第184話 情報屋の潜入調査(後編)




~風瀬 燿平side



 T-レックスのNo.2である牛田と馬場に連れられ、俺はある倉庫へと案内された。


 何かトレーニングジムのような清潔感溢れる場所だ。

 現に、最新型の身体を鍛えるマシーンが幾つも並んでいる。


 ここが連中のアジトってやつっすか?


 てっきり古びた空き家とか廃墟ビルとか、そんなアウトローなイメージだったっすけど、想像以上に設備が整っているっす。


「驚いたか? 俺達のリーダーは超金持ちなんだ。強えーだけじゃねえよ」


「これ、全部リーダーさんが揃えたっすか? 建物ごと?」


「そうだ。あの人はあんまり自分のことを話さないが、実家が長者番付に載るほどの富豪らしい……もっとも俺達はあの人の絶対的な強さと頭の良さに惹かれて、ついて来ているんだけどな」


「へ~え……」


 牛田と馬場の話を聞き、俺は相槌を打ちながら思った。


 やっぱり『チャコ』の正体って――……。


「牛田に馬場ぁ、誰よ、そいつぅ~?」


 遠くから複数のガラの悪そうな連中に囲まれる、一人の男。


 坊ちゃん刈の童顔で、ヘラヘラ笑っている。

 一見、温厚そうな雰囲気だが、近づくと目が笑っていない。


 てか、この男……そうか、そういうことか。


「チャコちゃん、チィース!」


「こいつは、風間って奴で、俺らのチームに入りたいっと希望してきた男です」


 牛田と馬場は背筋を伸ばし、『チャコ』に頭を下げる。


 俺もぺこりと頭を下げ、そいつの顔をまじまじと見据える。



 ――勇岬ゆうさき 茶近さこん



 同じ学校の三年生であり、勇者四天王の一人だ。


 あの中では壱角さんの次に制服を正しく着こなしているから清潔感のあるイメージだが、今は随分と印象が異なっている。

 両耳にピアスをしており、高価そうなネックレスに指輪、それに髪も茶色に染めている。


 なんて言うか……チャラくね?


 まるで、抑制された場所から解き放たれた自由さを感じる。


 何はともあれ、これではっきりしたっす!


 予想通り――勇岬 茶近が『デス・スマイルのチャコ』だったっすよ!


「俺らのチームに入りたいだぁ?」


 チャコこと、勇岬が顔を顰めて聞いてくる。

 学校じゃいつも、あの三人の一番後ろでヘラヘラ笑っているだけの奴にしては、ある意味表情が豊だ。


「はい、T-レックスの評判は聞いているっす! 俺の憧れっす!」


 俺は演技を入れつつ持ち上げる。


 こいつとは直接的な面識はないとはいえ、普段の格好ならバレていただろう。


 昔の通り名である『情報屋の傭兵』は案外その筋の者に知られているっすからね。

 今は伊達である丸眼鏡も外して、髪型も今風にしている。

 喋り方も子分風で別に違和感はない筈っす。


「ふ~ん……まぁ、確かに腕に覚えがありそうだな。んじゃ、スマホ貸せや」


「え?」


「素行調査だ。スマホを貸してみろって言ってんだよ。案外、『ブラック・マウス』の兵隊かもしれねぇだろ?」


「ははは……まさか。俺、そいつらを三人ボコって、牛田さんと馬場さんに目を掛けられたんっすよ。んなわけないじゃないっすかぁ?」


「今日は『戦』っていう、大切なクリスマス・イベントがあるんだよ。念のためだ。いいからちょっと貸して見ろよ、それでチーム加入を認めてやるぜ」


 勇岬は掌を差し出し、スマホをよこせと迫ってくる。


 ――どうする?


 今、スマホを渡せば、必ずLINEの履歴を調べられる。

 昨日の流羽るわとの会話を覗かれる可能性がある。


 それに、サキさんや火野さんも……。


 やばいっす!


 地味にピンチっす!


 ここはスマホを渡すフリして、勇岬に一発ブチかまして、連中がひるんだ隙に逃げるしかないっす!

 奴の正体を知っただけでも十分っす!

 得た情報を無事に依頼人に届けるまでが、プロの情報屋の使命っすからね。


「どうした? 早く渡せよ」


「わかったっす――」


 俺は頷き、ポケットからスマホを渡そうと差し出す。


 ――っと見せかけ、勇岬の顔面に向けて拳を振いヒットさせた。


 筈なのだが。



 ドン――!



 俺の身体は宙を舞い、コンクリートの地面に叩きつけられた。


「――なぁ!?」


 嘘だろ!? 一体、どうなっているんっすか!?


 俺、何をされたんっすか!?


「やっぱり、スパイか……テメェ」


「チャコちゃん!?」


「心配するな、牛田。俺に当たってねえよ。カウンターでブン投げてやったからな」


 勇岬は何事もなく平然と言い、俺を見下ろしている。


 そういやこいつ、古武道をやっているって聞いたっす!

 今のが、その技の一環だってのか!?


 いつの間にか勇岬の手に俺のスマホが握られている。

 まずい、スマホを取られちまったす!


「チャコさん、こいつ何者ですか? やはり『ブラック・マウス』ですかね?」


「さぁな。だが馬場、このスマホを調べりゃ、こいつの交友範囲くらいわかるだろう」


 クソ……なんとかしないと。


 このままじゃ、俺だけじゃない。

 情報をくれた流羽にまで被害が及んでしまう。

 元とはいえ、情報屋としてあってはならない失態っす!


「ぐっ……おっ!」


 俺は立ち上がる。

 背中がバキバキと痛む。受け身を取りそこなったからだ。

 おまけに頭部のどこかから、じわっと鈍い痛みと共に額から血が滴り流れ落ちてくる。


「おい、こいつ、まだやる気なのか?」


「やめておけ、頭も打っているだろ? それで勘弁してやるから、とっとと消えろ。スマホは没収だからな」


「それに、これだけの人数に勝てると思っているのか?」


 俺はくらくらする頭部を押さえ、チラッと周囲を一瞥する。


 ざっと見て、30人くらい集まっている。

 きっと『戦』だかに備えて結集したのだろう。


 つまり勇岬の一声で、この30人の男達が一斉にサキさんに襲ってくるかもしれないってわけだ。


 ――させねぇっすよ!


「うおおおおぉぉぉぉっ!!!」


 俺は咆哮を上げ、勇岬に突進した。


「――バカが。お前ら、どいてろ」


 勇岬は半身の構えをとる。

 力を抜いた自然な立ち姿、右足を半歩前に出した姿勢。

 両腕は前に翳した『手刀』の構え。


 ボクシングや他の格闘技とは明らかに異なったスタイル、どこか静かで落ち着いた趣さえ感じてしまう。


 ちなみに、俺のスマホは左手に握られたままの状態だ。

 なんとしても、あれを奪取する必要がある。


 俺は痛みを堪え、ポケットからある物を取り出し、勇岬の顔面へと翳した。


 それは防犯用の目潰し――フラッシュ・ライトだ。


「ぐわっ、こいつ!」


 流石の勇岬も眩しさに視界を奪われ、両手で顔を覆う。

 火野さんから学んだ、相手の視界を奪って反撃する喧嘩殺法の応用っす!


 しかも、チャンスだ!


 俺は勇岬が持つスマホを叩き落す。

 そのままコンクリートに転がったスマホを靴底で何度も踏みつけ、粉砕するほど徹底的に壊した。

 これで俺が捕まっても、素性がバレることもなく周囲を巻き込むことはない。


「テメェ!」


「チャコちゃん!?」


 馬場と牛田、他の連中が怒り狂った形相で、俺に向かって来る。


 ここからが本当の正念場っす――。


「うおおおおぉぉぉぉっ!!!」


 もう一度、咆哮を上げ、俺は奴らの中に突っ込んで行った。


 相手に殴られ蹴られようと、俺は構わず前へと突き進み、囲まれる打ちに出口へと向かう。

 途中、服を掴まれそうになるが、上着を脱ぎ捨ててとにかく必死で逃げまくった。


 その執念の甲斐もあり、出口を抜けて脱出することができた。




 奴らの追撃はないようだ。


 きっと外だと目立ってしまうことと、大事な『戦』だかの前に、俺一人に人員を裂くという選択はなかったんだろう。


「やったっす……人間、必死になればなんとかなるもんっすね……」


 とはいうものの、全身ボロボロだ。

 頭部もそうだが、右腕がズキズキと痛んだ。

 きっと合気道みたいに関節を決められた状態で投げられたのだろう。


「……あれが、勇岬の戦い。とにかく間合いに入った時のカウンターが相当やばいっすね」


 他にも攻める用の技もある筈――。


 けど純粋な喧嘩なら、火野さんの方が上っすね。

 あの人こそ、勝つためには手段選ばない人っすから……。


 ただサキさんは正統で純粋すぎる人っすからどうなるか?


 などと街中を歩きながら考えていると、頭がくらくらしてきた。

 病院に行くほどじゃないっすけど、結構ダメージを受けたっす。



 俺は人気のない裏通りに入り、地面に座り込む。

 少し体力を回復させてから、地元に帰ることにした。



 そんな中。



「――やっぱり、ここにいた」


 誰かが俺に声を掛けてきた。






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