第185話 元相棒の今カレ




~風瀬 燿平side



 そいつは女だった。


 無造作に伸ばされた長い黒髪。

 黒色のパーカーに半ズボン、しましまのニーソックス。

 背が低く小柄、さらに小顔で整った容貌。

 少し目尻が吊り上がった大きな猫目は、彼女が持つ自信と気性の強さを表している。


「……流羽か?」


 そう、俺が中学の頃、一緒にコンビを組んでいた同じ年の女子。


 ――獏田ばくた 流羽るわ


「燿平、随分と派手にやられたみたいね……病院いっとく?」


「いや、いいっす。行くから地元の病院の方が安全っす……ところで、どうしてお前がここにいるっすか?」


「あんたが連中から逃げて相当ピンチだと思ってね。匿ってあげようと思って助けにきたの……感謝してよ。本来なら自己責任なんだからね」


「何故、俺がピンチだと? それに俺の場所がわかったんすか?」


「今は情報社会でしょ? 個人の情報なんてリアルタイムでどこでも流れているわ。例えばSNS」


「SNS?」


「あんたが街中で逃げる姿、どっかの女子高生にアップされてたわよ」


「マジっすか? なるほど……それで、お前は俺の周りに映る背景と照らし合わせて場所を特定したってわけっすね。まったく恐ろしい世の中……いや、見つけるお前がおっかない女だけかもしれないっす」


「失礼ぶっこくと助けてあげないわよ」


「冗談っす。ところで匿ってくれるって何処にっすか?」


「とりあえず、あたしが住んでいるアパートね。それから『彼氏』に相談するわ」


「彼氏!? お前、彼氏いるんっすか!?」


「そう、2個上。あんたと別れてからナンパされて付き合うようになったの。この街に引っ越してからもマメに連絡くれたり会いに来てくれる優しい人よ」


「俺と別れたって……お前とは情報屋としてのコンビを解消しただけで、元々そういう関係じゃないっすよ!」


 俺の否定的言動に、流羽は「フン!」と強気に鼻を鳴らす。


「あんた根っからの変態だもんね。引退したって言ったって、すぐそうやって自分から危険に首を突っ込みたがる……もう死ななきゃ治らないね」


「何でも好き好んでというわけじゃないっすよ。ここまでする価値のある人達に出会ったからやってるっす……」


「誰? あんたの恩人である火野さん?」


「そうっす。あと、もう一人いるっす……その人が一番危なかしいっす」


 言いながら、サキさんの顔を想い浮かべる。

 俺なんかより、あの人の方がトラブルに巻き込まれやすいっすね。

 しかも意外と男気のある人っす。


「そう……まぁいいわ。立てる?」


「ああ、しかしいいのか? お前も彼氏だかも危険な目に巻き込まれるぞ」


「大丈夫よ。T-レックスの連中、今頃『ビック・マウス』との抗争に夢中で、もうあんたなんか眼中にない筈よ」


「そういや、そうだったすね……だから追ってもなかったわけだ」


「だね。あと、『彼氏』は滅茶苦茶強いから問題ないわ」


 年上の彼氏ね……。

 別にどうでもいいけど、少しイラっとするっすね。


 スマホも破壊して回収不可能だし、ここは流羽に甘えることにしたっす。




 俺は流羽の肩を借りながら、そのまま人気のない裏路地を歩いた。


 ぽっつんと建てられた古びたアパートに連れて来られる。


 別に、この女に興味ないっすけど、なんだかドキドキしてくるっす。


 仮にも一人暮らしの女子の部屋っすからね……っと思ったけど、期待するだけ野暮だったっす。


 ――殺風景な部屋だ。


 ごっついディスクトップ・パソコンやノートパソコンの数台が置かれている。

 他、必要な家電とベッド意外は何もない。


「色気も素っ気もないっすね……ある意味、殺し屋みたいっす」


「どうせ、あんたも人のこと言えないでしょ? 今『彼氏』と連絡ついたわ。負傷中だけど、すぐ来てくれるって」


「負傷中ね……今日はクリスマス・イヴだから、怪我しても愛しの彼女に会いに飛んでくるんっすかね?」


 流羽の癖にリア充っぽいので皮肉を込めて言ってやる。

 しかし彼女は表情を変えることなく首を横に振るう。


「違うわ。普段からロマンチックな人だけど、私とは契約的なウィンウィンのドライな付き合いだからね。彼もね、あんたと一緒で『T-レックス』のこと探っていたのよ……私の情報収集力を頼ってね」


「マジっすか!?」


「そっ、但し危険が及ばない範囲よ……彼、私の腕を見込んでくれているけど、そういう面では心配性なのよ。一応、私ファミリーの一員だからね」


 ファミリー?

 なんだ……つい最近どっかで聞いたフレーズっすね?


 にしても、段々と読めてきたっすよ。


「まさか、流羽……初めに『チャコ』がこの街にいるっていう情報を無償で教えたのも、俺を連中と接触させて探らせるためだったんっすか?」


「あはは……まさか、まさか。私そこまで悪女じゃないし。でも、燿平だって知りたがっていたでしょ? だから教えたのよ……こうして、ちゃんとアフターケアしてあげる上でね。仮にあんたが連中に捕まったら、速攻で警察に密告するところだったのよ……連中の潜伏場所はわかってたし」


「感謝していいのやら悪いのやら……とりあえず有益な情報が得られたっす」


 しかし助けてくれるとわかってたら、自分からスマホを破壊したりしなかったっすけどね……。






 二時間後、その彼氏がやってきた。


「やぁ、ルゥちゃん、おひさ~!」


 チャラそうな軽い口調の金髪男。

 堀深い顔立ちだが左頬に大きな絆創膏が貼られている。

 どちらにせよ、いけ好かない野郎には変わりない……っと思ったら、こいつ。


 ――鳥羽 堅勇じゃないっすか!?


 同じ学校の三年で勇者四天王……しかも、サキさんを狙っている男だ!


「お前ッ!?」


 俺は借りていたベッドから起き上がった。


「おっと、その怪我で無理しない方がいいよ~。見ての通り、ボクもこのザマさ……神西にヤキ入ってね」


 身構える俺に、鳥羽は両手を振って敵意がないことをアピールしてくる。

 サキさんにヤキ入れられただと?


「……おま、いや先輩は、サキさんと一戦交えたんっすか?」


「ああ、色々あってね……最後は正々堂々と敗れたってわけだよ。今日の出来事だけどね~」


 そうか……サキさん、こいつに勝ったんっすね。


 暴走族を壊滅させるほどのフェンシング使いに勝てるなんて、サキさんこそ怪物っす。


 だけど、この鳥羽 堅勇――。


 負けたという割には、随分と清々しい。

 あの浅野先輩や王田 勇星といい、これまで関わってきたクズ共もそういだが、サキさんと関わった奴らの大半はなんらかの形で更生しているようっすね。

 どういうわけかわからないけど、それがあの人の魅力でありカリスマ性なのかもしらないっす。


「んで、流羽の話だと、鳥羽先輩も『T-レックス』について探っていたとか?」


「そうさ~。キミと利害は一致していると思うよ~ん」


 いちいちチャラくてイラッとするが我慢するっす。


「どうしてっすか?」


「ある男と対立することを見越してね……風瀬、キミなら察しはついてるだろ?」


「――勇岬 茶近っすね?」


「ご名答。ボクの予想だと、茶近こそT-レックスのリーダー、『デス・スマイルのチャコ』だと思っている」


「正解っすね……そして噂通り、合気道のような古武道を使ってたっすよ。俺なんてもろにブン投げられて、この有様っすから……」


「……そのようだな。今、医者と看護師を外の車で待たせている。地元に戻る前に診てもらおう」


「医者?」


「ああ、ボクの祖父の専属医さ~。無理言ってついて来てもらった。ルゥちゃんからキミが結構な怪我していると聞いたからね。頭を打っているなら下手に動かない方がいいだろ? それからしばらく、ボクの家で静養していればいい」


「俺が鳥羽先輩の家にっすか!? どうして、あんたがそこまで!?」


 直接的な敵対はしてないとはいえ、少なくても俺が慕うサキさんを狙っていた男だ。

 しかも今日の今日、普通何か企んでいるのか勘繰っても可笑しくない。


「……神西には色々と借りがあってね。それを返すだけさ」


 鳥羽から、先程までのチャラい口調が消失する。


 その表情は、どこかしんみりと穏やかな雰囲気に見えた。






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