第175話 認めること認めないこと




 女子生徒が一人、体育館へと入ってきた。


 光石 琴葉さんだ。

 そういや、亜夢さんから連絡を受けていたんだっけ。


「……コトちゃん?」


 堅勇先輩は切なそうな表情を向けている。

 琴葉さんは両手を組み、恐る恐る彼氏へと近づいて行く。


「ケンちゃん……ごめんなさい。私さえ、ケンちゃんに近づかなければここまで追い込むこともなかった筈なのに……」


 ポロポロと涙を流し謝罪してくる。


 中学の頃、暴走族の連中に付きまとわれた事がきっかけで自己防衛目的で、『黒い噂』を持つ堅勇先輩のファミリーの一員として付き合うようになったとか。

 けど実際の堅勇先輩は少し性格が変わっているだけの普通の男子だった。


 しかしファミリーの女子達への想いは本気であり、現に暴走族達によって汚された琴葉さんの名誉を守るために、自らの手で暴走族を壊滅に追い込んだ。

 そして、自分の威厳を保たせるために、琴葉さんの虚偽で行動を起こしたこととし、自ら『軽く危険な男』を演じた。


 将来、有望視されたフェンシングを自ら捨ててまで――。


 でも、それだけ堅勇先輩は琴葉さんのことを大切にしているということだと思う。


 一方の琴葉さんは、自分がきっかけで堅勇先輩が今に至ったという罪悪感で、ずっと重荷を背負わされている形なのだが……。


「……コトちゃん。もう気にしなくていいって言っただろ? ボクにとってファミリーの女子達を守るのは当たり前……全部、ボクの意志でやってきたことさ。今回の件も含めてね……」


「でも、結局ケンちゃんは全て失ったじゃない。フェンシングや好きな人も……そして友達も……」


「友達?」


 堅勇先輩は琴葉さんの言葉に引っかかった様子で、天馬先輩と勇魁さんを一瞥する。


「……表向きはそう見えるように装っていだけさ。いつも陰で天馬のこと『テンパ赤ゴリラ』と嘲笑っていたし、勇魁とは悪だくみで共同していただけ。ボクには友達と呼べる存在はいない」


 どこか切なそうに首を横に振った。


「堅勇テメェ、陰じゃなくても普段から、俺のことそう言ってんじゃねーか?」


「確かに僕達は利用し合う関係だった。しかし関係はこれから改善できるんじゃないか?」


 天馬先輩と勇魁さんが言葉を掛ける。

 色々思惑があったにせよ、彼らが共に過ごした時間に偽りはない。

 周囲から逸脱した特殊な環境で育った間柄であるからこそ、互いにしかわからない部分もある筈だ。


 これからは不器用なりにも、ぶつかる時にぶつかり深める時に深めてほしい。

 それが本当の友情だと思えるから。


「改善か……善処しよう」


 堅勇先輩は吹っ切れたように微笑みを浮かべる。

 普段何を考えているかわからない先輩なだけに、初めて目の当たりにする爽やかな笑みだ。


「堅勇……」


 美架那さんが近づいてくる。


「ミカナ、迷惑かけたね。すまない」」


「私に謝らなくていいわ。寧ろ、アンタはサキくんに謝るべきよ」


「ボクは今も神西は認めてないよ」


 なんだと?

 まさかまだやる気なのか、おい。


「勘違いしないでくれ、素直に負けは認めるよ。だから、もう神西には手を出さない……そういう約束だからね。それに、どんな手を使っても腕づくじゃ彼に勝てないのがわかった」


「だったら……」


「認めないと言ったのは、キミ達のことさ」


 堅勇先輩は俺と愛紗達を見据えて言ってきた。


「俺達?」


「そっ、神西と三美神の子達……キミ達、四人が同時に付き合う分には構わない。神西、キミならその器量もあるだろう、ボクのようにね」


 いや、ねーよ。

 なんでも自分らとリンクさせるのやめてもらえますか?


「しかし、その中にミカナを入れるのは不満がある。ボクでさえファミリーと天秤を掛けるに値する子だったんだからね。中途半端な情や優しさで一緒にいてほしくないんだ。」


「堅勇、アンタ何を言ってるの!? わ、私がどうして神西君と……」


 美架那さんは言いながら言葉を詰まらせる。


 実は俺のことが好きという疑惑があるだけで本当はどうなのかわからない。

 こんな素敵な先輩に好意を持たれることは嬉しい反面、愛紗達のことを思うと不安も過ってしまう。


「フフフ、あくまで念のための釘刺しさ……神西がミカナを粗末にしないようにするためのね。だから聞き流してくれてもいいよ……ボクにはもう、ミカナの想いに口を出せる立場じゃないからね」


 堅勇先輩は膝を震わせながら立ち上がる。


 その様子に、天馬先輩と勇魁さんは躊躇せず肩を貸して支えた。


 琴葉さんが心配そうな表情を浮かべ寄り添い、堅勇先輩はそんな彼女を優しい眼差しで見つめる。


「実は神西と勝負するまで、ずっと迷っていた。仮に彼に勝ちミカナと付き合えたとして、ボクは自分のファミリー達と別れることができるのか? 特にコトちゃん……キミを失うことができるのかっとね」


「ケンちゃん……」


「けど無理だってわかったよ……勝負に負けたからじゃない。答えは最初から出ていたんだ……そもそも神西に勝ったからって、ミカナと付き合える保証もないしね。まぁ、ミカナがボクのファミリーに入りたいって言うなら歓迎するけどね」


「無理」


 美架那先輩は即答で拒否した。


「だろ? だけど、神西には可能性がある。学年最強の三美神にミカナ……こんな最高な構図、許されるわけないじゃないか?」


 なんだろ……段々、堅勇先輩のやっかみに聞こえてきたぞ。

 あっ、この人達って最初からそうだっけ。


「そこの前髪が長いキミもそう思うだろ? 確か天馬の恋愛師匠だっけ?」


 何故か堅勇先輩は黒原に話を振った。

 奴は気色悪く、ニヤッと微笑む。


「異端とは常識にとらわれず全て得る者……神西くんこそ、最も神に愛された男だと思っています。しかし、こうして同性から不要なトラブル巻き込まれるという反作用もあるようで……そこは不幸ですね、ハイ」


 返答になっているかどうかもわからないが、ひょっとして俺は憐れまれているのか?


(あくまで『S.Kファイル』で収集したレポート結果の一端ですよ。どちらにんせよ羨ましいことには変わりませんけどね……神西くん)


 相変わらず何を考えているか不明な黒原 懐斗。

 しかしこれまでの事を振り返って、心当たりがあるだけに否定もできない。


「やっぱり師匠の言葉は心に刺さるぜ」


 刺さらなですよ、天馬先輩!

 どこに刺さる要素があるんだ!? あんた大丈夫ですか!?


「幸福を追い求めてしまうと逆に不幸になってしまうってことか……なるほど奥が深いね」


 勇魁さんまで!? んなのただの厨二病の台詞じゃないですか!?

 そもそも俺は、そんなに幸福を追い求めてねーし! みんなと仲良く無難に日常を過ごしたいだけだし!


 俺が呆れて絶句する一方で、シンが「ほう……」と感心している。


「やはり黒原君は只者じゃないな。俺が見込んだだけのことはある」


 あっ、ここにも黒原ラブリーがいるぞ。

 まさか黒原って屈強の男達にモテるタイプなのか!?


「堅勇……私はまだ誰かと交際するなんて考えてないわ。まずは生活を立て直すことが優先だからね……まぁ最もアンタとだけは絶対にないけどね」


 美架那さんは何気に否定し、トドメを刺してきた。


 だが堅勇先輩は動じてない様子。

 ずばり言う彼女に対して、微笑ましく見つめている。


「わかってるさ……それでこそ、ミカナだ。けど今まで通り『友達』のままでいてほしい……ボクを含め、天馬や勇魁ともね」


「勿論よ」


 美架那さんは、ニコっと満面に笑う。

 やっぱり素敵な先輩であり女性だと思った。


 琴葉さんも嬉しそうだし、ようやく重荷が外されたのかもしれない。

 これから堅勇先輩とどうなるかわからないけど、彼女が幸せだと思えるのならそれはそれでいいのだろう。


 俺はそう思いながら、足をふらつかせながら立ち上がった。


 傍にいた愛紗が咄嗟に身体を支えてくれる。


「愛紗、ありがとう……いつも助かるよ」


「ううん、これくらい。いつでも支えるよ」


 ニコッと微笑んでくれる。


 周囲から誰に何を言われようとも、愛紗は頑なに俺を信じてくれる。

 だから俺も傍にいたいんだ。


「アイちゃんばっかりずるい~! サキ、あたしも~!」


「ちょっと、詩音! 私はサキ君のどこを支えてあげればいいわけ!?」


 詩音と麗花が取り合っている。

 すっかり見慣れた光景だが、人前なので恥ずかしいやら嬉しいやら。


 俺がここまでやって来れたのも、三人のおかげなんだ。

 どんなことがあっても、そこは忘れちゃいけない……。



「……神西、最後に一つ話がある。いいかい?」


 堅勇先輩はおぼつかない足取りで、琴葉さんに支えられながら近づいてくる。


「なんですか?」


「――茶近についてだ」






──────────────────


お読み頂きありがとうございます!


もし「面白い」「続きが気になる」と思ってもらえましたら、

どうか『★★★』と『フォロー』のご評価をお願いいたします!!!



【宣伝お知らせ】

こちらも更新中です!


『二度目から本気出すトラウマ劣等生の成り上がり~過去に戻され変えていくうちに未来で勇者に媚ってた筈の美少女達が何故か俺に懐いてきました~』

https://kakuyomu.jp/works/16816452218452299928



【こちらもよろしく!】


『陰キャぼっち、終末世界で救世主となる』

https://kakuyomu.jp/works/16816452220201065984


陰キャぼっちが突然バイオハザードとなった世界で目覚め、救世主として美少女達と共に人生逆転するお話です(#^^#)


今後ともよろしくお願いいたします!!!<(_ _)>




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る