第207話 終息と新たな問題




 あれから間もなく、美架那さんが戻って来た。


「……サキくん、茶近は?」


「ミカナさんとの『約束』を守ると言って行ってしまいました……警察へ」


「そう……サキくん、あいつに何かされてない?」


「ええ、話し合いで終わりました。ミカナさんのことよろしくって」


 少しだけ嘘をつく。


 満身創痍の怪我人と喧嘩したとは言えないし、ましてや美架那さんが俺に好意を抱いているかもしれないなんてことは、本人に話すわけにはいかない。


 それに俺自身も明確な答えは出せていないから。


「ごめんね。結局、キミにばかり迷惑を掛けてしまって……何から何まで」


「いや、俺が望んだことでもあるし……それに予めミカナさんが自然体の普段通りに勇岬先輩に関わってくれたからこそ、あの人も頭を冷やして穏やかな気持ちになれたと思います」


「まぁ、あんな奴でも大切な友達には変わりないからね……友達として出来ることをしたまでだよ」


 きっとこの辺が、美架那さんが『女神』と呼ばれる所以だと思う。

 どんな相手にも分け隔てなく接し、人を明るい気持ちにさせてくれる。


 だから、みんな彼女を好きになる。


 俺だってその一人だ。

 でなければ、ここまで身を削ってまで深入りはしない。


 美架那さんは、たとえ周囲から浮いてしまおうと頑張って天馬先輩達を暴走させないよう、彼らと向き合ってまとめ上げてきたんだ。

 

 たった一人で……三年間も。


 自分だって女子高生らしいこともしたかっただろうに、高校生活のほとんどがそこに費やしたようなものだ。


 天馬先輩達も、そんな美架那さんを好きになる。

 シンデレラを夢見る女子達なら王子様のような存在である彼らから寄せられる好意。

 普通ならロマンスの一つでもある筈だ。


 けど、美架那さんは決して靡かない。


 それは彼女に誇りプライドがあるからだ。

 これまで一人で頑張り、家族を支えてきたという誇りプライドである。


 確かに天馬先輩達を頼れば生活も楽になり、上手く行けば全て満たされるようになるはずだ。


 しかし、美架那さんにはその選択しはなかった。

 富裕層である彼らへの劣等感で距離を置いているかと思っていたが、それは違っていた。

 

 天馬先輩達のことを「大切な友達」だと思うからこそ、余計に彼らの好意を利用するような真似をしなかったのだと思う。


 だからこそ、茶近先輩の悪行や素行を知っても、美架那さんは普段通りに接することができたのだろう。


 そういえば、勇魁さんの時や堅勇さんの時も同じだった。


 ようやく美架那さんの気持ちは彼らに伝わり、特に茶近先輩も気持ちを改めることができたようだ。


 でなきゃ、今頃はもっと最悪な鬱展開になっていたと思う。


 以前の『王田 勇星』のように、愛紗を人質にとったり、『遊井 勇哉』のようにいきなりナイフを持って襲いかかったり……。


 もっと傷つき、嫌な気持ちで終わっていたに違いない。


 俺のお節介もあるけど、一番の功労者は美架那さんだと思う。


 本当に強く素敵な先輩……いや女性だ。


 そんな美架那さんが……俺のこと異性として好意を持ってくれている。


 妄想と疑惑が確信になろうとしている今、俺はどう向き合っていくべきか。

 

 愛紗達のことも含め、真剣に考えなければならない……。


 とりあえずは、


「――帰りましょう、ミカナさん。俺の家に」


「うん」


 こうして、俺と美架那さんは無事に帰宅することができた。





 それから間もなく、リョウ達が駆け付けて来てくれる。


 俺は愛紗達も呼び、全員をリビングに集めた。

 ちなみに大智くんと萌衣ちゃんは、夏純ネェが自分の部屋で面倒を見てもらっている。



 話せる場を作り、あとは俺と美架那さんで茶近先輩の件を説明した。



「……そっか。俺らが来る前にそんなことがあったのか。あれだけ往生際の悪かった奴がね……まぁ、サキと神楽さんが無事でこうして説明してくれているんだから、ガチなんだろう」


 リョウは腕を組みながら納得して見せる。

 どこか不満気の様子もある。


 本当は自分が、茶近先輩を仕留めたかったんだろう。

 耀平の仇として。


 美架那さんと愛紗達の手前もあり、俺と茶近先輩が戦ったことは説明してないから、後でこっそり教えてやるか。


「ところで、リョウ。堅勇さんは無事なのか?」


「俺は詳しくは知らねえ……壱角先輩がやり取りしていたっすよね?」


「ああ、無事のようだ。ファミリーの一人である『流羽るわ』って子に手当を受けてから、ホテルのスィートルームで1泊してからこっちに戻るらしい」


 ホテルのスィートルームだと?

 なんか一番イラっとするな。


「どうして、そのファミリーの子の家に泊まらないんですか? 付き合っているなら別に……」


「堅勇曰く、『ルウちゃんとは、そういう契約をしていない』らしいよ。彼のファミリーは必ずしも男女の関係ってわけじゃないからね。中には利害が一致して付き合っている子や、夢を応援するスポンサーになっている子もいる。堅勇は年齢問わず気に入った女性に奉仕するのが好きなようだ」


 言われてみれば、自宅で会った『園部そのべ 珠美たまみ』さんも疑似家族的な関係なんだっけ。


 他人事とはいえ、なんか凄いよな。

 俺も参考にして良いのやら悪いのやら……。


「無事だってなら、堅勇のことはいいだろ? 元々自由な奴だ……それより『T-レックス』の連中はどうなってんだ?」


 天馬先輩が、勇魁さんに聞いてくる。


「堅勇と流羽って子の二人で地元の警察を呼び、全員連行され補導されたようだ。倉庫内で、大勢の不良同士が抗争事件を起こしているってね。実際に行ったら、マークされている喧嘩チーム全員が倒れている状況だ。しかも、そこが連中の根城アジトだからね……さぞ警察も驚いただろう」


「それで、連中はどうなるんですか?」


「さぁね。全員未成年だから、そう簡単に逮捕には至らないだろう。手当と事情聴取されて終わりかな? まぁ、過去に窃盗とか傷害で余罪がある奴なら、そのまま捕まるだろうね……根城アジトも失うだろうし、どの道『T-レックス』は壊滅じゃないか」


「リョウ、一応は主犯格リーダーも自首させたことだし、敵討ちをしたってことで明日にでも後輩に報告にでも行くか?」


 シンが言ってきた。


「耀平にか? ああ、いいな……サキも行くか?」


「午前中はちょっと用事が……午後なら行くよ」


「そうか、わかった。そうしようぜ」


 何気に明日の予定が決まる。


 明日の午前中に、美架那さんのお母さんが退院する予定らしい。

 まだ彼女には言ってないけど、俺も付き添おうかと思っている。


 退院するのに荷物も多いだろうし、きっと男手も必要だろう。

 それに正月旅行の件もあるから、今のうちに挨拶くらいしておきたいしな。


「茶近が今後どうなるかはわからねぇな……学校なら俺が圧力掛けて退学はさせねーけどな」


「天馬……僕なんかが言えた義理じゃないが、それが茶近のためになるかどうか……その件に関しては、一度、堅勇を交えて茶近と四人で話し合った方がいいだろう。しかし、問題は――」


「茶近の家な……あそこは特殊な家柄だと聞く」


 勇魁さんと天馬先輩の二人が懸念している。


「茶道の家元ですよね? 本人からもチラっと聞きましたけど、相当厳粛だと聞いています」


「そうだな。俺は会ったことはねぇけど、堅勇の話じゃ両親や姉妹も茶近みたいに、いつもへらへら笑っているようだ。想像したら薄気味悪りぃけどな……」


「しかも厳粛を通り越して幼い頃から、虐待紛いな教育も受けていたようだね。茶近が歪んだ要因もそこにあるようだ」


 う~ん。


 天馬先輩と勇魁さんが言うのだから、相当なモノなのだろうか?

 だからと言って、これまでの何もかもが許されるってわけじゃないけどね。

 

 まぁ、茶近先輩の今後については、堅勇さんを含めた彼らに一任しよう。


 しかし、ようやく揉め事は終息しつつあるけど、三年生にとって問題はまだ幾つか残っているようだ。




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