第192話 今回の立ち位置(前編)




 黒原が絶叫する中、堅勇さんはシリアス・モードに入り、俺達に向けて呼び掛けてきた。


 ――『勇岬 茶近』についてだ。


「風瀬が体を張ってくれたおかげで、『T-レックス』リーダー、『デス・スマイルのチャコ』の正体がわかった……やっぱり、茶近だったよ」


「地元で本性を隠すために、わざわざ隣町で暴れていたとは……わかっていたら、とっくの前に『粛清』していただろう」


「案外、勇魁対策じゃねーの? あいつ、堅勇と一緒で俺を小馬鹿にしていたが、勇魁だけは別格で見ていたような気がするぜ」


「天パゴリ……いや天馬の言う事も一理ある。けど、それだけじゃないような気もする」


「堅勇テメェ、今俺を天パゴリラって言うとしたな……まぁ、いい。んで、どういう意味だ?」


 天馬先輩は聞いた。


「茶近は天馬と同じく、将来が約束された『茶道の家元』あり厳粛な家庭でもある。同時に古武道の本家とも聞いている。『勇岬流柔術』、ウチのお爺ちゃんも知っていたよ……なんでも身内だけで継承する一子相伝の武道だそうだ」


「堅勇、それで?」


「中学の頃、チラッとだけど、茶近の両親や姉と妹に会ったことがある。家族全員が奴と同じように、へらへら笑っているんだ。ある意味、異様な環境だと思ったよ」


「つまり、堅勇さん。勇岬先輩が隣町で暴れているのは、そのような家で育った憂さ晴らしやストレス解消目的でもあると?」


「その通りさ、神西」


 どっちにしても、やばい奴には変わりない。

 燿平の負傷を見ても容赦のなさが伺える。


 ましてや逆恨みされている俺なら尚更……。


「んで、これからどうするんっすか? 後手に回るのだけは嫌だぜ」


 リョウが半ギレの状態で催促してきた。

 傷つけられた後輩を目の当たりにし、怒りが蘇ったようだ。


「そうだな……風瀬とルウちゃんからの情報だと、『T-レックス』の構成員は30名くらい。中でも『牛田』と『馬場』という二名がNo.2だとか。これだけの面子なら、正面から叩くのもありだが、スマートで賢く作戦を立てていきたいね~」


 堅勇さんは楽しそうに説明してくる。


 完全に、こっち側に馴染んでいるよなぁ。

 とても3日前に俺とやり合った相手とは思えない。

 味方でいてくれて超頼もしいんだけどね……。

 

「作戦って何ですか?」


 俺が問いかけると、堅勇さんはズボンのポケットから自分のスマホを取り出し見せてきた。


「――ボクはまだ茶近と連絡できる状態だ。あいつに神西に負けたどころか、闇討ちしたことすら教えてないからね」


「ましてや、本人は数日前から『チャコ』して隣町で暴れている最中。こちらの状況は掴めてないっす」


「なるほど……鳥羽先輩なら誘き出すことは可能か。上手く誘導すれば、『T-レックス』ごと一網打尽にできるってわけだな」


 燿平とシンの言葉に、堅勇さんは微笑を浮かべて頷く。

 この攻撃的な面子ばかりだからか、すっかり戦う気満々だ。

 

 俺の心境としては、スルーしたいところだけど、茶近さんに標的にされている以上は無視できない。

 相手だけに、こちら側から先手を打つことで周囲を守ることに繋がることにも賛同はできる。


 それこそ、愛紗達……美架那さん。

 俺にとって絶対に守らなければならない女子達……。


 見境のない連中っぽいし、案外俺の家に乗り込まれる可能性だってあるんだ。


「……あのぅ、皆さん。一般論として警察を呼ぶという選択肢はないのでしょうか? それだけ問題を起こしている連中なら、地元の警察にマークくらいされているんじゃないですか?」


 黒原が一番まともなことを言っている。

 普段がアレなだけに意外だ。

 非戦闘員なだけに、こういう場面で最も良識的かつ冷静に考えられるのだろう。


「駄目だ! 俺の後輩がここまでボコられてんだ! 同じ目に合わせねぇと気がずまねぇ! 警察にはそれから突き出しゃいいだろ?」


 拳を握り締める、リョウ。

 俺も同じ気持ちだけど、黒原の意見も無視できない。

 っというか、本当はそうするべきなんだろうけど……。


 ふと天馬先輩が神妙な面持ちで挙手し、皆が彼に注目した。


「茶近の腹の内はどうだったにせよ、俺としては奴の目を覚まさせてやりてぇ……そしていい感で、みんな一緒に高校を卒業したいと思っている。きっと、ミカナだって同じ気持ちの筈だからな」


 当然、警察沙汰になったら、いくら富豪の家柄とて退学は免れないだろう。

 天馬先輩はそれを危惧しているようだ。


 それにしても、彼の中でまだ茶近先輩のことを仲間だと思っているようだ。

 さらに美架那さんの気持ちを汲んだ上でも、そうありたいと願っている。


「……天馬の気持ちもわからなくもない。だが、茶近は僕らの中でも異質な奴だ。中途半端で曖昧な状態では終息はできないだろう。悪・即・滅で徹底的に打ちのめすのが、茶近にとって良薬なのかもしれないね」


「勇魁の言う通りだな。それこそ『T-レックス』ごとにね……今の茶近にとって唯一の生命線と言っても過言じゃないだろう。それから、茶近をどうするかは奴の態度次第ってところだね~。完全に黙らせて鎮静させなきゃ、神西だって安心できないだろ?」


 堅勇に振られ、俺は思わず頷いてしまう。


 確かに『勇者四天王』の先輩達三人もそうだったけど、やはり一戦交えないと茶近先輩の気も収まらないような感じもする。

 勇魁さんじゃないけど、その場は退いてもいずれ違う形で復讐されてしまいそうだ。


 それこそ見境なく卑怯な手を使ってくるかもしれない。

 嘗ての『王田 勇星』のように、誰かを人質って感じで……。


 目には目をじゃないけど、敗北感を植え付けて、こちらが主導権イニシアティブを握る必要があると思う。

 きっとそれからじゃないと、特に茶近先輩は話し合いすら応じそうになさそうだ。


「反対したい奴は無理しなくてもいいぜ。いざって時は俺一人でも乗り込み、連中を全員ブチのめす! プロテストを来年に延ばしたのが幸いだったしな」


「リョウ、勇岬先輩の狙いは、あくまで俺だからな。たとえ個人的な私怨がなくても、耀平をここまでされて何もせず逃げるわけにはいかない……やり方はどうあれ、決着はつける必要はあると思う」


「だが神西君、さっきも言った通りだが、茶近は僕らと同じようで異質な奴だ。ある意味、タガが外れた状態でもある……今回ばかりはやめておいた方がいいと思うよ」


「元々、卒業前にミカナを懸けて決着をつける予定だったからね……ボクも勇魁も、もうその気はないが茶近は違う。この状況すら好機と考え、今の奴なら力づくでも彼女を奪おうとするだろう。それこそ、神西を排除した上でだ」


「勇魁から謝罪を受けながら、ある程度は聞いていたが……堅勇、テメェの口から聞くと禍々しくてムカついてくるな。この俺をとことん蔑ろにしやがって……まぁ、過ぎたことだ。どちらにせよ、神西には手を出させねぇ……俺達三年で茶近と決着をつけようぜ」


 天馬先輩の言葉に、勇魁さんと堅勇さんは頷く。


「ちょい、先輩達、俺もやるって言ってんじゃないっすか!? シン、お前はどーすんだよ?」


「無論、加わる。俺にとって、サキは大切な親友だからな。それに、これは後輩の弔い合戦だ」


「……浅野先輩、気持ちはうれしいっすけど、俺はまだ死んでないっすよ」


 ベッドで寝ながら、耀平は複雑な表情でツッコミを入れる。


 リョウとシンがやる気満々だ。

 一方で、俺は参加しなくていいぞ的な流れになっている。

 正直そう願いたい反面、そうもいかないと思えた。


「……サキさん、それに先輩達。俺の行動で話を大きくさせちまったようで、すまないっす」


 耀平が謝罪してきたので、俺は首を横に振るう。


「耀平、それは違うぞ。俺もお前を頼っていた部分もあるし、それにお前が身体を張ってくれたおかげで有力な情報を手に入れたのも事実だ……寧ろ俺なんかのために怪我までさせて、すまないと思っている」


「サキさん……あんたは何でも一人で背負いすぎっす。少しは周囲の連中を頼ってもいいと思うっすよ」


「うん、そうだな……そうしてみるよ」


 耀平に言われ、茶近先輩の件はみんなに任せるのもありかもしれないと思えてきた。


 ――確かに、天馬先輩達とは違う。


 隣町とはいえ、変に堂々としている分、質が悪いのも事実だ。


「……では、副会長と非戦闘員の僕は先輩達から朗報を待つとしましょうか?」


 黒原がしれっと俺に聞いてくる。


「まぁな……」


 本当にいいのだろうかと思いつつ頷いて見せた。


(神西くんは普段、美少女達からウケが良い分、男子達――特にカースト上位クラスから妬まれる因子があり運命のようですね……それも異端の勇者たる故か。これも『SKファイル』に記録しなければなるまい……ククク)


 っと、俺を実験動物モルモットを見るような目で、密かにほくそ笑んでいるとも知らず――。




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