第205話 満身創痍の勇者に問われる




 あれから間もなく、再び美架那さんから連絡が入る。


 なんでも茶近先輩が俺に話があるそうだ。


 一瞬、罠なのか?

 実は美架那さんは人質になって脅されて言わされているのか?


 そう過ってしまった。


 だけど、彼女の口調は穏やかで緊迫した様子はない。

 しかも、茶近先輩は美架那さんと『ある約束』を交わしており、俺にその内容を教えてくれる。



「――それ本当なんですか、ミカナさん?」


『信じられないのは当然だよね……けど、茶近は確かに私とそう約束したわ。だから、こうしてサキくんに相談しているんだけどね』


「どちらにせよ、俺はミカナさんを迎えに行くと決めてたのでいいですよ」


『ありがとう……じゃ、公園で待ち合わせでいい?』


「公園?」


『ほら、前に勇魁とやり合った場所だよ。サキくん家の近くにある……茶近が、そう指定しているのよ。病院内じゃ話しづらいって』


「ええ、わかりました。何かあったら連絡ください」


 俺は了承し、連絡を切った。


 何らかの意図があるのは確かだけど……さっぱり読めない。

 これまでがこれまでなので、正直『約束』なんて信用できたもんじゃない。


 渋滞に巻き込まれたリョウ達が戻って来るまで、まだ時間が掛かりそうだし……。

 だけど美架那さんがいる以上、行かないわけにはいかないだろう。


 俺は愛紗達に「ミカナさんを迎えに行く」旨を伝え外に出る。

 事情を知らない彼女達は特に嫌な顔せず了承してくれた。


 まぁ、嘘はついてないんだけどね……。




 公園に行くと、まだ美架那さんと茶近先輩の姿はない。

 家から近くだからか、早く着き過ぎたようだ。


 近くのコンビニで時間を潰していると、美架那さんから連絡が入り直ち公園へ向かった。




 人気のない公園に佇む、二人の影。


 一人は如何にもバイト帰りで私服姿の美架那さん。


 もう一人は、顔中や首元や手の甲に絆創膏やガーゼ等が当てられ、痛々しい傷が目立つ茶近先輩。

 その傷の大半は、堅勇さんの『改造フルーレレイピア』によるものだ。



 二人は俺を見るや否や、こっちに向けて歩いて来る。


 茶近先輩は片足を引きずり、美架那さんが腕を支えていた。

 少し羨ましい絵面だと思いつつ、茶近先輩のダメージは相当なものだと理解する。


 相当、堅勇先輩に容赦なく叩き込まれたのが窺えた。


「ミカナさん……」


「サキくん……呼び出してごめんね」


 どこか悲しそうな表情で申し訳なさそうに言ってくる。


 そんな顔しなくても……。


 寧ろ、偶然にせよ美架那さんと会えてきちんと向き合ってくれたから、茶近先輩は邪な気持ちを改めて踏み止められたのだと思う。


 でなければ、今頃どうなっていたことか……。


「――ミカちゃん。悪いけど少しの間だけ、神西と二人っきりは話させてくれない?」


「駄目よ。話合いなら、私も立ち会う。サキくんに何かあったら目も当てられないわ!」


「……この状況見てくれよぉ。今の俺が神西に危害を加えられる状況じゃねぇじゃん。それにほら――」


 茶近は傷だらけの痛々しい手で、腰元とズボンのポケットから何かを取り出した。


 一つはスタンガンだった。

 それと玩具の擲弾グレネードのようだ。


「俺の手持ちの武器……これをミカちゃんにあげるよ。痴漢撃退用に使ってくれよ」


「……このスプレー缶みたいなモノは何?」


スタングレネード閃光発音筒。勿論、本物じゃないよ。俺が暇つぶしにそれっぽく改造したんだ。火野達の目をくらませることができたから実用性はバッチリだよ~ん」


 何、明るい口調で言ってんの、こいつ?

 もろ危険人物じゃねーか!?


 堅勇さんといい、俺らの学校の三年生ろくな先輩いねーっ!


「わかったわ、一応もらっておくけど……」


 美架那さんは武器を受け取りつつ、俺の方をチラ見する。


「構いません。仮に何かされても、素手なら負けませんので」


 男らしく言ってみる。

 本心じゃ、何か企んでいそうで不安でいっぱいだけど。

 だからと言って、この状況で「美架那さんが傍にいないと困りますぅ!」とも言えない。


 まぁ、茶近先輩のダメージはフェイクじゃないし、何か仕掛けられても勝てる自信があるのも確かだ。


「……うん、わかった。近くのコンビニで待機してるわ。その代わり20分だけよ。サキくん、何かあったらすぐに連絡してね」


 美架那さんは茶近から離れ、俺に向けて手を振ってコンビニへと向かった。

 徒歩で5分。走れば3分くらいの場所だ。



 そして人気のない公園に、俺と茶近先輩の二人だけとなる。


「――神西。こうしてお前と二人っきりで話すのって初めてだよな?」


「そうですね……」


「なぁ、ベンチに座って話さないか? 一応、医者から安静を条件に退院を認めてもらってんだ。結構、一人で立ちっぱなしって辛いんだよ」


「わかりました……手を貸しますか?」


「いらねぇ」


 速攻で拒否され、俺と茶近先輩は近くのベンチへ座った。


 その間も彼は足を引きずって辛そうだ。


 けど考えてみりゃ、スタングレネード閃光発音筒を使ったとはいえ、ボロボロの状態でもリョウ達から見事に逃げ切っているからな。


 本当は戦える余力は残っているのかもしれない。


 そう勘繰りながら、茶近先輩の些細な動きに注目する。

 今のところ演技らしい動作は見られなかった。


「……それで俺に話って?」


「率直に聞くぜ。ミカちゃん……いや美架那のこと、どう思っているんだ?」


 またその話かと思いつつ、


「色々と恩のある……尊敬すべき先輩であり友達です」


 マニュアルに沿った、あからさまの返答をする。


「俺はそういう返答を求めちゃいない。美架那を女としてどう思っているかっと聞いているんだ!」


「それは……」


 言葉を詰まらせる。


 実際、迷っているからだ。


 自分自身の答えを――。


 愛紗達のことで、散々迷走している俺が……美架那さんと?


「正直、素敵な女性だと思います。いつも眩しいくらいに輝いていて……本当に『女神』のような人……俺なんかじゃ勿体ないくらいだと」


「好きなのか、付き合いたいと思っているのか?」


「……好意はあります。でも俺には、ずっと待っていてくれる子達がいて……彼女達を蔑ろにして、ミカナさんを選ぶわけにはいかないという気持ちもあります。それにミカナさんだって、俺のことどう思っているか……」


「もし、美架那がお前のこと好きだったらどうするんだよ?」


「え?」


「答えろよ、神西 幸之」


 茶近先輩に問い詰められ、俺は戸惑う。


「……わかりません。そうなってみないと」


 先輩達から色々言われているけど、実際に美架那さんから言われたわけじゃないし。

 やっぱり俺には大切な愛紗達を飛び越えて、美架那さんというわけには……。


「――俺はミカちゃんが好きだ」


 茶近先輩はきっぱりと言い切る。


「そ、そうですか……」


「本当なら俺が奪ってやりてぇ! 力づくでもいいと思っている!」


「そんなこと、俺がさせませんよ。優柔不断な俺でもこれだけは、はっきり言えます! ミカナさんを不幸にさせる真似だけは絶対にさせない!」


「ああ、わかっている……久しぶりに彼女に会って、普段通りに接してもらって、そういう邪念が清められちまったっていうか……萎えちまった。あいつは……美架那には幸せになってほしい。心からそう思っちまった。だから、あいつには包み隠さず全てを打ち明けたんだ」


勇岬ゆうさき先輩……」


「それでも美架那は普通に俺を大切な『友達』として傍にいてくれた……俺の両親でさえ、素行がバレたら何をされるかわからねぇってのによぉ」


 茶近先輩の家柄は、由緒ある茶道の家元だと聞く。

 その息子が、隣町で暴れ警察からマークされている喧嘩チームのリーダーだと知られた日には勘当されるかもしれない。


 学校だって来れるかどうか……遊井や王田の件もあり、いくら巨額の支援金を払っているとはいえ、音沙汰無しじゃ済まされないだろう。


 よくて卒業までの停学、最悪は退学だってあり得る。


「だから俺は美架那……ミカちゃんを守る! 神西ぃ、お前がミカちゃんを泣かせるような不安要素になるんならよぉ――」


 茶近先輩はベンチから立ち上がる。

 ふらつく足取りで数歩ばかり移動し、俺の前に立った。


「――この場で、俺がお前をブチのめす!」


 満身創痍にも関わらず、茶近先輩は俺に戦いを挑んできた。




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