第197話 平和で楽しい日々。その一方で




 次の日。


 俺はみんなに冬休みニコちゃんが来れない旨を伝えた。


「そっか~、ニコりん来れないんだね……」


 一番の仲良しである詩音が残念そうに呟く。


「私で良ければ試験対策とか教えてあげたのに……でもコンディションや精神的メンタル部分も受験に反映するから無理強いはできないわね」


「そうだね。わたし達は見守って応援してあげることしかできないよ」


 麗花と愛紗の気遣いに、俺は心がほっこりし笑みを浮かべる。


「ありがとう、みんな。本当はニコちゃんもみんなに会いたいと思うよ……あえて自分に厳しくして緊張感を高めているって感じだったね」


 絶対に合格したいという意気込みは凄く感じたからな。

 元々成績もいいようだし、あまり根を詰め過ぎなければ、まず問題ないだろう。


「サキちゃ~ん。どっか出掛けるなら帰りにコンディショナー買ってきて~」


 もう昼近いってのに、夏純ネェは今頃起きてきた。

 この人が一番、自分に厳しく緊張感を高めてほしいと思う。


「ねぇ、サキ~。冬休みなんだから、正月明けでもいいからどっか行こ~?」


「どっかって何? 旅行とかか?」


 詩音はニンマリ笑い頷く。


 みんなで旅行か……行きたいけど、色々問題を抱えているからな。


 勇岬 茶近先輩の件といい、美架那さんのお母さんの件。


 あの後、堅勇さんから「明日、仕掛けに行く」と連絡が入る。

 リョウやシンはすっかりその気だ。

 標的である俺だけが残り、この家で待機する形となっていた。


 面倒ごとに巻き込まれなくて良くなった分、本当に何もしなくて良いのかというジレンマもある。

 まぁ少なくても、愛紗達は安心してくれているので、俺も割り切るようにはしてるけど……。


「お正月明けなら、ミィカさんも落ち着いているでしょ~? みんなで行こーよー」


 美架那さんも一緒か……全然ありだな。


 別に変な意味じゃないけど、いつも忙しい人だから、たまには一緒に遊んで楽しませてあげたい。

 思い出作りをしてあげたいと思うんだ。

 1日くらいなら、バイト休めるだろうか?


 ちなみに明後日に退院するらしい。

 そして正月明けに回復期病院へリハビリ目的で再入院が決まっているのだ。


「詩音、それなら逆に大晦日とお正月の年末年始頃がいいんじゃない? 私達でミカナさんのお母さんのお世話もできるし」


「そうだね。お互い知らない間柄じゃないし、その方がミカナさんも安心して羽根を伸ばせるね」


 麗花と愛紗のナイスな提案に俺も頷く。


 確かに、この三人は美架那さん代わりに、お母さんの見舞いにも何度か行ってたけな。

 おまけにいわくつきの『遊井病院』なもんだから、いつもやりすぎってくらいの変装をした上だ。


 それにお母さんと一緒なら、美架那さんもバイト休みやすいし。

 茶近先輩の件も、堅勇さんに任せたことだし。


「……でも、サキくん。今時期からホテルとか予約取れるかな?」


 愛紗が不安そうに首を傾げる。


 俺は少し考え、子供達とゲームをして遊んでいる最年長のニートこと、保護者役に視線を向けた。


「夏純ネェ……ホテルか旅館のリサーチできる? できれば温泉付きの」


「オッケー。その代わり、コンディショナー買ってきて~」


 夏純ネェはあっさり了承する。


 代わりに俺の小遣いで、コンディショナーを購入させられる羽目となったが仕方ない。

 この従姉は、元一流企業(実はブラック)に勤めていただけに、こういう作業はお手の物だと話していた。


 また当時の人脈やパイプも活かしながら、ネット以外でもあらゆるルートから探し出せるらしいのだ。


 何にせよ。


 これで少しは冬休みっぽいことができるな……。





 そして夜。


 美架那さんは帰ってきた。


 早速、彼女に昼間の話をしてみる。



「大晦日とお正月にかけての旅行? お母さんも含めてみんなで?」


「ええ、夏純ネェが最安で泊まれる温泉付きの旅館を探してくれたんです。みんな同じ大部屋ですけど、お子さんとか障害者の方には割引利くようですし、どうですか?」


「うん……それくらいの余裕はあるかな。でもいいの、私達家族も入って……ただでさえ、みんなに迷惑掛けているんだから気を遣わなくていいよ」


「いえ。寧ろみんなも、こうして乗り気で……ミカナさんも羽根を伸ばせていいんじゃないかって」


「行こーっ、ミィカさ~ん♪」


 詩音が美架那の腕を引っ張り揺さぶった。 

 こういう甘えながらの誘い上手なところが時として頼もしく見えてくる。


「……しぃちゃん、ありがとう。そうね、大智と萌衣にも思い出作ってあげたいしね」


 良かった。


 美架那さんも行く気になってくれたぞ。


 お互い平静を装いながらも、どこか張り詰めていた気持ちで生活していたからな。


 このイベントだけは是非成功させたい。





 次の日を迎えた。


 俺は普段と変わらない生活を送っている。


「サキ君、クリスマス・プレゼントに私があげた新しい呼吸法とか試している?」


「ああ、麗花。例の超集中状態ゾーンにより入りやすくするアレね。一応、やってるよ」


「効果は未知数だけど、その後の疲労とかは軽減される筈だから、ちゃんと続けてね」


「わかったよ、麗花を信じて頑張るってみるよ」


「フフフ……(そういう素直な所が大好きよ、サキ君)」


 っと、早朝から爽やかに麗花とトレーニングをしたり。




「またサキのビリ~♪ このお兄ちゃん、弱いよね~?」


 レースゲームにて、一位の詩音が子供達の前で最下位の俺をデスってくる。


「参加することに意義があるんですぅ! 子供達相手に容赦なくガチでダーティ・プレーを仕掛けてくる金髪ギャルが大人げないんですぅ!」


 大智くんは良しとして、幼稚園児の萌衣ちゃんにまでガチだからな、こいつ。


「あたしは常に本気なだけだよ~! ゲームも恋もね~、サキ~!」


 勉強は? お前、わざと成績落として合宿と称して家に泊まりにきてるよな?


 などと、詩音と楽しく遊んだり。




「サキくん……これ、お正月の御節料理に入れようと思うんだけど、どうかな?」


「ん? 出汁巻き卵だね。どれどれ……うん、甘くて丁度良く出汁が利いていて凄く美味しいよ、愛紗!」


「えへ、そう? 良かったぁ……旅行の時も、御節料理を持って行こうかなとおもっているの。その方が食費とかも浮くでしょ?」


 なるほど、美架那さん家の事情も配慮して、愛紗なりに色々と考えてくれているんだな。

 本当に優しくていい子だ。


「ありがとう、愛紗……本当に感謝だよ」


「ううん、わたしもみんなと楽しい思い出を作りたいから……サキくんとの思いでが一番だよ」


「え?」


「なんでもない、えへへ」


 ちょっぴり甘いやり取りに舌鼓を打つ。




「サキちゃ~ん。旅行の件、私に感謝してるぅ?」


「ああ、夏純ネェ、感謝してるよ」


「そうならいいわ~。それと美架那ちゃんの件、一度首を突っ込んだなら最後まで面倒見てあげなきゃだめだぞ。サキちゃんしか、まともに頼る人がいないんだからね」


「わかっている、最初からそのつもりだよ」


「勿論、私も協力するけどね。あとは愛紗ちゃん達も……だから周囲から何を言われようと、堂々と胸を張りなさい」


 夏純ネェ、いつも黙っているけど何気に俺のことを心配してくれているのか……。

 まぁ大抵、傷を作って帰ってくるからな。


 本当に心配かけてごめん……。


「ありがとう、夏純ネェ。こうして家に来てくれて嬉しいよ……来年はニコちゃんと三人で頑張ろうな」


「……サキちゃん、本当にそう思ってくれる?」


「当然だろ?」


「良かったぁ……だったら、サキちゃん」


「ん?」


「ビール買ってきて~。今日、マリーと飲み会するから~」


「未成年の俺が買えるわけねーだろ! 自分で行け!」


 っと、夏純ネェに励まされ同時にパシリに使われそうになったりと、楽しい時間を満喫している。




 だけど頭の隅では常に不安が過っていた。



 茶近先輩のこと――。



 堅勇さん達はどうしているんだろうか?


 リョウとシンは無事だろうか?


 決着はついたのだろうか?


 俺は本当に行かなくて良かったのだろうか?


 暇あるごとにスマホに手を添えつつ、そう考えていた。



 ヴヴヴヴヴヴヴ



 スマホが鳴る。


 リョウからだ。


「リョウ、俺だどうした!?」


 つい声を荒げて聞いてしまう。


『……サキ、大方片づけたんだけどよぉ。すまない――』


「え?」


 不意に謝罪してきたリョウの説明を聞き、俺は絶句した。




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