第176話 今後のこと、暴走する輩達




 茶近。


 確かフルネームは『勇岬ゆうさき茶近さこん』だ。


 最後の勇者四天王か……。


 童顔で、いつも三人の後ろで平和そうに笑っている印象しかなかったけど。

 勇魁さんと美架那さんによると、「何を考えているかわからない」とか「得体がしれず掴みどころがない」っと話していた。


 確か古武道を使うんだっけ?


 でも誰も、彼が戦っている姿を見たことがないらしい。


「その人も俺のこと狙っているっていうですね?」


 今更驚かない。

 きっとそうだろうと思ったから。

 だから、まだ心から安心できないし喜べないんだ。


 俺の問いかけに、堅勇先輩は頷く。


「ボク達の中で、あいつが一番危険な奴だ……だから気をつけろ」


「危険ですか……」


「神西、キミは『T-レックス』ってチームを知っているかい?」


「いえ……まったく」


 俺が首を捻る中、後ろでシンが「ああ! それだ!」と大声を出す。

 普段、冷静な奴が珍しい。


「どうしたよ、シン? 何か思い出したのか?」


「リョウ! 『T-レックス』だ! 俺が前に言っていた、隣町の喧嘩チームだ!」


 そういや少し前にそんな話してたっけな。


 隣町で相当幅を利かせている喧嘩チームが存在すると……。


 なんでもそこのリーダーがいつもヘラヘラ笑っていているが相当強く、『デス・スマイルのチャコ』と呼ばれているらしい。


「なんだ、知っていたのか……なら話が早い。茶近はそこのリーダーと繋がりがあるらしい。だが……案外――」


「案外?」


「……いや、やめておこう。あくまでボクの憶測だ。確信のない情報は返って混乱を招くからね」


 堅勇先輩は軽く首を振るう。


 そうか……リョウが予想した通り、やっぱりそういう奴なのか。


 今、耀平が情報収集している筈だ。

 そろそろ何かしら得ているだろう。後で聞いてみる必要がある。


「茶近はネチっこいところがあるからな……これからの冬休み中に何か仕掛けてくるかもしれねぇ」


 天馬先輩はさらりと物騒なことを言う。


 やっぱりそうなるのかなぁ……。

 せっかくみんなで楽しもうとしたのに、こりゃ外出を控えないと駄目のようだ。


「堅勇のように単独ならともかく、集団となると厄介だ。そこまでやらなそうでやる男だからね。しばらく神西君をどこかで匿った方がいいんじゃないか? 僕の家でよければおいでよ」


「いや、俺の家の方が安全だぜ。何せ、アメリカの大統領を護衛した実績のある世界屈強のSP揃いだからな。喧嘩チーム如きじゃ素人以下だぜ」


 そりゃ凄い。流石、勇磨財閥だ。

 いっそ乗っかって超豪邸で年を越すのもありだな。


 一方で、堅勇先輩が「やれやれ……」と呟く。


「これだからテンパ赤ゴリラは……神西だけ匿ったって意味ないだろ? レディ達はどうするつもりだい?」


「んなの全員、俺の家にくりゃいいだろ? ミカナだって神西達となら問題ない筈だろ、なぁ?」


「私はいいけど、弟と妹もいるから……あと、お母さんも、もうじき退院できると思うし……」


 う~ん。俺達は旅行リゾート気分で、天馬先輩の家にお邪魔できるけど、美架那さんはそうはいかないらしい。

 基本、不要な贅沢はさせたくないのが本音のようだ。


「んじゃ、どうするんだよ? このまま何もしないってのが一番危険だし、神西にとってもストレスだぜ」


 俺のために、天馬先輩は親身に考えてくれる。

 初対面の第一印象とは異なる、本当に古き良きガキ大将のような先輩だ。


「ボクなら逆だね――逃げずに戦う。何だったら、隣街に乗り込んで先手を打ったっていい。特に茶近は勝ち負けにこだわる奴だからな。チームごと崩壊させてやりゃ、ぐうの音も出ないだろう」


 攻撃的な気性を持つ、堅勇先輩らしい言動だ。

 つーかやばいよ、この先輩……。


「やり方はどうあれ、先手を打つのは有効かもな。けど得体の知れない連中を相手にむやみに突っ込むのもなぁ……」


「火野君の言う通りだ。T-レックスだかってチームの情報が少なすぎる。それに、僕らも茶近がどういう戦い方をするのかわからない」

 

「勇魁さん、リョウの後輩の『風瀬』って奴が情報を仕入れている最中です。それによって、俺らで襲撃に行くってどうですか?」


 シンまで堅勇先輩に感化されたのか……いや元々、こいつもそういう奴だ。

 何せ四六時中、暗器を体のどこかに隠し持っているらしいからな。


「いい感じに話が流れてるね。ボクのダメージも二~三日で回復するだろう。その時は参戦するよ。まだ茶近と連絡は取れる関係だからね、呼び出して罠にハメるのもありじゃないか?」


「堅勇、テメェって奴は相変わらず容赦のない野郎だぜ……だが神西を守るのに手段を選んでられねーな。勇磨財閥がフル稼働で、お前らをサポートしてやるぜ」


「それなら多少、表沙汰になっても良さそうだ。久しぶりに、『悪・即・滅』の精神で挑もう」


 堅勇先輩を筆頭に、天馬先輩と勇魁さんがその気になっている。

 もう男達の中でやる前提に話が進んでいるようだ。


「やっぱ面白れぇ、先輩達だぜ~。これでサキも安心してハーレム満喫だな、なぁ?」


 リョウが余計なことを俺に耳打ちしてきた。

 やめて、そういうこと言うの!

 みんなの標的が、また俺にチェンジしかねないだろ!?


「……やりますね、副会長。流石は異端の勇者……武力でモノを言わせ、嘗てのライバル達を手中に収めるとは、エグイですね、はい」


 何言ってんの、黒原……。

 お前だって、シンや天馬先輩に心酔されてんじゃねぇか。

 いちいち人を厨二っぽい扱いにしないでくれる?


「…………ったく、相変わらずの暴走ぶりね。でも、みんなサキくんを一生懸命守ろうとしていることは理解したわ」


 美架那さんまで擁護的な発言をしてくる。

 唯一のストッパーの彼女から、GOサインが出たらな少なくても三年生達は絶対にやると思う。


 もう俺なんかじゃ止められない。


 まるで祭りのように、いけいけどんどんと盛り上がる中、俺と美架那さん以外の女子達は思いっ切り引いている。

 とてもツッコめる雰囲気ではなかった。


 とりあえず、堅勇先輩の件は解決でいいよな、これ?


「――神西君」


 男子達が盛り上がる中、琴葉さんが近づいてくる。


「なんですか?」


「あのね……ありがとう、ケンちゃんと正面から向き合ってくれて。そのおかげで、彼も踏ん切りがついたんだと思う」


「俺はただ、鳥羽先輩がやろうとしていることを否定しただけですから……でも、きちんと彼の胸に届いたのは、普段から琴葉さんが鳥羽先輩との関係を大切にしてくれていたからだと思います。それだけ大好きってことですよね?」


「うん……」


 琴葉さんは頬を染めて可愛らしく頷く。

 こうして見ると、複数のファミリーがいる堅勇先輩には勿体ない子、いや先輩だ。


 いっそ堅勇先輩も、彼女だけに絞ればいいのに……。

 あっ、俺が言っても説得力ゼロか。


「本当にありがとう、神西君……何か困ったことがあったら、私も協力するわ。他のファミリーの子にも伝えておくわ」


「え? 普段から、他の彼女さん同士でやり取りしているんですか?」


「うん、ケンちゃんの意向でグループLINEに入っているの……色んな子がいるけど、みんなケンちゃんを大切にする想いは同じだからね」


 なるほど、まさにファミリーだな。


 幼馴染である、愛紗と麗花と詩音のような感じに似てるな……。

 ある意味、堅勇先輩は俺の恋愛事情に対する先輩でもあるかもしれない。


「……修羅場を回避した複数の彼女同士の円満なやり取り? なんてこった……上級生にも『異能者』が存在していたというのか? ただの遊び人の浮気男じゃなく、全ての彼女が公認……」


 黒原がブツブツ呟き、身体を震わせている。


「どうした黒原、具合でも悪いのか?」


「……羨ましい! 羨ましいぞぉぉぉ!! なんて羨ましいんだぁぁぁ!!! ヒェェェェェェェェェェェイ!!!」


 あっ。駄目だ、こいつ。

 完全に自分の世界にトリップしている。


 もう放置するしかないわ。






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