第198話 元後輩女子の裏腹な想い
~火野 良毅side
少しだけ遡るぜ。
前日、連絡を受けた俺とシンは早朝から、堅勇先輩の自宅で集結していた。
既に、天馬先輩と勇魁先輩は来ている。
これで五人、全員が集まったってことだ。
敵は約30人、まぁこの面子なら問題ねぇな。
それよりだ――。
「シン、お前……随分と変わった服を着ているな? 動きやすそうだけどよぉ?」
チラッと奴の姿を見る。
一見して普通の紺色ジャケットだが、布が擦れ合った際の素材が違うような気がした。
「……流石だな、リョウ。一目で俺の戦闘服を見切るとはな」
戦闘服だ?
真顔で何言ってんの、こいつ?
シンは話を続けた。
「これは、タクティカルジャケットという、耐熱性抜群のアラミド繊維で創られたノーメックス製だ。特に急所部分は如何なる刃すら通さないだろう。おまけに内ポケットも豊富で暗器を収納するのに適している。無論一般では売っていない、某ミリタリー・メーカーの特注品だ」
やたら熱く語ってくる。
要は、こいつは相当イカレた奴だと理解した。
まぁ、そんな俺も中学の頃に愛用した特殊警棒くらいは所持してきたけどな。
「――待たせたね、キミ達~。さぁ、行こうか?」
堅勇先輩が真っ白なコートを羽織った同色のスーツに、中折れのハットを被って出てきた。
パッと見は今すぐデートに行きそうなこじゃれた格好であり、見方によっては海外マフィアっぽい。
つーか何しに行こうとしてんの、こいつ?
「堅勇、その格好ふざけすぎじゃないか?」
「逆に怪しまれるだろ?」
勇魁先輩と天馬先輩でさえ指摘してくる。
「コートの中に
要はシンと変わんねぇってことか。
しかし真っ白である意味がわからねぇ……スーツと帽子は必要なのか?
それと観賞用の改造フルーレって何よ?
若干、不安を残しつつ、堅勇先輩が用意した漆黒のワゴン車に乗車する。
運転手は丸刈りで上下白ジャージの芋みたいな顔をした若い男だ。
俺達より明らかに年上っぽい。
「それじゃ山下さん、よろしくお願いします~」
「うぃす、堅勇坊ちゃま。大旦那によろしくお伝えください」
「わかってるよ~、山下さんも早く下っ端から出世してね~ん」
やべぇよ、こいつ本物のヤー公だ。
もう噂じゃなくガチで繋がってんじゃねーか?
堅勇先輩も俺らじゃなく、こいつら連れて乗り込んだ方が一発で
それなりの緊張を残しつつ、隣町へと向う。
「んで先輩達、作戦はどうするんっすか?」
車内で俺は尋ねてみる。
「火野、んなの必要ねーよ! 猪突猛進の正面突破だ! 俺が茶近を三角締めで極めてやるぜ!」
天馬先輩は猪武者みたいなことを言い出す。
実戦で悠長に寝技してたら、速攻で囲まれるぞ先輩。
「相変わらずだな、天馬……悪・即・滅の心を忘れてはいけない。ボクらは正義を正しに行くのだからね」
いきなり精神論を持ち出す、勇魁先輩。
この中で唯一冷静そうで頭良さそうなのに何かポンコツじゃね?
「その前に、ボクのファミリーに会いたいんだけど、キミ達いいよね?」
挙句の果てに女に会いに行くと言い出す、堅勇先輩。
ある意味余裕なのかもしれねぇが油断しすぎだろ?
「おい、シン……お前から先輩達に何か言ってやれよ」
「ったく、そうだな……勇磨さんに勇魁さん、俺の暗器で良ければ貸しましょうか?」
そうじゃねーよ!
一発喝入れろって言ったんだよ!
しまった! 振った奴がもっとポンコツだった!
「結構だ、浅野。使い慣れてない武器は邪魔でしかねぇ」
「ジークンドーも基本は相手から奪った武器じゃないと使わないからね。問題ない」
意外とまともな返事が返って来た。
そんなシュールな会話をしながら、俺達は隣町に着く。
ワゴンは古ぼけたアパートの前に止まった。
堅勇先輩の案内で、運転手の山下を残した俺ら全員がアパートの中に入る。
ファミリーが住んでいるってきたけど、随分と素っ気ない部屋だ。
まるで犯人グループのアジトみたいだ。
けど何か見覚えがある光景。
そういや、耀平の部屋に似てるぞ……。
「やぁ、ルゥちゃん、遊びに来たよ~ん」
殺風景な居間っぽいところで、堅勇先輩は声を出す。
すると別室から、背の低い長い黒髪の女子が入ってきた。
ん? この女、どこかで見覚えがあるぞ?
「お前……流羽か?」
そう、嘗て耀平とコンビを組んでいた情報屋の女子。
「火野さん……やっぱり耀平の敵討ちに来たんですね?」
「ああ、まぁな。まさか、お前……鳥羽先輩と付き合っているのか?」
「……そうですけど何か?」
「いや、別に……そっか」
喉元から何かが出そうになったが野暮だと感じとどめた。
所詮は男女の問題……ただの知り合いだった俺がどうこう言う話じゃない。
けど、耀平はどうあれ、少なくても流羽は気があるって思ったんだけどなぁ。
そもそも中学の頃、俺が耀平と知り合ったきっかけを作ったのは、この流羽だったんだ。
当時、耀平が『王田 勇星』のことを調べまくって、奴の幼馴染で手下だった『内島』に狙われた時、俺に助けを求めてきたのが流羽だった。
あの必死に懇願してきた様子から、俺はてっきり流羽が耀平に気があるもだとばかりに思っていたが、だだの勘違いなのか。
それとも、耀平の素っ気ない態度に愛想を尽かしたのか。
流羽じゃなきゃわからない気持ちってやつだろう。
どちらにせよ、原因はマニアックすぎる耀平にあるけどな。
「ルゥちゃん、例のモノ用意してくれた?」
「はい、ケンさん。これだよ」
流羽は幾つかにファイリングされた書類を手渡した。
「なんだ、それは?」
「『T-レックス』の構成員の情報と、連中のアジトの見取り図さ。あと土地勘のないボク達用の周辺地図だ。もし逃げる事態になった時、必要だと思ってね」
「構成員情報は、一人一人の身長や体重から格闘技経験や実戦経験も記載されています。何かのお役に立てればと……」
つーことは30名全員分か凄げぇな……。
きめ細かさは、耀平以上かもしれねぇ。
「あと、『チャコ』以外にイレギュラーな奴が一人浮上しています。そいつにも注意してください」
「イレギュラーだと?」
「鬼頭 徹って男です。つい最近、鑑別所から出てきました。格闘技経験はないようですが恵まれた体格と筋力のゴリ押し戦法を得意とする凶暴な奴です。以前は、こいつが『デス・スマイルのチャコ』ではないかと噂された男でした。普段はチームから離れた場所で、カップルを襲っては好き放題暴れているド変態野郎です」
「ふ~ん……鬼頭ね。しかし、よくここまで情報を仕入れたものだ。今じゃ耀平より流羽の方が腕が上じゃないか?」
「そんなこと……ただ耀平をあんな目に合わせた奴らが許せなかっただけです」
俺の褒め言葉に頬を染めて否定する、流羽。
堅勇先輩に対しては事務的な態度の癖に、耀平の話になると随分態度が変わる。
まさか、まだ耀平のこと?
じゃなんでっと言いたいが、俺が口を挟むことじゃない。
きっと、サキならお節介だから聞いているんだけどな……。
まぁ、そこがあいつの良い所でもある。
俺も『千夏のとの倦怠期』では助けられたからなぁ。
それから簡単な作戦を立て、主要メンバーは誰が戦うなどの話合いが行われた。
実際の本番でどうなるかわからないが、全員それなりに腕に覚えのある奴らばかりなのでなんとかなるだろう。
ある程度、準備を整え、いよいよ連中のアジトへ向かうことになった。
各々が車に乗車する中、流羽がじっと俺を見つめてくる。
何か言いたそうな表情だ。
とりあえず礼くらい言っておくか。
「流羽、色々とサポートしてれてサンキュな。耀平の奴は元気だから安心してくれ」
「……はい、火野さん。あのバカの仇、必ず取ってください」
「あいよ」
「それと……」
「ん?」
「勘違いしないでくださいね……私、ファミリーに入っているけど、ケンさんとはそういう関係じゃないので」
「そっか、わかった。たまに、こっちに遊びに来いよ。俺が耀平に合わせてやるぜ」
俺の言葉に、流羽が俯き無言で頷いて見せる。
何かわけありって感じだな。
けど堅勇先輩の人柄から、無理矢理とか脅されたとかの関係じゃない。
どちらかと言えば、サキと神楽先輩のような頼り頼られる感じか?
俺は流羽に「じゃあな」っと、軽く手を振って乗車する。
「……耀平、あくまでお前次第だぜ」
敵地へ向かう最中、窓を眺めながら呟いた。
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