第206話 挑まれ戦いと決着の果て




 突然、茶近先輩に戦いを挑まれてしまった。


 最初から俺を陥れる目的とかじゃなく、俺の曖昧な返答に納得せず言ってきたように感じる。


 全ては美架那さんの幸せのためらしい――。


 だけど本当に彼女が俺に異性として好意を持っているならともかく、あくまで「かもしれない」的な範囲の話だった筈。


 なのに、どうしてこんな展開になるんだ?


 いくら俺がパッとしない優柔不断な奴とはいえ。


 それに――。


勇岬ゆうさき先輩……その身体で、俺とやり合えるんですか?」


 いくら古武道の達人ったって、一人で歩くのも辛そうな身形だ。

 確か医者からも安静にするよう言われているんだよな?


「舐めんじゃねーよ。『勇岬流柔術』は戦国時代から脈々と受け継がれた武道だ。たとえ片腕や片足を失った瀕死の状態だろうと、相手を葬ったり相打ちで道ずれにする技は存在するんだぜ!」


 かなり物騒なことを言ってくる。

 けどハッタリには聞こえない。


 今の茶近先輩ならその覚悟を辞さない強い意志を感じてしまう。

 普段のニヤつき顔でない真剣な表情。


 ――決意に秘めた澄んだ瞳。


 俺に対しての逆恨みや嫉妬心からではない。


 美架那さんの幸せを願っての行動なのか?

 それとも俺の気持ちを試そうとしているのか?


 この先輩が満身創痍の状態でここまでするってことは、それほどまで美架那さんが好きだってことと……。


 同時に美架那さんは俺のことを――。


「立てよ、神西! お前が何もしないのなら、このまま俺がミカちゃんを奪う! 俺を退けるくらいの根性と意志を持って、彼女を守ってみせろよ、ああ!?」


 茶近先輩は俺を煽ってくる。


 正直、迷っている……。


 挑戦を受けることじゃない。


 美架那さんの想いに対して……俺はどう応えたらいい?

 けど、また本人に直接何か言われたわけじゃないし。


 それに俺がこのまま拒んでいたら、美架那さんと交わした『約束』をそっちのけで形振り構わず奪いに行きそうだ。


 今は諭された聖人みたいな雰囲気でも、これまでやらかしてきた事を忘れてはいけない。


 耀平に対しても――


「わかりました……満身創痍でも手加減しませんよ」


 俺は立ち上がり、羽織っていたコートを脱いだ。


「よし、神西それでいい! かかって来いよ!」


 茶近先輩は腰を落とし背筋を伸ばし身構える。


 まるで刀を持たない剣士のような構え。

 合気道にも見えなくもない。


 しかし、やはり身体的ダメージが深いのか、両足が生まれたての小鹿のように震えている。

 立っているのがやっとじゃないのか?


 俺は足を使いフットワークを活かしながら身体を温める。


 クリスマスイヴ以降、雪は降ってなく地面は溶けているので足元が滑ることはない。

 しかし時季的に、ベストな状態で戦える環境じゃない。

 車とて寒気の中では、エンジンを温めなければ性能を発揮できないのと同じだ。


 だが茶近先輩は何か違う。


 彼が言うように、どんな状態でもベストなパフォーマンスで戦える。そんな内に秘めた何かを感じる。


 俺のボクシングスタイルが『動』なら、茶近先輩の勇岬流柔術とやらは『静』。

 洋と和の歴史と文化違うように、対極な側面があるようだ。


「――勇岬ゆうさき先輩、行きますよ!」


 いちいち言わなくてもいいのに許可を求めてしまう、俺。

 相手の状態だけに、可能な限りフェアでありたいという気持ちが強く出てしまった。



 ダッ!



 俺は瞬発力を活かし疾走し、瞬時に間合いへと踏み込んだ。


 茶近先輩は両腕を翳し、手の甲で口元を塞ぎ防御態勢を取る。

 俺が得意とする顎先へのジャブを警戒したようだ。

 あるいはジャブを打ってきた瞬間に、手首を取り関節技を極めて投げられるか。


 そんな見え透いた部位に拳を打つほどお人好しではない――。



 ギュン!



 筋力を活かし踏み込む左足と腰を捻った。


 茶近先輩の左脇腹に目掛けて、ボディブローを放つ。


「ぐはっ!」


 俺の左拳が見事なまでに脇腹を抉る。


 素手だから案外、肋骨を何本か折ったかもしれない。

 やっぱり手加減するべきだったか……。


 良心が咎め、そう思った時――!


「どこでいいから、踏み込んで打ってくるのを待ってたぜ!」


 茶近先輩は歓喜の声を上げ、俺の左腕を掴んだ。

 瞬時に左手首を捻り関節が極められ、俺の身体は抵抗できずに持って行かれる。


 しまった――これは!?


 それは腕力の『力』じゃない。

 俺の肉体構造を熟知され支配されていく感覚だ。


 誘導通りに動かなければ、左手首ごと腕がへし折られてしまうため、そうせざるを得ない事態となっている。


 ならば――!


 俺は支配される前の先へ進むことにした。


 完全に捻られ投げられる前に、踏み込み前転する。


 無論、前転なんて初めての試み。


 しかし普段、麗花のコーチングで鍛えられた肉体と体幹なら可能な筈だと思った。



 そして――。



「な、なんだと!?」


 茶近先輩は驚愕する。



 ――上手く行った。



 片膝を地面につく不格好な着地だが、少なくても極められた関節技が解かれている。

 結果、両手で左手を掴まれ握手されたような間抜けな絵面となっていた。


「俺のターンですよ!」



 ガッ!



 零距離での、右肘鉄を顔面に浴びせる。


「ぶほっ!」


 茶近先輩は俺の手を離し地面に倒れた。

 気を失ってないが、とても戦いを続行できる状態ではない。

 きっと脇腹も折れているようだし、また病院に行かなきゃならないだろう。


「ぐっ、ぐぉ……」


 それでも茶近先輩は身体を震わせながら立ち上がろうとする。


 俺は距離を置き、その姿を見据えた。


「もう、やめませんか?」


 無駄かもしれないと思いつつ聞いてみる。


 しかし意外にも茶近先輩は素直に頷いた。


「そ、そだな……やっぱ神西、強えー!」


 おどけた口調と、普段通りにへらへらと笑みを浮かべる。


「そんなこと……万全だったらわかりませんよ」


「だが勝ったのはお前だ……神西。見事ミカちゃんを守り抜いたってわけだ」


 何故か褒め称えてくる、茶近先輩。


 その通りなんだけど、トラブルを巻き起こした元凶の男に言われると調子が狂ってしまう。


 とりあえず、もう敵意はないと判断するべきか……。


「とりあえず、ベンチに座りましょう? 俺の肩かしますよ……攻撃しかけてきたら反撃しますけど」


「悪りぃな……もう、その気力はねーよ」


 俺は茶近先輩の肩を抱き、ベンチへと誘導して座らせる。


「もう一度、病院へ行った方がいい……肋骨が折れているかもしれません」


「わざと隙を作って打たせたんだ。そんなやわな鍛え方はされてねーよ……それにミカちゃんとの『約束』もある。そっちが優先だ」


「……そうですか」


 なら俺が口を出すことじゃないと思った。


「なぁ、神西……」


「はい?」


「ミカちゃんは自分の気持ちを抑えて割り切っている……きっと、自分の家庭のことや俺らがやらかしたことで引け目を感じているんだ。もう神西が誰を選ぼうと、ミカちゃんとどうなるかは問わないし、俺こそ問う資格すらない……だけどよぉ」


「だけど?」


「曖昧にして、ミカちゃんを泣かせるのだけはやめてくれ。振るなら振るで、潔く後腐れなく振ってやってほしいんだ」


 茶近先輩は切なそうに俺を見つめ懇願してきた。


 意外過ぎる言葉に、俺は目を見開き硬直する。


 ――とても深く突き刺さる言葉。


 それは美架那さんだけじゃなく、愛紗達にも言えることだから……。


「わかりました。ミカナさんを悲しませるような真似はいたしません」


 思わず約束してしまう。


 いや、そうするべきだと思った。


 俺だって中途半端な気持ちで、ここまで踏み込んだわけじゃない。


 まだ、どうするかは考えてないけど……俺は誰一人として無下に悲しませたりしない。


 どの子でも俺なりの誠意を込めて関わっていきたいんだ。


「それを聞いて安心したわ~」


 茶近先輩は立ち上がり、ふらふらと歩き出す。


「どこ行くんですか?」


「あと5分くらいで、20分になる頃だ。ミカちゃんとの『約束』通り、このまま『警察』に行くぜ~」


 そう、それが――美架那さんと茶近先輩が取り交わした『約束』だ。


 隣町を騒がした喧嘩チーム『T-レックス』のリーダーとして自主する形で、警察の事情聴取を受けること。


「まぁ、地元じゃバレたくないから、隣町で暴れている内に結成されたチームだ。別に半グレでもヤクザとの繋がりもねーし、鬼頭以外の連中は不良同士の喧嘩以外、特に騒ぎを起こしてねえ筈だ。俺も含めてな……だがメンバー達が連行されているなら、リーダーの俺も行くのが筋ってもんだろ?」


「勇岬先輩……」


「じゃあな、神西……悪かったな。美架那を泣かすんじゃねーぞ」


 茶近先輩は振り向かず、手だけ振って見せる。


 俺の前から姿を消して行った。




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