第199話 潜入と対峙するミイラ取り
~火野 良毅side
街外れの倉庫。
そこか『T-レックス』のアジトだ。
見た目はわりと新し目な施設に見える。
悔しいが、俺ん家のボクシングジムよりデカいと思った。
「――ここから先はボク一人で乗り込むよ」
倉庫から死角で車を止め、少し歩いたところで堅勇先輩は言ってきた。
「鳥羽先輩、スマホでちゃんと
ミスが許されない状況。
先輩後輩関係なく、互いに最終チェックする必要がある。
「わかっているよ、火野……こうして胸ポケットにスマホを取り付けておくよ。リアルタイムでキミ達に状況を知らせるためにね」
白スーツの胸ポケットに穴を開けてカメラ部分を覗かせている。
結構、高価そうな服だが、堅勇先輩は躊躇いなく自分で穴を開けた。
流石はセレブってか。
庶民の俺じゃ真似できねーぜ。
「それじゃ、行ってくるよ~ん♪」
堅勇先輩はあえておどけた口調で倉庫へ向かう。
俺達は互いのスマホで映像を確認して、倉庫へ近づき乗り込む準備をすることにした。
一人、倉庫へ入っていく堅勇先輩。
薄暗い室内、だが見た目通りの広さ。
これだけの空間なら、30人くらい余裕で潜めるな。
「茶近、ボクだ! 堅勇だ!」
堅勇先輩は奥側の暗闇に向けて叫んだ。
「よぉ、ケンユ、久しぶり~!」
愛想のいい声が返って来る。
暗闇から、ゆったりとした足音が聞こえ、そいつは姿を見せた。
決して大柄とはいえない男。
坊ちゃん刈りの童顔であり、ぱっと見はごく普通の好青年だ。
ただ、へらへら笑っている表情はどこか勘に障る。
特にこの緊迫した状況下では尚更――。
「……茶近、一人か?」
「そっだよ~、つーか何その格好? デートの帰りかい? 変人ナルシストもそこまで来ると不審者だよねぇ?」
笑顔とは裏腹にチクチクと挑発してくる野郎だ。
俺なら、とっくの前に殴りに行っている。
だが堅勇先輩は大人なのか、奴の手口を知り尽くしているのか、舌戦には応じず冷静だ。
「そう見えるかい?」
「……ああ、実はコートの中に武器でも隠してんじゃねーの?」
「どうかな……そっちこそ、いや何でもない」
「んじゃ、ケンユ。早速、平和的な話し合いしよーぜ」
「平和的ね……その前に仲間を呼んだらどうだ?」
「仲間だと?」
茶近は目を細めながら聞き返す。
「T-レックス。どっかに潜んでいるんだろ?」
「へへへ……どうしてわかったのよ?」
「ボクは何でも知ってるさ……お前がリーダーの『デス・スマイルのチャコ』って呼ばれていることもね」
堅勇先輩が言った瞬間、茶近の表情が変わった。
――無表情。
怒りとも悲しみともいえない表情。
少なくても、へらへら笑っているわけではない。
「――なんだぁ。知ってたのか? まさか、先日乗り込んできた風間ってスパイくん、ケンユの回し者か?」
「スパイだと?」
きっと耀平のことだな。
堅勇先輩が聞き返したのはわざとであり、茶近に悟られないためだ。
「違うのか? まぁ、お前が男を仲間にするなんてあり得ねぇからな。どうせファミリーの雌共だろ? だが、んなの問題じゃねぇ! ミカちゃんにはそのことを喋ったのか、ケンユ、ああ!?」
突如、口調を変え恫喝してくる。
これがこいつの本性って奴だ。
「隣町の事情をミカナに話したところで、彼女が理解するわけないだろ? 証拠でもあればともかくな……」
「それもそうか……ならいい! だったら、ミカちゃんのことを諦めろ! こっちもお前に手出しするつもりはねぇからよ!?」
「断る。お前みたいなクズに、彼女を渡すくらいなら神西に渡した方がマシだ」
「神西ぃ~!? テメェがボコって病院送りにしたんだろうが、ああ!?」
「……おっと、そうだったな、フフフ」
リモートしているスマホからじゃ、堅勇先輩の表情はわからないが、明らかに嘲笑っている口調だ。
「何笑ってんだぁ、テメェ……譲らないって言ったよな? 俺にボコられる覚悟があるって理解するぜぇ、ケンユ!」
「最初からそのつもりの癖に……いいから掛かってきたら、どうだ茶近?」
バサッと物音がする。
堅勇先輩がコートを捲ったようだ。
その光景を見て、茶近は初めて顔を顰めた。
「その剣……例の凶器か? やっぱり隠し持ってやがったな……テメェ!」
どうやら、
茶近の緊張した様子から、それだけ堅勇先輩の剣技を恐れている証拠か。
「得体のしれない相手に手ぶらで来るわけないだろ? デス・スマイルのチャコさん?」
今度は堅勇先輩が挑発してくる。
さっきから中学から一緒につるんでいた者同士の会話じゃないけどな。
「……まぁ、いいや。想定内だ――お前ら、明かりを付けろ! 全員出て来い!」
茶近は指示すると、薄暗かった倉庫内に電気がつきパッと辺りが明るくなる。
立派なトレーニング器具の陰や別室から、ガラの悪そうな複数の男達が現れる。
その数は、30名に及んでいた。
流羽の情報にあった、「牛田」と「馬場」って奴がいる。
こいつらが、この町で幅を利かせる喧嘩チームこと、『T-レックス』の連中だ。
「ほう、ご丁寧に待ち伏せか?」
「闇討ちはテメェの
「うんべ~っ、チャコちゃ~ん。こいつが例のボコっていい野郎か~?」
如何にも脳ミソが足りなさそうな声と共に、そいつは現れた。
かなりの大男だ。
身長は2メートル近くはあるだろう。
眉毛のないギョロとした目つき、まるで爬虫類のような顔立ち。
耳や鼻に棘のあるピアスをしており、カラフルなモヒカン刈りが目立っている。
革ジャンから覗く、隆々とした体躯は相当恵まれていた。
なるほど、こいつが流羽の言っていた『鬼頭 徹』だな。
見た目からしてバトル漫画に出てきそうな奴だぜ。
絶対、社会に適応できてないと悟った。
「そうだぜ、鬼頭~。こいつは複数の彼女がいるナンパ野郎だ。ボコったら命欲しさに女を分けてくれるかもしれねぇぜ~」
「女? いいね、女~! でもオレェ、NTRじゃなきゃ燃えねぇんだよな~」
最低な性癖を持つ、鬼頭。
見た目通りのクズ野郎のようだ。
「……茶近。キミにはがっかりだよ。センスないにも程がある……いくら性格が悪いとはいえ友達ぐらい選ぶべきだぞ」
地味に的外れな反応を示す、堅勇先輩。
ツッコむべきところはそこじゃないと思う。
「んな余裕、ブッこいている場合かぁ、ケンユ? これだけの人数に囲まれてどうするつもりだぁ、ああ!?」
「たかが、雑魚30人程度じゃないか? 嘗てボクが一人で暴走族を壊滅させたことを忘れたのか?」
「ここの連中はんな素人に毛の生えた中途半端な連中じゃねぇよ! 大体の連中が格闘技を学び場数も踏んでいる! こう見てもこの町じゃ最強のチームなんだぜ!」
茶近がイキるのも頷ける。
流羽から得た情報を見る限りでも、手練れが多いのが判明した。
そいつらの頂点に立つ、茶近も相当強い奴なのだろう。
しかしよぉ……。
「ケンユ、いくらお前が強いっつたって所詮は一人だ! じっくり弱らせてから俺がトドメを刺してやるぜ!! それで晴れてミカちゃんは俺の女だぁ、ギャーハハハハハッ!!!」
「果たして、そう上手くいくかな――」
堅勇先輩は指をパチンと鳴らした。
あっ、これ合図じゃね?
なんか、あの人の召使いになった気分で複雑だが、んなことも言ってられねぇか。
俺達はドアを蹴り破り、倉庫の中へと突入する。
「な、何だ、テメェらは!? 火野に浅野だと!!? それに……天馬に勇魁まで!!!?」
余裕ぶっていた茶近が激しく動揺し驚愕している。
――そりゃそうだろう。
俺とシンはともかく、病院送りにしたと思われた天馬先輩や勇魁さんが目の前に現れたんだ。
これぞミイラ取りがミイラになったってことだな。
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