か違う問題が発展したような感じだ。


 何だろ……俺のせい?


「ごめんね……サキ」


 詩音が俺に謝ってくる。

 上目遣いで、じっと見つめ「嫌いにならないでね」と言わんばかりだ。


 その表情に、俺は胸の奥がぎゅと絞られる。

 悟られないよう、微笑みかけてみた。


「俺は大丈夫だよ、詩音。でも、俺のわがままだけど、みんな仲良くしてほしい……明日には、ミカナさんのお母さんが退院する日だし、正月の旅行だってあるんだからね」


 出来るだけ、やんわりとした口調で言う。


 基本、三人はいい子なので「うん、そうだね」と了承してくれた。

 きっと一番悪いのは、いつまでもはっきりしない俺なんだろうけど……。


 詩音じゃないけど、愛紗や麗花も俺のこと、ずっと待ってくれているだけに、何か察するモノがあるんだと思う。


 三人とも美架那さんのことが好きなだけに、その素敵さも熟知している分、危機感を抱いているのかな?


 美架那さんが超強力なライバルになり得ると――。


 だけど、俺は直接彼女に何か言われたわけじゃないし、今の言動から「その気ない」みたいなことまで言われたわけだし……。

 みんなが変な方向に曲がって険悪になるのだけは嫌だな……。


「――ミカナさん、明日お母さんの退院のお手伝い、わたし達もお手伝いしてもいいですか?」


 愛紗がナイスな提案をしてくる。


「え? 愛紗ちゃん達が……うん、大智達も連れて行こうと思っているから、私だけじゃ不安だから助かるけど……」


「良かった。俺もそう思って、午前中空けて置いたんです。一度、お母さんに挨拶したいし、男手も必要でしょ?」


「そういえば、サキくんって私のお母さんに直接会ったことなかったね……わかった。お願いできる?」


 美架那さんに言われ、俺は快く頷いて見せる。


「それじゃ、決まりね。私と愛紗と詩音は病院の玄関付近で待機しているから、サキ君はミカナさんについて行ってあげてね」


「ん? 麗花、どうして? みんなで病室まで行こーよ」


「サキ~、今回ウチらは変装していかないから、あの病院には入りたくないんだよ~」


 詩音の説明で、俺はなんとなく理解する。


 要はいわくつきの『遊井病院』に入って、自分達だとバレたくないらしい。

 仕方ないとはいえ、本当に嫌なんだなっと思った。


「そうそう、しぃちゃんじゃないけど、あの病院やっぱ可笑しいのよぉ」


 美架那さんが「ねーねー、ちょっと聞いてよ奥さん」っと言わんばかりに手招きしている。

 なんでも茶近先輩が駆け込んだ際に病院側の対応がVIP過ぎて呆れたらしい。


 そういえば、堅勇さんも「ボクら富裕層には融通が利く病院」だと言ってたな。

 つまり一定以上の上級国民には特別扱いをしてくれるようだ。


 でも庶民の俺達じゃ糞みたいな話だけどな。


「でしょ~、ミィカさん! だからいくら問題起こしても潰れそうで潰れないのよ~、あそこ!」


 詩音がノリノリでぶっちゃけてくる。


「わたしのお母さんも、そういう部分があるって言ってたよ。だから辞めて正解だったみたい」


 愛紗の母親である『愛菜さん』も看護師として嘗て勤めていたからな。

 それを言うと、麗花のお父さんも医師としていたんだっけ。


「遠く離れちゃったけど、私の父も移動して良かったって言ってるわ……だけど、ミカナさん、やっぱりリハビリする病院変えた方がいいんじゃない?」


「一瞬、過ったけどね……でもその分、腕のいい医者とスタッフが沢山いるのは確かね。私のお母さんも良くなっているし、患者には影響ないと思って割り切っているわ」


 流石、美架那さんはたくましくて合理的だな。


 けどおかげで、重かった空気が軽くなった。

 この辺が彼女の魅力なんだと思う。


 話のネタで場を明るくしてくれた部分では、『遊井病院』に唯一感謝だな。




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