第196話 騙し合いの果ての新たな決意
~勇岬 茶近side
なんとか堅勇をこの町に誘い込める状況となったぜ。
これで得意の闇討ちをされることはねぇ。
逆に、俺から仕掛けられる状況にもなった。
が、しかし。
実際、堅勇は強い。
曲がりなりにも、たった一人で暴走族を壊滅に追い込んだ男だ。
特に奴が使用する
この俺でさえ完全に見切って躱しきるのは不可能。
負けることはないにせよ、運が良くて大怪我覚悟での勝利、あるいは相打ちのいずれかだ。
それじゃ意味がない。
多少ダメージを負ってでも、すぐ美架那に会える状態でないと……。
特に頼るべき奴のいない、今の彼女なら尚更……。
――俺の想いを受け入れてくれる筈なんだ。
「仮に『T-レックス』総出で潰し掛かっても、ケンユを弱らせるのがせいぜいか……」
下手したら、そのまま地元へ逃げられてしまう可能性もある。
そうなったら、今度は俺が弱味を握られる形となってしまう。
隣町の喧嘩チームのリーダー『デス・スマイルのチャコ』の正体が俺であることを美架那に知られてしまうことだ。
だから堅勇とは、なんとしても当日中に決着をつけて黙らせなければならない。
どのような手を使ってでも……手段を選ばずにな。
手段を選ばずにか……。
俺の脳裏に、ある胸糞悪い男の姿が過る。
「……しゃねぇ。不本意だが『鬼頭』を呼ぶか」
まさか、あんなクズに応援を頼む羽目になるとはな。
――
つい最近、鑑別所から出てきた奴だ。
まぁ、窃盗で捕まった際に複数の警察官をボコったという、しょーもない理由で入れられたんだが……。
はっきり言って実力は「牛田」や「馬場」よりも相当腕が立つが、頭が悪く凶暴でクズな性格のため、奴を慕う仲間はほとんどいない。
唯一、俺の言うことだけは聞くので、追放せずチームに在籍させたままで放置しているのだ。
それに俺が不在時の影武者的なポジでもある。
だから他所の連中の間では、鬼頭を『チャコ』だと思っている奴も少なくない。
俺にとって都合の良カモフラージュともなっている男なのだ。
早速、鬼頭に連絡する。
「――俺だ、チャコだ」
『チャコちゃん? オレェ、今、NTR中~♪』
「NTRだと?」
スマホ越しからよく聞くと、女と男の助けを求める悲鳴と叫び声が聞こえてくる。
こいつ、まさか……。
「おい、鬼頭! テメェ、またやってんのか!? せっかく鑑別所から出たばかりなんだぁ! くだらねぇ、問題を起こすんじゃねぇぞぉぉぉ、コラァァァ!!!」
こいつは性欲豊富で、特に寝取り願望が強い。
気に入らないカップルの女を無理矢理力づくで奪おうとする癖のある異常者だ。
しかもエロアニメやエロゲーのように彼氏を拘束し、そいつが見ている前で堂々とやることに興奮を覚えるらしい。
こんなクズがどうなろうと知ったことじゃないが、そう何度も警察沙汰になると、同じチームであるこちらにも飛び火が掛かってしまう。
下手したら、ただの喧嘩チームである俺達まで犯罪の片棒を担いだと疑われかねない。
したがって正直、足手まといな奴のだが、色々役に立っているのも事実だ。
特に俺の不在時や盾代わりとしてな……だから安易に切り捨てられない理由もある。
まぁいいだろう……。
美架那さえ手に入れれば、このチームがどうなろうと知ったことじゃないんだ。
元々、勇岬家のしがらみが嫌で結成させたストレス解消目的である。
暴れて勝っている内に、縄張りと人数が増えただけのこと。
今回の件が片付けば、鬼頭を排除して牛田と馬場に『T-レックス』を託せばいい。
俺が揃えたアジトの倉庫もくれてやる。
後は好きにやってくれってやつだ。
どの道、高校卒業には辞めるつもりだったからな……。
だが今だけは言う事を聞いてもらうぜ。
『ご、ごめんよ~、チャコちゃ~ん。そんなに怒らないでくれよ~、バカップル共はちゃんと帰したからよぉ~』
物思いにふける中、気がつけば鬼頭が謝ってきた。
なんとも頭の悪そうな口調だ。
俺の言葉に忠実なところだけは唯一の良い所だな。
「……鬼頭。テメェの軽率な行動がチームに迷惑を掛けるんだ。ほどほどにしとけよ」
『わかった~、んでオレに何の用?』
「明後日、ある男がこの町にやってくる。そいつにボコってほしいんだ」
『いいよ~』
「当日は俺やチーム全員が立ち会う、くれぐれも油断するなよ。とにかく腕の立つ野郎だからな。後で詳細を教える」
『わかった~。チャコちゃん、バイバイ~♪』
そう言いながら、鬼頭はスマホを切った。
「……ガチでバカだな、こいつ」
きっと、鬼頭の実力を持っても堅勇には勝てない。
だが弱らせるか深手を負わせることができる。
万一、フルーレを破壊できれば上出来だ。
後は直接、俺が堅勇を始末すればいい……。
「悪いが、美架那争奪戦で勝つのは俺だぜ――」
俺は美架那との先々を妄想しながら、不敵にほくそ笑んだ。
~鳥羽 堅勇side
思った通り、茶近が誘いに乗ってきた。
大方、『T-レックス』総出で待ち構えているだろう。
「――ここまでは予定通り」
あとは、どう奴とのけじめをつけるかだ。
しかし、神西に正々堂々と負けたとはいえ、こうも心変わりする自分の精神はどこか病んでいるのではないかと疑ってしまう。
反面、こうもあっさり騙し合い切り捨てられる関係だったと思うと、きっと中学の時からボク達はそういう付き合い方だったんだろうと呆れ果ててもいた。
ただ似たような家庭環境と境遇で居場所がなく、一緒にいただけの関係――。
生き方も違えば価値観も違う。
誰かを標的にすることで、初めて意見が一致し団結できる。
あくまで互いの保身や利益のため。
だから勇磨財閥の御曹司である天馬を妬み蔑ろにし、神西にも噛みついたってわけだ
勇魁も似たような気性だが、あいつの場合は独自の正義感を持ち、心の奥底では天馬を擁護していたけどね。
そんなボクらが『神楽 美架那』という一人の女子に惹かれ、守り抜くという誓いを立てながらも、裏では互いの足を引っ張り合っていたわけだ。
だからこそ、美架那は生活環境以前にボク達を異性として見ることはなかったのだろう。
――そして、同じ感性を持ちナチュラルな神西に惹かれたのかもしれない。
それに気づいた時はもう遅かった。
今後、美架那が神西と付き合わないとしても、ボク達に靡くことは決してないと思う。
結局、ファミリー達との関係を終わらせる覚悟がなかった、ボクにはその資格はない。
せめて友達として、残りの高校生活を美架那のために過ごしたいと思ったんだ。
きっと、天馬や勇魁も同じ気持ちの筈だ。
そうして、神西という男を認め擁護すると決めたのだから――。
しかし茶近は諦めてない。
今でも力づくで、美架那を奪うつもりでいる。
そんな奴を好きにさせるわけにはいかない。
ましてや美架那の幸せを壊すような真似など……。
「させるわけにはいかない……茶近、お前のような奴の思い通りにはな」
それにボクも天馬も勇魁も……すっかり神西に甘え迷惑を掛けてしまったからな。
各々、育った環境が特殊だけに、誰かに想いをぶつけるなどしたことがなかった。
幼少から親の名前で気づけば勝手に勝っていた。誰にも負けたことなんて記憶にない。
おかげで勝負にすらならかなったよ。
――しかし、神西は違った。
彼は正面からボクらのわがままを、危険を冒しその身を削りながら受け止め否定してくれたんだ。
全ては美架那のためだけに――。
戦いに敗れ、コテンパンに打ちのめされたことで、ようやくボクらも間違いに気づけたんだと思う。
下級生なのに、そこまでさせて申し訳ないと今更ながら思えた。
だから茶近の件は、神西はかかわらずボクらの手で始末をつける必要がある。
最後くらい上級生として、自分達が犯した『落とし前』をつけなければならないのだ。
「――茶近、昔のよしみだ。仲間として、この手で終わらせてやるよ……それが神西に対するボク達からの詫びであり、美架那への誠意でもあるんだ」
拳に力が入り、そう誓った。
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