第187話 最後の四天王




~勇岬 茶近side



 クソォッ!


 風間という男にまんまと逃げられてしまった――。


「チャコちゃん、どうする!? 追いかけるか!?」


 牛田が指示を仰いでくる。

 俺もようやく目が慣れた頃だ。


 しかし。


「やめておけ。雑魚一匹逃がしたところで痛くも痒くもねーよ。別に、俺らのこと知られても不都合なことはねーだろ?」


「けど、チャコさん。ここの場所は知られちまったぜ」


 馬場が懸念の表情を浮かべる。

 こいつは腕力バカの牛田と違って冷静クールな男だ。


「どうってことねーよ。そんなに気になるなら引っ越しゃいいだろ?」


「ここを引っ越すって……そんなあっさり?」


「やっぱ、チャコちゃんすげーわ!」


「それよりも、今夜は大事なイベントだ。『ブラック・マウス』との『戦』前に余計な体力を使うんじゃねーぜ」


 感心するNo.2達を他所に、俺はしゃがみ込み地面でバラバラに砕けたスマホを見据える。


「自分からここまで壊したってことは、奴にとって知られたらやばすぎるデータが入っていたってことか……」


 さっきは、ああ言ったものの気になる。


 それに、あの風間って奴……どこかで見たことがあるんだよな。

 地元の町、それに学校か?

 駄目だ、思い出せねぇ……。


 そういや今日は終業式だったな。


 どうでもいいが、堅勇の野郎はきちんと神西を始末したんだろうか?

 その連絡すら来ちゃいねぇ……。


 まさかと思うが裏切ったりしてねぇだろうな。


 『ブラック・マウス』と決着をつけるまで放置しておく予定だったが、どうも気になっちまう。


 俺は自分のスマホで堅勇に連絡するも野郎は一切出ようとしない。


 いや出られない状況なのか?


 時間帯でいえば、丁度終業式が終わり放課後辺り……。


 美架那はちゃんと学校に来ているのだろうか?

 他の連中はどうでもいいが、唯一彼女だけは気になった。





 そして夜、とある港広場にて。


 バカップル達がクリスマス・イヴとかはしゃいでいる中、俺達『T-レックス』の男達は集まっていた。


 向かい側から、別のむさ苦しい集団が近づいて来る。

 どいつも黒い服を着こんだ連中だ。

 奴らが、俺達の縄張りを犯している『ブラック・マウス』か……。


 黒の集団達は一定距離を保ったまま立ち止まる。


 一番体格ががっしりした大男が一人、前に出てきた。


 黒ジャケットにバンダナを巻き、口髭を生やした強面の野郎だ。


「やあ! クソ共、待たせたなぁ! 誰が『デス・スマイルのチャコ』だぁ、ああ!?」


 見かけによらず、やたら甲高い声だ。

 まさか、こいつなのか?


 俺が前に出て行く。


「俺がチャコだ! テメェが三木か!?」


「そうだよ! ボクが『ブラック・マウス』のリーダー、『ミキ・マウス』だよ! 覚悟しろ、この野郎ッ!」


 マジかよ……もろ声がまんまじゃん、こいつ。

 喋り方といい、絶対に何かに引っかかるぞ。


 まぁ、しゃーねぇわ。


「ほんじゃ、早速おっぱじめようぜ! 合戦だぁぁぁぁぁぁ!!!」


 俺から発した気鋭の声が引金となり、同じチームの連中が怒号を上げて突進した。

 三木率いる『ブラック・マウス』も同様だ。


 乱闘が始まってすぐ、リーダー同士が対峙する。

 とっとと決着を付けて、互いのチームに勢いを付けさせるためだ。


 『戦』とは称しても、所詮はチンピラ同士の喧嘩。

 そこに戦術性なんてあったもんじゃねえ。


 シンプルに勝つか負けるかの二択。


 あと誰かに見つかり警察に通報されたら逃げるしかない。


 だから、その前にリーダー同士が決着をつける。

 それで大まかの勝敗が決まってもんだ。


「死ねぇ、チャコ!」


 三木が殴りかかってくる。

 ボクシング・スタイルからの右ストレート。


 こいつ確か、総合格闘技をやっていると聞く。


 いきなりタックルを仕掛けて来ないのは、リングや練習場と違って地面が硬いコンクリートだからだ。

 回避された場合の方が、逆に怪我を負うリスクが高い。


 したがってストリート・ファイトにおける汎用性の高さじゃ立ち技系、つまり打撃系の格闘技が、もっぱら有利に展開を運べる場合が多い。

 ボクシングや空手、それにジークンドー辺りか。


 また相手と組んだ時に威力を発揮するのが投げ技の柔道だ。

 あとやり合ったことはねぇけど、相撲もストリート・ファイトだと相当やばいと聞いたことがある。


 そして、ガキの頃から俺が叩き込まれた古武道こと『勇岬流柔術』にとってストリート・ファイトこそが、より有利に働く最高の舞台であり戦場でもある。



 俺は臆することなく踏み込み、三木の右拳を躱して懐に飛び込む。

 間際、奴の右手首を掴み外側に捻りながら肘関節を極める。

 その状態で素早く移動し、流れに任せる勢いと反動でブン投げた。


「がぁ!?」


 三木は自分が何をされたのかわからず、受け身も取れぬままコンクリートに背部と頭部を強打する。

 それこそ昼間に同じことをしてやった、風間ってスパイと同様だ。


 合気道であれば、最早この時点で攻撃は終わるが『勇岬流柔術』は違う。

 家訓ともいえる戦術的処世術に則り、『主導者リーダー格と単独で対峙した際、二度と歯向かわないよう徹底的に叩きのめすべし』と教えられている。


 俺はそれを実行するだけだ――。


 右腕の関節を極めたままの状態で、相手のマウントを取りボコ殴りにする。

 このまま寝技で締め上げることも出来るが、特に複数の乱闘戦だと他の敵に囲まれボコられるだけだから意味はない。


 それにアスファルトの上だと抑えつけた際、誤って自分の皮膚を傷つけるリスクもあるから、俺にとっては微妙な技だ。


「ぐう……」


 三木は完全に戦意を失いグロッキー状態だ。


 これで俺の勝ちだな。

 攻撃を止め、極め技の拘束を解き、周囲を確認する。


 どいつも掴み合いの腕力バカ、あるいはにわか格闘技の真似事みたいな戦い方だ。


 おかげで、どちらが優勢なのかよくわからない。

 不毛な争いにさえ見えてしまう。


 まぁいい……リーダ―である三木は俺が倒したんだ。


 敵の士気も低下し、あとはゴリ押しで勝てるんじゃね?

 楽観的に考える。


「オラァ! ミキ・マウスは俺が倒したぞぉぉぉ!! 残りの雑魚共を叩き潰すぞぉぉぉぉ!!!」


 俺は勝利宣言し、周囲に向けて鼓舞する。


「やっぱ、チャコちゃん強えーぜ! オラァ、テメェらはもう終わりだぁぁぁ!」


「全員ブッ斃せーっ!!!」


 チームの連中に勢いがつき、形勢は一気に『T-レックス』側へと傾く。


 俺も参戦し、残りの雑兵を叩きのめす。


 この瞬間だけ、俺は『勇岬家』のしがらみから解放される瞬間だ――。


 元々は、俺のストレス解消目的で結成した喧嘩チーム。

 地元じゃ足がつくから、わざわざ隣町で遊びに来ているだけだ。


 仮にチームが消滅しても知ったこっちゃない。

 また違う町で、新しい玩具を探せばいい……。


 ――俺にとってはそれだけだ。




 こうして、『ブラック・マウス』は壊滅し、俺達『T-レックス』が勝利した。


 三木と、そのチームの連中はどうなったか知らないし興味もない。

 一応、通りすがりの振りをして救急車だけ呼んでやった。

 しっかりと敗北心を植え付けてやったし、どにらにせよ二度と俺達の縄張りを侵すことはないだろう。



「やったな、チャコちゃん! 俺らの大勝利だぜぇ!」


「これで俺達の名がまた広がる! チャコさんにも箔がつくってもんっすね!?」


 凱旋時、牛田と馬場が興奮気味で言ってくる。

 他のチーム達も勝利の余韻に浸っているようだ。


「……まぁな」


 俺はあっさり受け流し、普段通りヘラヘラ笑う。

 この町で笑う必要なんてないのに……潜在的に刷り込まれた癖は治らないらしい。


 ――茶近、キミの笑顔ってなんか胡散臭いね。


 美架那によく言われた台詞。


 あいつにはいくら言われようと腹を立てたことは一度もない。

 他の連中は気づきもしないのに、寧ろ俺のことをよく見てくれていると思った。


 だから好きになった――。


 あいつなら、きっと俺の全てを受け入れてくれる、そう思っているんだ。


 なのに……神西 幸之。

 奴が土足で踏みにじっている。



 ――雪が降ってきた。



 まるで昂った気持ちを冷まさせてくれるかのように、見上げた頬へと当たってくる。


 ホワイト・クリスマスってか?

 俺は皮肉を込めつつ舌打ちした。


 チーム達は、まだはしゃいでいる。

 女っ気もないのに呑気な馬鹿どもだ。


 にしても。


 天馬や勇魁は、すっかり奴に諭されちまっている。

 堅勇は連絡がつかないからわからない……案外、とっくの前に負けちまって、神西に靡いた可能性もある。


 しかし、どちらでもいい……。


「――所詮、俺一人だ」


 寧ろ好都合ってもんよ。


 事実上、ライバル達が『美架那争奪戦』にリタイヤし、レース相手は神西だけになったんだからな。


 だったら尚更、あんな格下の寝取り野郎に負けるつもりはねえ!






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