第178話 順代わりのクリスマス・イヴ(前編)




「あ、痛てっ!」


 うっかり左手の人差し指が、包丁の刃にかすってしまった。

 指先から薄っすらと血が滲んでくる。

 

 疲労が残っているのか、ぼーっとしてしまっていたらしい。


「サキくん、大丈夫!?」


「愛紗……やっちまったよ」


「ちょっと見せて……うん、触れただけだね。でも血が出てるよ」


「ああ、この程度ならすぐ止まるよ……って、え!?」


 突如の愛紗の行動に俺は驚愕する。


 なんと、いきなり血が出ている人差し指の先を口に含んだのだ・

 ちょっと軽く吸われているのか!?


 え? え? え? え――――っ!?


 何してんの愛紗さん!?


 でも不思議だ……。

 柔らかすぎる唇に何とも表現し難いとろけるような舌先が傷口にふれ、痛みが緩和されていく。

 寧ろ心地いいかもしれない。


 おまけに、俺の指をしゃぶる愛紗の表情が、とても艶めかしく感じてしまう。


 やばい……心臓がドキドキしてくる。


 愛紗は俺の人差し指から唇を離し、恥ずかしそうに上目遣いで俺を見つめてきた。


「ごめんね、サキくん。昔わたしが小っちゃい頃、お母さんがしてくれたから思わずつい……」


「い、いや……なんか愛紗の優しさが伝わったっていうか。うん、ありがとう」


 思わず恐縮してしまう。

 どうやら愛紗も慌てて、幼少の頃にしてもらったことをそのまま俺にやってしまったって感じだろうか。 


 俺も妙な嬉しさと恥ずかしさが入り混じって……なんて言うか顔が熱い。


 おっ、けど血は止まったぞ。


「愛紗。そういう場合は、まず水道の流水で汚れを流してから、傷の真上を3分から5分抑えるのよ。血が止まったら絆創膏ね」


 リビングで模様替えしている、麗花が適切な指導をしてくる。

 彼女の父親は医者なので、そういう面では細かいなのかもしれない。

 けど愛紗のお母さんも看護師さんだけどね。


 まぁ、俺的には断然嬉しいハプニングだけど……。


「ぶーっ! アイちゃんばっか、ずるい~!」


 詩音が子供達と飾りつけしながら、頬を膨らませ睨んでくる。


 俺は黙って絆創膏を貼り、愛紗と料理の続きを行う。

 恥ずかしさもあり言葉が出て来ない。


 久しぶりの幸せイベントだったな……。




 準備が終えた頃、美架那さんがバイトから戻って来た。


 ほぼ同時に天馬先輩や勇魁さんと亜夢さんも来てくれる。


 そして、いつの間にか黒原もいた。

 どうやら天馬先輩と一緒に来たらしいが、途中まで誰も気づかれていない。


 相変わらずスニーキング・スキルに長けた奴だ。

 密かに一番危険な男かもしれないぞ。


 ちなみに、リョウ達は少し遅れてくるらしい。


 こうして、みんなも揃い、いよいよクリスマス・パーティーが始まった。


 一軒家とはいえ、かなりの大人数だったが、麗花と夏純ネェが模様替えしてくれたおかげでわりと座る席に余裕があった。

 食堂からリビングにテーブルを連結させ、びっしりとオードブルが並ぶ。


 詩音と子供達が部屋中とツリーの飾りつけをしてくれたおかげで、とても温かく華やかな雰囲気だ。


 昨年の寂しいクリスマスとは一変して賑やかな雰囲気。

 環境も変わり色々あったけど、今年は一番楽しいかもしれない。


「――はい。大智と萌衣、お姉ちゃんからのプレゼントだよ」


 美架那さんは弟妹にプレゼントを渡している。


「お姉ちゃん、ありがとう!」


「やったぁ!」


 二人共喜んでいる。

 見ている方もほっこりして嬉しくなった。


「やっぱ、ああいうのが一番喜ぶんだろうなぁ」


「僕達もこういうことを学ぶべきなんだろうね」


 天馬先輩と勇魁さんは優しい眼差しで、美架那さん達のやり取りを見て感心している。

 庶民の俺からすれば普通の微笑ましいやり取りだが、スーパー金持ちの二人にとっては貴重な体験のようだ。

 

 そんな天馬先輩の隣に座っている、亜夢さんが頬を桃色に染めて妙に体をもじもじさせている。

 しかもやたら無口だ。

 きっと意中の片想いが隣にいるからだろうか?


 でも天馬先輩は、まだ美架那さんのことが好きなようだしな。

 今回、堅勇先輩の件で亜夢さんに助けてもらったし、上手くいくといいけど……。



 少し経ってから、リョウと千夏さんが来てくれた。


「遅いぞ、リョウ。二人とも待ってたんだからね」


「ごめんね、サキくん。リョウくんの家で色々あって……」


 珍しく彼女の千夏さんから謝ってきた。


「色々って何?」


「サキよぉ、悪りぃけど、一人増やしてもいいか?」


 リョウが申し訳なさそうに聞いてくる。


「増やす? 誰? シンか? あいつ、あれほど天宮さん達と過ごせって言ったのに……」


 体育祭の時だって、天宮さんとの二人三脚を無下に断って、黒原を選んだ男だ。

 また泣かしているんじゃないか?

 ったく……一度、がっつり言ってやるべきだな。


 しかし、リョウは首を横に振るう。


「ちげーよ。別の奴だ」


「別だと? まぁ、リョウの知り合いなら歓迎するよ」


 誰だ? 燿平か? だったら申し訳なく言う理由はないと思うけど……。

 それに心なしか、千夏さんが「あはは……」って感じで、少し引いた微笑を浮かべている。

 

 などと考えている内に、その人はずけずけと入ってきた。


「サッちゃ~ん! メリーさんの羊~!」


 リョウの姉である鞠莉さんだ。

 ところで「メリーさんの羊」って何?

 メリークリスマス的な?


「姐さん! チィース!」


 天馬先輩が立ち上がり、丁寧に頭を下げている。

 すっかり上下関係が成立しているじゃないか。

 結構丸くなったとはいえ、あの暴君的な先輩を従えるなんて、鞠莉さんは只者じゃないぞ。


「よぉ、天、楽しんでいるようだね。んで、サッちゃん、誰よぉ?」


「はい?」


「どの女が、ウチと同じ歳で、さっちゃんと同棲しているって女だよぉ?」


 何故か半ギレで周囲を一瞥している。

 初対面の亜夢さんに標準を合わせた。


「マリーさん、違いますよ! あの人は同じ学校の先輩で天使の一人ですからね!」


 やめて! 亜夢さんに手を出した日にゃ、勇魁さんと美架那さんが黙ってないじゃん!


「あ~あ、サキちゃん。お姉ちゃん、飲み過ぎちゃった~」


 トイレに行っていた、夏純ネェが呑気なことを言いながら戻って来た。


 ふと鞠莉さんと目が合う。


「あん? あんた誰? 随分と美人でセクシーだね? まさか、サッちゃんのお母さん?」


「私は、まだピチピチの23歳ですぅ~! まぁ保護者には変わりないけど……ところで、貴女も随分とカッコイイわね? なぁに、外人さん?」


 二人は対峙し、互いにメンチ切っている。



 ――元レディースVS元才女系の現役ニート!



 つーか、やばくね、これ?


「ちょっと鞠莉さん、前にも話したけど、その人は俺の親戚なんだ! 両親の代わりに住んでもらっているだけだよぉ! てか、リョウも止めてくれよ!」


「姉貴、無理矢理ついてきて他所の家で揉めごと起こすなよな! いい加減にしねーと、お袋に言うぜ!」


「……わかったよ、リョウ。ママに言ったら半殺しにするからな」


 鞠莉さんは身を引く。

 どうやらお母さんに頭が上がらないようである。

 っというか、普段は「ママ」って呼んでいるんだ。



 そんな中、数分後――。



 鞠莉さんと夏純ネェの二人は、シャンパンを飲みながら話しているうちに打ち解け合う。


「へ~え、カスミってサッちゃんが小さい頃から面倒を見てたの~? どんな子だった~?」


「う~ん、甘えん坊の年上キラーだよ」


「あっ、わかるわ~。ウチも一目惚れだからね~」


 酷でぇ。

 俺を酒の肴にして盛り上がってやがる。


 にしても、年上キラーってなんだよ!

 それに鞠莉さんから気になる台詞が出てきたぞ。


 一目惚れだって?

 あれ? 高一の時、リョウの家で会ったのが初対面だったよな?

 それ以前に、どこかで彼女と会っていたっていうのか?


 全然、身に覚えがないんだけど……。


 まぁ、今は考えるのをやめよう。

 せっかくトラブルを回避したんだしな。


 俺は楽観的に良かったと思うことにした。






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