第203話 女神と手負いの勇者




~神楽 美架那side



 少しだけ遡るわ。


 私は早々にアルバイトを終わらせてから、お母さんが入院している『遊井病院』にいた。

 明日、一時退院する予定なので一通り荷物をまとめたり、事務的な手続きをして挨拶に回ったりする。


「――それじゃ、お母さん。明日、大智と萌衣を連れて迎えに来るからね」


 そうお母さんに告げ、私は病室を出た。


 ちなみに母の名は『神楽かぐら 美茄冬みなと』。

 女手一つで私達を育ててくれた人だ。


 私の父親は若くして結構な実業家だと聞いたけど、失敗して酒や賭け事と他の女に溺れ、家では暴力を振るう駄目親父ぶりを発揮して出て行ったきり。

 一応、離婚は成立しているようなので、そこだけはホッとしている。


 でも母は無理が祟って倒れてしまったのだけど……。

 おまけに左半身に軽度の麻痺が残ってしまうも、リハビリの甲斐もあり大分回復することができた。


 来年、早々に回復期病棟でリハビリすれば一人で生活できるくらいまでは回復できる見込みもある。

 私も高校卒業したら働こうと決めていたから、生活はなんとかなりそう。


 こんな事態なのに、こうも落ち着いていられるのは全て彼のおかげだと思う。


 ――サキくん。


 彼と出会わなければ今頃どうしていただろうか?


 きっと形振りかまわず、天馬達に頼っていたに違いない。


 それは別に構わない。


 彼らは信頼できる仲間でもあるし友達だ。

 だけど一度でも頼ってしまえば、今のようなフィフティーな関係が崩れてしまう気がした。


 私から見れば彼らは全てのモノに満たされている。

 まさに勇者であり一国の王子のような存在だ。


 彼らも彼らなりの他人にはない苦労もあるようだけど……。


 それに天馬達は私に好意を持って接してくれて、私はそれを利用して上に立つよう仕向けた酷い女。


 当時、荒れた彼らを抑えるためとはいえ、今更ながら自分がしたことが最低だと思う。

 だから余計に甘えるわけにはいかなかった。


 ましてや、四人の中で誰を選ぶなんてできないし、ずっと利用してきた私にはその資格すらないと思っている。


 ――でも、サキくんは違う。


 彼とならフィフティーになれる。


 今は一方的に頼ってしまっているけど、彼が困った時は喜んで手を差し伸べられるし、傍にいて一緒に向き合ってあげれる。


 傍にいる……サキくんと?


 そう思った瞬間、私の顔が火照り胸が高鳴る。


 自分の気持ちはわかっている……でも今は認めるべきじゃないと思った。


 だってまだ、何も解決していないのだから――。



 私は考えごとしながら一人、ロビーを歩いていた。


 病院の玄関前に見慣れない一台のタクシーが泊まり、若い男がフラフラと降りて来る。


 顔見知りの男、いや仲間だ。



「…………茶近?」



 勇岬ゆうさき茶近さこん


 天馬達と同じ『勇者四天王』と呼ばれた一人……しばらく音信不通だった男子生徒。


 その茶近は随分と傷だらけであり、特に顔中が腫れ皮膚が裂傷して痛々しい。

 身形もボロボロだ。


「……ミカナ?」


 自動ドアが開き入ってきたと同時に、茶近は私の存在に気づいた。


 私の名前を呟いたようだが、それ以外の言葉は上手く聞き取れない。

 つぅと彼の瞳から涙が零れ落ちる。


 瞬間、茶近は膝から崩れるように倒れてしまった。


「茶近!?」


 私は駆け寄り、すぐに事務員を呼ぶ。


 茶近はそのまま病室へと搬送される。


 事前に連絡を受けていたのか、やたら迅速だった。


 しかも待遇がいい――。


 酷い怪我はしているものの、重体というわけではないのに集中治療室のような病室に運ばれた。

 処置に関わっている医者や看護師が妙に愛想がよく丁寧なことから、茶近の家柄と身分を知っての恩遇だと理解する。


 やっぱり彼らとは住む世界は違うのだと思った。


 この世界に入ろうと思わないし入りたくもない。


 シンデレラとして王子様に依存し、これまで頑張ってきた誇りプライドを失うくらいなら、いっそ一人で生きてきた方が私らしい。


 サキくんと出会うまで、ずっとそう思って生きてきたのだから……。



「神楽さん、勇岬様とお知り合い?」


 担当の看護師が、病室前で立っていた私に話し掛けてきた。

 なんで、茶近に『様』をつけるんだろうと違和感を覚える。


「ええ……同じ学校の同級生です」


「では、しばらく彼に付き添ってもらえる? 帰りのタクシーと費用は病院側で負担するから」


「え? 私が?」


「そう、彼が貴方をご指名なのよ……もう処置は終わっているから大丈夫よ」


 大丈夫って別に茶近を心配していたわけじゃないし。

 今までどうしていたのか、どうして怪我をしているか知りたかっただけだし。


 それに、茶近はサキくんに逆恨みしている。

 彼にとって元凶である私から釘を刺して直ちにやめさせようと思って残っていただけだし。


 まぁ、いいわ。


 茶近も意識があり話せる状態なら好都合よ。


 私は了承すると病室へ通され、医者と看護師は退出した。



 茶近は病衣に着替えておりベッドで寝ている。

 片腕に点滴がされており、適切に処置をされているとはいえ、痛々しい姿には変わりなかった。


「ミカちゃん、お久~っス」


 弱々しい声でおどける、茶近。

 相変わらず、わざとらしく胡散臭い微笑みを浮かべている。 


「……酷い有様ね。事故とかじゃないわね……一体、誰にやられたの?」


「ケンユだよ。あと、天ちゃんにユウちゃん……火野と浅野もいたっけな」


「堅勇が? 天馬と勇魁もいたって……どういうこと?」


 それに火野くんと浅野くんって……サキくんの親友である男子達まで。


 私が首を傾げる中、茶近は軽い口調でこれまでの事を全て正直に語りだした。


 自分が隣町で暴れている喧嘩チームのリーダーであること。

 そして邪魔となった堅勇を呼び出したのはいいが、逆に返り討ちにあったこと。

 

 茶近は追い詰められながらも自分だけ逃げ出し、すぐタクシーに乗車してこの町に戻って来たらしい。

 丁度、道路が渋滞に巻き込まれる前だったこともあり、事前に連絡した『遊井病院』には真っすぐ来られたと話していた。


 そしてロビーで私と偶然に再会したようだ。


 にしても、これまで裏表のある奴だと思ったけど、まさか隣町でそんなことをしていたなんて……。


 それに、


「――あの賢勇がサキくんのために、そこまで体を張るなんて意外ね。天馬と勇魁もそう……みんな人が変わったみたい。いい意味でね……全てサキくんが関わったことがきっかけでしょうね」


 ほんと、サキ君は不思議な男の子……ううん、男性だと思う。


 だから、私は彼を――。


「この遊井病院ってさぁ。上級国民っての? 俺らみたいな親がそれなりの地位にいれば融通を利かせてくれる部分があるんだよ~。現に病院に着いた途端VIP扱いだろ?」


「そうね……麗ちゃんじゃないけど、病院を変えたくなってきたわ」


 金持ち御用達なら逆に、いい医師が揃っていて治療を受けれるってことだけどね。

 お母さんが軽症ですんだのも、関わってくれた先生のおかげだし。


「仮に天ちゃん達が俺を追いかけて来ても前もって口止めさえすりゃ、この病院なら匿ってくれるからね。んでとりあえず親に知られない内に、この傷をなんとかしようと思ったんだ」


「怪我を治して、サキくんを狙うため?」


「いや、ミカちゃん――キミを奪うためだよ」


 茶近は寝そべったまま、真っすぐな視線を私に向けてくる。

 睨みつけるわけでもなく、ただじっと見つめていた。


 不思議にあまり怖くない。


 きっと、私と再会した時に見せた、茶近が流した『涙』を思い返したからだと思う。


「そう……最低ね。でも、その傷じゃ私に勝てないわよ」


「ははは、冗談に聞こえね~……」


「もし私を奪ったら、その後どうするつもりよ?」


「ミカちゃんをどこかに監禁して、神西と決着をつける。勝てば、ミカちゃんはずっと俺の傍にいてくれると思っていた……でも」


「でも?」


「――実際にミカちゃんに会ったら、キミにはそんな酷い真似はできないとわかった。あいつらが……天馬達があそこまで、ミカちゃんの幸せを望み守ろうとしていたのか……なんとなくだけど理解できたような気もする。そう思ったら、つい気持ちが溢れてしまって……」


「それで涙を?」


「覚えてないや」


 茶近は恥ずかしそうに視線を外した。

 まるで反抗期の子供のようだ。


 自分の思い通りにならないと、ぐずって駄々をこねる。

 同じ歳なのに、茶近が凄く幼い子供に見えてしまう。


 私の弟である大智、いや8才の妹である萌衣よりも幼稚な思考だと思った。




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