第191話 意外な訪問者と遭遇




 堅勇さんの案内で、長い渡り廊下を歩く。


 その間、彼はずっと電動式『バランス・スクーター』に乗ったままだ。


「イラッとすんな~。堅勇、テメェそれから降りろや!」


「悪いな、天パゴリラ。室内用はこれしかないんだよ」


「気が利かないな……僕なら客人分は事前に用意させるけどね」


「可愛い女子達なら早急に用意させるけど……キミ達じゃね~。鍛錬だと思って歩きたまえ」


 仲が良いのか悪いのか。

 三年生達はこんな感じで会話している。


 しばらく歩くと、強面のスーツ姿で男達と何度かすれ違う。

 どう控えめに見てもカタギじゃない。


 男達は、堅勇さんに向けて丁寧にお辞儀している。


 やっぱ力あんじゃん! やべーよ、この先輩!

 よく俺は何もされなかったな……。



 とある一室の前に立つ。

 立派で頑丈そうな扉だ。


「――ここで風瀬が静養している。24時間、監視付でね」


 なんか豪華な牢獄みたいなんですけど……。

 燿平、無事なんだろうな?


 堅勇さんは扉を開けると、広々とした部屋に耀平がいた。


 中央に設置された、西洋風の天蓋カーテン付の柔らかそうなベッドの上で寝ている。

 普段の丸眼鏡をしてないから一瞬、誰かわからなかったが、マッシュルームカットで認識した。


 大した恩遇だが、失礼ながら耀平には似合わないと思う。


 ん? 他に誰かいるぞ。


 小柄で長いロータイプのツインテール、小顔で綺麗な二重の瞳の可愛らしい女子。

 っというか、顔見知りの下級生だ。


「――路美じゃん?」


 そう、同じ生徒会の会計、軍侍ぐんじ 路美ろみである。

 

 どうして彼女がここに?

 よく見たら、ウチの学校指定のジャージを着ている。

 まるで部活帰りのようだ。


「……サ、サキ先輩?」


 路美は大きな瞳を丸くして、俺を見つめながら俯く。

 なんだか少しバツが悪そうに見える。


「どうして、堅勇さんの家にいるんだ?」


「え? いや……部活終わってから担任の先生に呼ばれ、通信簿と宿題を風瀬に渡してくれと頼まれたんです。こいつったら、終業式をサボったから……」


「ボクが手配したんだよ。わざわざ担任の教師に連絡してね。大抵の先生達はボクの言うことを聞いてくれるからね」


 堅勇さんが補足して説明してきた。


 何でも『勇者四天王』の先輩達はウチの学校に多額の援助金をしているようで、その関係もあり理事長を始め教師達は頭が上がらない背景がある。

 だから、これまで学校行事を自分らのいいように変更したり日程をずらしていたらしいのだ。


 けど、この場にいる三人は更生している最中なので、そういった無茶苦茶は二度としないだろうと思うけどね。


「そうか……それでわざわざ、ここまで届けに来たんだね?」


「はい。先生からスマホで住所を教えてもらった上で……まさか、風瀬がこんな豪華なお屋敷にいるとは思いませんでした。それに怪我までして……」


「そうだった! 燿平、大丈夫か!?」


 路美に気を取られ、すっかり忘れてたわ~。


「ええ、サキさん、大丈夫っす……心配かけてすみませんっす」


 燿平は寝そべりながら愛想笑いを浮かべる。

 右腕には三角巾固定しており、頭部に包帯を巻いている。

 顔中に擦り傷が目立ち、絆創膏が貼られている。


 だが顔色はよく、元気そうだ。

 様子から、下手な病院より手厚い看護を受けているのだろうと思う。


 そんな中、俺の隣に立っていたリョウが青筋を立てて怒り出す。


「ったく、テメェは無茶しやがって! 何が、もう引退しただぁ! 中坊の頃と変わってねえじゃねーか!?」


「火野さん、申し訳ないっす……けど、サキさんのために有力な情報を手に入れてきたっす」


 こいつ、やっぱり俺のために……。

 基本、凄くいい後輩なんだよなぁ。


「リョウ、相手は怪我人だ。そう怒るな……まぁ、バカは死ななきゃ治らないとも言うしな」


 シンの言動が一番容赦ないと思う。

 当然の如く、燿平はカチンとする。


「こんなことなら、浅野先輩の名前を『T-レックス』の連中に教えておきゃ良かったっす!」


「別に構わんよ……たかが30人やそこらだろ? 後輩と違い、全員返り討ちにしてやるよ! ああ!?」


「ああ!?」


 駄目だ、こりゃ。

 久しぶりに犬猿ぶりを発揮してんぞ、この二人……。


「シン、燿平は怪我してんだから、ほどほどにしてくれよ」


「そうだったな、悪かった」


「……サキ先輩、私、そろそろ帰りますね」


 路美は自分の鞄を持ち、ぺこりと頭を下げる。


「ああ、わかったよ。燿平、路美に礼を言ったのか?」


「そうだったっすね……軍侍、すまねぇっす」


「……別にいいよ。前に助けてもらった借りは返しただけだから。あまり無茶しないでよね」


「わかったっす。意外といい奴っすね」


「勘違いしないでよね。あんたがバカなことをすると、サキ先輩に迷惑かけちゃうでしょ? 優しすぎて自分を責めちゃうような人なんだから……」


 路美は言いながら、上目遣いで俺の方をチラ見してくる。

 いつも俺のことを気遣ってくれる本当にいい子だ。


「ありがとう、路美……バスケ活は順調かい?」


「え? はい、レギュラーではないですけど、年末のウィンターカップで試合に出れることに決まりました」


「本当かい! 良かった! 生徒会との両立だから心配していたんだぁ! 必ず応援に行くよ!」


「ありがとうございます」


 俺が安心してテンションを上げると、路美は嬉しそうに頬を染め、にっこりと微笑む。


「あのぅ、サキ先輩……」


「なんだい?」


「……私のこと、勘違いしてませんよね?」


 ふと、路美は心配そうに見つめてくる。


「勘違い? 路美のこと? どうして?」


「だって……他所の家で、サキ先輩に会えると思ってなかったから……しかも、風瀬の見舞いで」


「クラスメイトだからだろ? さっきの二人のやり取りだと、別に可笑しなところはないと思うけど……」


「でも、鳥羽先輩が変な誤解をしているようでしたから……」


「堅勇さんが?」


 俺がじっと堅勇さんを見つめると、彼は「アハハハーアァーハッ!」と陽気に笑い出した。


「ボクはてっきり、軍侍ちゃんは風瀬と良い仲だと思ってねぇ。彼女らの担任に指名したんだよぉ! それに本当は、タマちゃんに正門で通信簿とか預かるだけの予定だったんだけど、その子があまりにも可愛かったから思わず家に上げてしまったのさ~!」


 さらによくよく聞くと、その情報の発信源は、燿平が中学の頃に情報屋のコンビを組んでいた『獏田ばくた 流羽るわ』って子かららしい。

 

 当時の流羽は何故か自暴自棄で、堅勇さんにナンパされてファミリー入りしたとか。

 ひょっとして、燿平に気があるのだろうか?


 堅勇さんの口振りだと、明らかに路美のこと誤解してそうだな。

 

 けど、可愛いから家上げたって……まさか路美までファミリーに入れるような真似しないよな?

 それは流石に阻止しなければ……純粋な子だけに。


「俺は大丈夫だよ。安心してほしい」


「はい、良かった……私、こう見ても一途ですから」


「え?」


「なんでもありません……じゃ」


 路美は顔中を真っ赤にさせながら手を振って部屋から出て行った。

 そのままヘルパーの珠美さんが玄関まで、彼女を送ってくれるそうだ。


 しーんとした束の間。


「……副会長、他人の家にまで来て、相変わらず『異能』を発揮いたしますね?」


 黒原がまた変なことを聞いてくる。

 やたら目が血走っていた。


「なんだよ、異能って? そういや、お前も俺のことであんまり変なこと触れ回すなよ!」


 っと、俺が注意を呼び掛けるも、黒原は聞いているかいないのか。

 ブツブツと独り言を呟いている。


「サキも鳥羽先輩と、あんま変わんねーじゃねぇの?」


「面倒くさそうだが、今後を踏まえ学ぶべきこともあるだろう」


 リョウとシンまで好きなように言ってくる。

 悪かったな、変わんなくて。


「……三美神といい、美人のお姉さん達といい、妹系の親戚や可愛い後輩といい……さらには最強の女神といい……やべぇ! やべぇよぉぉぉ! なんて羨ましいんだぁ、神西くぅぅぅん!! 僕はキミが羨ましいぞぉぉぉぉぉぉっ、ヒエェェェェェェェェェェイ!!!」


 そして、黒原 懐斗から。

 本日、三発目の「ヒェェェイ」が炸裂する。


 あまりにも発狂ぶりに、『恋愛道』の弟子入りした天馬先輩と勇魁さんですら引いている。

 きっと病気だと思われている。

 あと二人共、師匠にする相手を間違えたんじゃね?


 そんな中、堅勇さんが両手をパンパンと叩き、みんなの注目を集め始めた。


「――んじゃ、男だけになったところで、今後の対策について話し合おうか?」


 変人ナルシストキャラから変貌し、不敵で攻撃的な微笑を浮かべた。




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