第190話 恋愛ビックリハウス




 負傷した耀平の見舞いのため、堅勇さんの家に向かっている中。


「――そういや、シン。オメェもハーレム2号なんだってなぁ?」


 不意にリョウが皮肉めいた口調で聞いてくる。

 しかし、シンは嫌な顔をせず普通に頷いた。


「まぁな。だが、どう接していいかわからない……だから1号であるサキに相談中なんだ」


 何言ってんの、こいつ? ズレてんの?

 公然の場で堂々と認めんなよ。

 つーか、誰が1号だよ!


「……え? どういうことですか、浅野くん!? 副会長と同じハーレムってどういう意味ですか!?」


 あっ、まずい。

 一番、知られたら面倒くさい、黒原に知られちまったぞ。


「ああ、黒原君。同じクラスの天宮と来栖と友達になったんだ。実際、名前を呼び合うまでにはなったが、女子に対してどう接していいかわからなくてね」


 包み隠さず丁寧に説明している、シン。

 やっぱりズレているようだ。


「おい、シン……黒原に余計なこと言わなくていいんだぞ!」


「どうしてだ、サキ?」


 俺が耳打ちしている中、黒原は立ち止まり案の定、身体を小刻みに震わせる。


「……何だって? あのクラス委員長のぽっちゃり可愛い系の天宮さんと、独特な空気感を持つダウナー系の美少女である来栖さんと友達!? しかも名前で呼び合う程の親密中だとぉぉぉ!?」


 ほら見ろ。

 また変なスィッチ入ったじゃねーか。


「誤解すんなよ、黒原。シンの場合、友達増やしただけでハーレムでもなんでもないからな」


 本人はさて置き、実際は女の子達はぞっこんっぽいけどな。


 だが黒原は俺の話なんぞ聞いちゃいない。

 完全に自分の世界にトリップしていた。


「……羨ましい! 羨ましいぞぉぉぉっ、浅野くん! なんて羨ましいんだぁぁぁぁっ!! さぁ、勇磨先輩と壱角先輩もご一緒に、ヒェェェェェェェェェェェイ!!!」


 挙句の果てには先輩達を巻き込み絶叫する、黒原 快斗。

 天馬先輩と勇魁さんは、そんな師匠の有様をただ唖然と見据えるだけだった。


 はっきり言って『恋愛道』関係ないし、ただの嫉妬だし。

 おまけに近所迷惑だから大声出さないでくれる?


 それから電車を乗り継ぎ、堅勇さんの家へと辿り着く。




 家と呼ぶより、屋敷というか……門構えといい、和と洋を兼ね備えた『城』のような敷地と建物だ。


 やべえ、早速場違いな所に来てしまったんじゃね?

 本当に、耀平はここで静養しているってのか?


「俺ん家のボクシングジムよりデケーな」


「……嫌味を通り越して壮観ですね」


 っと、リョウと黒原など、俺と同じ庶民派の意見。


「王田家と敷地面積と同じくらいですかね」


「一応は国内屈指の不動産王だから、これくらい当然じゃなのかい?」


「いちいち人ん家を気にしてんじゃねーよ」


 一方のセレブ組みの意見。

 特に天馬先輩は自家用ヘリとか爺やとかいるから、あっさりと受け流している。

 地味にこの格差になんかイラついてきた。


 そして、勇魁さんは門に設置されているチャイムを鳴らす。


「……さっきの話を思い出しましたが、黒いスーツの人達が出てきたらどうしましょうか?」


 黒原は不安めいたことを言ってくる。


「んなもん、こっちがやましいことしなきゃ問題ねぇだろ? いちいちびびってんじゃねぇぞ」


 度胸のあるリョウは顔を顰めた。


 俺的には、黒原の言いたいことの方が理解できる。


『どなたですかぁ?』


 ドアフォン越しに艶っぽい女性の声が聞こえる。


「堅勇君と同じ学校の壱角 勇魁です。彼に用があってきました」


 見た目通りの丁寧で紳士的な口調で応える。


「普段、奴をバカナルシストって呼んでいるが、こういう場面では不思議に『君付け』してしまうよな?」


 どうでもいい同調を求めて来る、天馬先輩。

 互いにそんな風に呼び合っているから、ちょっとしたことで拗れるんじゃねーの?


『今、開けますねぇ、どうぞ~』


 愛想良い声で、門の扉が独りでにギィィィと開く。

 趣のある造りの癖に割とハイテク使用のようだ。


 俺達全員が敷地内に入った。

 これまた広々としている。


 ……あれ? どうして誰も前に進まないんだ?


「天馬先輩、勇魁さん。俺ら二年、堅勇さん家は初めてなんで案内してもらっていいですか?」


「何言ってんだ、神西。俺だって堅勇の家は初めてだぜ」


「僕もだ。まぁ、過去あいつと茶近は僕を利用するために、僕の家にはしょっちゅう来ていたけどね」


 え? そうなの?

 そういや、そういう一面もあったんだっけな。


 こうして友達として足を運べるようになったのも、俺に挑んで負けたからか……。


 とても良い事なんだけど、巻き込まれる側として何か複雑だ。



 俺達が立ち止まっていると、建物側から誰かが不自然な動作で向かってくる。


 両足を動かさず、スーッと地面を滑るような動き。

 よく見ると、電動式の『バランス・スクーター』に乗っていた。


 両腕を組み、「ハハハハッ」と笑う、ナルシスト風の長い金髪の男。


 鳥羽 堅勇さんだ。


「よく来てくれたね、キミ達。まぁ、ついて来たまえ」


 軽快な動作で、俺達を玄関まで案内してくれる。


「いらっしゃ~い」


 玄関先で、一人の女性が出迎えてくれる。


 随分と大人びた感じの人だ。

 少なくても夏純ネェと鞠莉さんより年上っぽいぞ。


 まるで女優のような綺麗で整った顔立ち、茶色に染めた長い髪を一本の太い三つ編みを肩へと流している。

 動きやすそうなポロシャツとロングパンツに、大人の女性として抜群のスタイルが浮き出ていた。

 俗に言う、艶やかな大人の魅力というべきか。


 一体この人は誰なんだ?


 堅勇さんのお姉さん……まさか、お母さんってことはないだろう?

 そう思わせる程の包容力というか、母性を感じさせてしまう女性でもある。


「――紹介しよう、彼女は『園部そのべ 珠美たまみ』。ボクのお爺ちゃん専属の介護ヘルパーで、ボクのファミリーでもある。彼らは昨日話した、ボクの友達だ」


「あら、ケンくんにこんな大勢の男子友達がいたなんて、ずっと心配していたから嬉しいなぁ。皆さん、よろしくね~」


「は、はい……どうも」


 俺を含む、全員が軽く頭を下げる。

 柔らかく、ほんわかした明るい人だと思った。


 ん? 待てよ……お爺ちゃんの専属介護ヘルパーは良しとしよう。


 でも『ボクのファミリー』って……何?


 堅勇さんのファミリーって言えば、アレじゃね?


「まさか、堅勇さんの彼女さんっすかぁぁぁ!?」


「ああ、そうだよ」


 しれっと答えるナルシスト勇者。


 あんた顔は濃いけど、まだ17か18歳くらいだよね!?

 なんでこんな大人の女性とお付き合いしてんの!?


 同年代の『光石 琴葉』さんといい、耀平の元相棒で年下の『獏田 流羽』っていう子といい……。


 一体、何人のファミリーがいるんだぁぁぁ!?

 つーか、この先輩ストライク・ゾーン広すぎ!


「……このクソ野郎にだけは、ミカナは渡せねーな」


「そうだね。こうも禍々しいと、神西くんが可愛く見えるよ」


 付き合いの長い二人の先輩でさえ呆れ返っている。


「ったく。俺の周りの連中、ハーレムが多いけど、どうなってんのよ?」 


「流石に、ここまで手広いと後々面倒くさそうだな……」


 俺達は呆気にとられ、ドン引きしている中、黒原だけが拳を握りしめ身体を震わせていた。


「チクショウゥゥゥゥ! こんなの許されるのは、『異端の勇者』である副会長だけだからなぁぁぁぁ!! 行くぞぉぉぉ、ヒエェェェェェェェェェェェイ!!!」


 本日、二発目の「ヒェェェイ」が木霊する。


 しかし堅勇さんは一切動じない。


「アハハハッ。ボクのファミリーっと言っても、色々な付き合い方があるからねえ。タマちゃんとは、キミらがジェラシーを抱く間柄じゃないよ~ん!」


 説得力はないけど、本人がそうだと言うなら、そう思うしかない。


 所詮は当人同士の問題。

 俺達がどうこう言うべきことじゃないからだ。


 こうして、俺達は『恋愛』という名のビックリハウスへと招かれるのであった。




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