第182話 デパート内での買い物デート(後編)




 俺達が愕然とガン見する中、シンが気難しい顔して切れ長の瞳を合わせてくる。


「なんだ、サキ……そんなに俺が滑稽か?」


「いや……そういうつもりで見ていたんじゃ、ごめん。一体どうなっているのか気になっちゃって」


「昨日、三人でクリスマス会をして、打ち解けてそれぞれ名前で呼び合うようにしたんだ」


 まぁ、俺が参加するよう行かせたからな。

 そこで仲良くなりましたってことは理解できるよ。


「んで、ユウリとアズサからクリスマスプレゼントをもらったわけだが、俺は気が利かなく何も用意してやれなかった。元々、ぼっちの俺が女子に何を買ってあげていいのかわからないからな」


「だろうな」


「んで、俺から二人を誘って、デパートで買い物に来たってわけだ。二人に選んでもらった上でな……その方が下手な物を買うより、余程いいだろ?」


 なんだ、俺とあんまり変わんないじゃん。


「そうか、天宮さんと来栖さんとも仲良くなって良かったな。なんかホッとしたよ」


「まぁな……修学旅行の時といい、ユウリとアズサは俺なんかのために色々と気を遣ってくれる。だから俺も誠意を込めて、サキと同様に二人を『守ってやるリスト』に登録したんだ。だからユウリとアズサに何かあったら、この暗――」


「オーケー、ストーップ! シン、もうわかったから、それ以上言わなくていいぞ!」


 シンは袖口から、何か物騒な得物を出そうとしたので、俺が必死になって止めに入る。

 絶対に『暗器』だと思った。

 んなもん、こんなデパートの中で堂々と出されたら、女の子達はおろか周囲がドン引きするよ。


「ふ~ん、良かったね、アズッチ! シンシンも真面目で優しいからいいかもね~、にしし♪」


「……う、うん。詩音も頑張ってね。今度、恋バナしょ」


 遊び友達である詩音と来栖さんが話し込んでいると、天宮さんが戻ってきた。


「シンくんに梓、注文取ったから、ブザー鳴ったら取りに行こうね」


「わかった、ありがとう。そん時は俺が運んでくるよ」


「私も手伝う、悠里は留守番ね。席とっておいて~」


「どうしてよ! 梓が留守番していればいいでしょ!」


「わかった、それじゃ俺が待機していよう」


「シン、それじゃ意味ないし」


「もう……公平にジャンケンにしましょ」


 なんだ、この聞き慣れた会話の流れは?

 まるで俺達を見ているようだ。


 シンはカースト上位の女子達に声を掛けられる程、モテるべきしてモテる男だからな。

 しかし俺以上に実直な男だから決して簡単に靡いたり羽目を外すことはない。


 そのシンが天宮さんと来栖さんに対して、ここまで言える間柄になったってことは、この二人がそれだけ奴と向き合えるいい子っという証拠だ。


 親友の俺としても安心だよ。

 しかし、シンが憧れている黒原が知ったら、きっとあの男は嫉妬のあまり狂って絶叫することだろう。


「それじゃ、シン。俺達は先に行くよ」


「ああ、わかった。サキ、ちょっといいか?」


「なんだよ?」


 シンが俺に近づき、耳打ちしてくる。


「今度、女子との接し方について相談したい」


「相談だって、俺に?」


「そうだ。何せ、ぼっちだった俺は正直、どのように同い年の女子と話していいかわからないんだ。『恋愛マスター』または『異端の勇者』と呼ばれるサキなら、お手の物だろ?」


 誰よ、んなふざけたネーミングで俺を呼ぶの……って、黒原しかいねーわ。

 すっかり、シンまで汚染されてんじゃねぇか!?

 あの野郎、一度がっつり注意しないと駄目だな。


「相談には乗るけど、大した参考にはならないぞ。寧ろ、みんなに助けられている方だから……知っているだろ?」


「だが何て言うか……いつも見ていて不快にはならない。今だと特にな……ユウリとアズサとは、そういう関係を目指したいんだ」


 それはお前が俺の親友だからだろ?

 文化祭で正体見せてガチファイトした時は、そう言ってなかったじゃん。


 彼女らを友達として付き合う分にはいいけど、しかし天宮さんも来栖さんも絶対にシンを異性として想ってるぞ。


 だったら尚更、俺なんて参考にしちゃいけないよ……。

 それこそ複数の彼女とガチで付き合っている堅勇先輩か? でもあの人、変人だからな。



 こうしてシン達と別れ、俺達は別な場所で遊ぶことにした。



「あの浅野君が……正直、驚いたわ」


 同じ生徒会で親交のある麗花が興奮気味で言ってくる。


「……そうだね。下手に泣かせるよりはいいと思うけどね」


「天宮さんと来栖さんも、浅野くんのこと好きなんだね……どこか、わたし達に似てるからわかるよ」


 愛紗が何気に恥ずかしいことを言ってくる。

 確かにそうだけどね……。


 駄目だ――。


 昨夜の『三人同時キス』が頭から離れない。

 凄く嬉しくて幸せな分、どこか背徳感も芽生えてしまうんだ。


 いつも思う――このままでいいのかって。


 彼女達は焦らなくていい……待っていると言ってくれているとはいえ。

 シンも俺のように振舞っていたら、いずれそうなるのかな?


「サキ~、どうしたのぉ?」


 俯く俺に、詩音が顔を覗かせて聞いてきた。


「いや……シンもやるもんだなって、ね」


「そだね~、シンシンは見た目だけじゃなく中身もイケているからね~。あたしは、超サキ推しだけど~、にしし♪」


 詩音は冗談っぽく笑っている。


「ありがとう……詩音。でも、シンには俺みたいな優柔不断にはなって欲しくないかな」


「サキくん、それは違うよ。サキくんは優しいの、誰よりもね……だから誰も傷つけないよう悩んでくれているんだよ」


「愛紗……」


「そうね……私達がその優しさに甘えているのよね。サキ君といると、とても幸せな気持ちになれるから……時折、昨日みたいに暴走しちゃうけど……ごめんなさい」


「麗花……」


「だから、サキは胸を張っていいんだからね~」


 彼女達三人の純粋な想いと言葉が、俺の不甲斐ない気持ちを緩和してくれる。


 ――願わくば、ずっとみんなと一緒にいたい。


 ――みんなを大切に守って行きたい。


 その気持ちが強く芽生える一方だ。


 誰かに絞るとか選ぶとか……今の俺には出来ない。


 もし、また誰かに問われたら、きっとそう答えるだろう。


「そうだな……もっと胸を張れるよう、自分に自信が持てるように頑張るよ」


 俺は三人に笑顔を向ける。


 愛紗、麗花、詩音も素敵な笑顔で返してくれた。



 それから、リョウと千夏さんと合流する。


 シンの件を話すと、リョウは最もいいリアクションで驚いていた。


「マジか!? 嘘だろ!? あのシンがか!? やべぇ、サキ二号の誕生じゃねぇか!? 俺のマブダチ、皆どーなってんの!?」


 何、サキ二号って……やめて、そう言うの。

 せっかく気持ちを落ち着かせたのに、また蒸し返すじゃないか。


 お前はいいよな、千夏さん一筋だからな……あっ、それが普通か。



 そんな感じで、色々あったけど目的も果たし、俺達はデパートを出る。


 よく考えて見れば修学旅行以外で、こうしてみんなでどこか出かけて遊ぶって夏休み以来だったような気がする。

 二学期は嘗てないほどの波乱に満ちていたからな。


 まぁその分、俺も大幅にパワーアップが図れたんだけどね。

 来年は普通に過ごしたいよ……。




 そう考えながら帰り、俺の家に辿り着く。

 リョウ達も一緒だ。


 家に置いていった、鞠莉さんを迎えに来たらしい。

 ついでに天馬先輩もだ。


「天馬先輩……まさか冬休み中、ずっとリョウの家に泊まる気なのか?」


「さぁな。本人はサキを守るためだとか言っているけどな……真意は神楽先輩じゃねーの? まぁ俺は嫌いじゃないからどちらでもいい。姉貴はすっかり舎弟にしちまっているしな」


 やっぱり、まだ未練あるんだよな……そう簡単に諦めるような人じゃないか。

 にしても、火野家も随分とアバウトだな。


 そう思いながら玄関に入ると、男性モノの靴が一足多い気がする。

 しかも、上質でこじゃれた革靴だ。

 勇魁さんだろうか?


 リビングに入ると、夏純ネェと鞠莉さんが酔いつぶれており、天馬先輩が介抱していた。

 

 もう一人、知った顔があった。


 勇魁さんじゃない。


 金髪に掘りの深く整った顔立ち、左頬に絆創膏を貼っている。

 それは昨日、俺と戦った激戦の傷跡だ。


「貴方は……鳥羽先輩」


 鳥羽 堅勇先輩だ――。


「やぁ、神西。お邪魔してるよ~ん」


「別にいいですけど、一体どうしたんですか?」


「キミ達の耳に入れておきたい話があってね~。不躾ながら足を運ばせてもらったのさ~」


 もう敵意がないからか、すっかり口調が軽く変人キャラになっている。


「耳に入れておきたい話って?」


「一年の風瀬 燿平。確かキミ達の後輩だよね?」


「そ、そうですけど……どうして鳥羽先輩が知っているんです?」


「――彼は今、ボクの家で預かっているんだ」


 え? どういうこと?






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