第202話 執念と女神からの連絡




~火野 良毅side



 堅勇先輩VS茶近の一騎打ちを傍観していた俺達。


 往生際の悪い茶近がスタンガンを使い、堅勇先輩を倒してしまった。



 俺はそのやり方に憤慨し、茶近へと近づいて行く。


「偽りでも仲間に対してやることじゃねぇって言ってんだよ、ああ!?」


「それに、まだ俺達がいる! あんたの負傷じゃ勝てる見込みはあるとは思えんぞ!」


 俺の隣で歩くシンが言った。


 天馬先輩と勇魁さんも、じりじりと茶近を追い詰める形で距離を縮めていく。


 みんな疲労はあるも目立った負傷もない。

 至って健在であり、十分にやれる範囲だ。


「茶近、もういいだろ! こんなことはやめろ!」


「そんなことしても、ミカナが振り向くことがないのは、お前だってわかっている筈だ!」


 天馬先輩と勇魁先輩が警告を呼び掛けている。

 だが、奴の心に響くことはない。


「うっせーっ! テメェら負け犬になんぞに構ってられっかぁぁぁ! 俺は諦めねぇ!! ミカちゃんを……美架那を奪いに行く!!!」


 茶近は腰元から何かを取り出した。

 指を入れるピンとレバーのついたスプレー缶のような形と大きさだ。


 なんだ、あれは……?


「いかん、みんな離れろ!?」


 突如、シンが叫んだ。


 その隙に茶近はピンを抜き、俺達に向けて缶を放り投げた。


 コンクリートの地面に転がった。


 その直後――



 ダアァァァァァン!!!



 眩い閃光と鼓膜を突き刺すような破裂音が、俺達を襲った。


「ぐわっ! なんだ!?」


 一番近くにいた俺は、もろにそれを食らってしまった。


 視界が真っ白になり、耳鳴りがしてくる。

 だが思ったほどのダメージではなく、少しずつ回復しているのがわかった。


 しかし、この状態で茶近の攻撃を受けたら、俺も簡単にブン投げられてしまう。


 とりあえずボクシングスタイルで構えてみる。

 誰かに触れられたら、たとえ敵味方関係なくブン殴ろうと思った。



「クソォッ! 茶近の奴に逃げられちまったぞ!」


 不意に天馬先輩の叫び声が響いた。


「賢勇にあれだけ痛めつけられても、まだそんな余力があったとはな……なんて奴だ」


 今度は勇魁さんの声だ。


 やっと回復した視野で周囲を見渡す。


 広々とした倉庫内には、俺達と気を失って倒れている『T-レックス』のメンバー達。

 それに堅勇先輩だけだ


 茶近の姿はない。


 よく目を凝らすと、奥側に裏口らしきドアが開けられている。

 どうやら、あそこから逃げたようだ。


「――スタングレネード閃光発音筒か? 無論、本物ではなくネットで売っている玩具をそれっぽく改造したんだろう。でなきゃ、一番近くにいた俺とリョウはこの程度では済まない筈だ」


 シンがしゃがみ込み、散らばっている破損物を調べていた。


「おい! んな悠長なこと言っている場合か!? このまま逃がすわけにはいかねぇ! すぐに追いかけるぞ!」


 俺は構えを解き、仲間達に呼び掛ける。


「無駄だよ、火野。土地勘のない僕らじゃ、茶近に巻かれるだけだ。それより、堅勇を介抱してから、すぐに地元に戻った方がいい」


「壱角先輩、どうしてっすか?」


「――ミカナと神西君が危ない。さっきの茶近の言動からすると、奴の目的はこの二人のいずれかだからね」


 クソォッ! やっぱりそうなるか!


 俺が拳を震わせる中、賢勇先輩は意識を取り戻し、ゆっくりと上半身を起こした。


「……勇魁の言う通りだ。ボクのことはいい……すぐに神西に知らせろ。キミ達だけでも戻って彼と合流するんだ」


「鳥羽先輩は大丈夫なんっすか!?」


「ああ、頭は打ってない。背中と利き腕を痛めてしまったけどね……どの道、この状態じゃボクはリタイアさ。この場はボクとルゥちゃんで処理するよ」


「わかりました……でも処理するって、気を失っている『T-レックス』の連中ことっすか?」


「ああ、そうだ。この連中は、前々から警察にマークされているようだからね。彼らに処分を任せるよ」


 賢勇先輩がここまで言ってくれているんだ。


 俺達は早急に次の行動を起こすべきだろう。


 そうして。


 茶近にまんまと逃げられた俺達は地元へ向かった。


 例のワゴンの車内で、俺はサキに報告したのだ。






**********



 リョウからの報告を聞いて、俺は絶句する。


 勇岬 茶近。


 その異常な程の執念に対して――。


 勇魁さんじゃないけど、何らかの交通手段を使って、この町に戻ってくる筈だ。


 そして、俺か美架那さんを狙いに来るのは明白か……。


 幸い賢勇さんは負傷しながらも無事そうで良かったけど。



『――だからよぉ、サキ! 俺達が戻るまで、家から一歩も出るんじゃねぇぞ! 神楽さんにも、そう伝えてくれ!』


 スマホ越しで、リョウが心配した声で言ってくる。


「わかったよ。ミカナさん、明日のために今日は早くバイトを終わらせるって言っていたから、すぐ連絡しておくよ……リョウも無事に戻って来てくれよ!」


 何せ明日は、美架那さんのお母さんが一時退院する日だからな。

 

『ああ、俺らは問題ねぇ。それより、ヘマしちまって悪りぃ……耀平の仇と落とし前、つけてやれなかった』


「大丈夫だよ。いざって時は俺が――」


『いや、サキは関わらないほうがいい……』


「え?」


『技量とか強さの理由で言ってんじゃないぜ……なんて言うか、茶近って奴は異常だ。きっとこれまで、サキが戦った連中と違ったヤバさがある。たとえ勝っても他の三年の先輩達のように認めて仲良くなれたり、更生なんてしないと思うぜ』


「……そうなのか」


 リョウが言う程のヤバさって……もう猟奇的な犯罪者じゃないか。


『これは本人も言っていたことだが、異常すぎる環境で育ってきた分、性根が腐っていると思うぜ……まるで「俺は誰よりも不幸に生きてきた分、何をしても許される」って感じだ』


「なんだよ、その身勝手な理屈……実家だって茶道の家元で大富豪なんだろ? 厳粛な部分あっても仕方ないじゃないか。生活が困窮しているミカナさんや、ずっと遊井に虐待されていた愛紗達に比べりゃ超わがままな坊ちゃんじゃん!」


『隣の芝生が青く見える奴なんてそんなもんだ……しかも茶近の場合、妬むだけならまだしも逆恨みして実行するヤバさがある。おまけに追い詰められた状況だ……このまま放置していたら何をするかわからねぇぞ』


「警察には?」


『既に鳥羽先輩が報告してくれている。以前から『T-レックス』は警察から目を付けられていたらしいからな。けど俺が倒した「鬼頭」って奴以外は過去に犯した大きな事件はなさそうだから、大抵の連中は手当されて事情聴取で終わるだろうな……中学の頃、俺もそうだったからな』


 そういや、こいつも何度か補導されていて刑事から顔を覚えられていたっけ。


 ちなみに『鬼頭』って奴は鑑別所から出て間もなくらしいから、きっと次は少年院行きだろうぜ。


『どの道、首謀者リーダーである茶近は間違いなく学校にバレるだろうし、いくら学校に大金を寄付しているからって流石に処分は免れないだろうぜ……どっちにしても終わりなんだが、逆にそこがヤバいと思う』


「さっきも言ってた、『何をするかわからない』ってやつか……ある意味、リミッターが外れたようなものか」


『その通りだ。手負いの猛獣ほど怖いものはねぇ……だから、サキも気を付けてくれよ』


「ああ、わかってるよ……リョウ達が戻って来るまで、俺は家から出ないよ」


『ならいい……今、渋滞に巻き込まれちまって、そっちに戻るのに二時間以上は掛かっちまう。だから待っていてくれ』


 俺は「わかった」と返答し、リョウとの連絡を終わらせる。



 そしてすぐ、美架那さんに連絡した。

 けど、バイト中なのか彼女は出ない。



 それから10分置きに連絡したり、LINEを送るが何も反応がなかった。



 あっと言う間に、一時間くらいが経過する。



 流石に尋常じゃないと思い始める。


「……やばくないか、これ? いくらなんでも音沙汰なさすぎだろ?」


 嫌な予感がする――。


 美架那さんの身に何かあったのか?


 どうしても悪い方向に考えが過っていたその時だ。



 ヴヴヴヴヴ



 スマホが鳴った。


 着信画面に、「神楽 美架那」と表示される。

 俺は慌てて『応答』表示に指を押し付けた。


「――ミカナさん!?」


『サキくん、ごめんね……何度も連絡してくれたのに出れなくて』


 間違いなく本人からだ。

 普段通りの口調で、俺は安堵する。


「い、いえ……良かった。ミカナさんに何事もなくて」


『……それがね。そうでもないのよ』


「え?」


『今ね。隣に、茶近がいるんだけど――』



 え!?



 美架那さんの言葉に、俺は金縛りにあったかのように体が硬直した。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る